いつからだろう?・・・頭の中に、絶えずひとつの声が聞こえていた。
<大泉沙穂子と結婚すれば、会社は救われる・・・>
その声は、次第に大きくなり、それがまるで使命であるかのように、オレのココロを

支配して行った・・・


オレは、何に囚われているんだ?


情?
罪悪感?
プライド?
それとも意地?


<たとえ何を犠牲にしても、オヤジのパンダイは、オレが守ってみせる>


追い詰められたオレのココロは、手探りの闇の中へと歩き出していた。
本当に守らなければならない、大切なものを置き去りにして・・・


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突然、割れんばかりの拍手が鳴り響き、オレは我に返った。
そして、何度もあたりを見回し、やっとそこがオペラ会場であることを思い出した。
オレも一緒に拍手を送った・・・隣をみると、感動で目に涙をいっぱいに溜めた大泉

沙穂子が力一杯手を叩いていた。


オレは、3時間にも及ぶこのオペラをまったく見もしないで、ひたすら昨日のことを

考えていたんだと思ったら急に笑いが込み上げ来た。
オレは隣の彼女に見られないようにそっと反対側に顔を向けて、気持ちを落ち着か

せるために深く息を吸い込んだ。



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「お前も早く男をみつけろよ・・・」
ココロにもない言葉でも、オレは言わなければならなかった。


「関係ないでしょ!」
琴子の返事に、オレは内心ほっとしていた・・・怒りをあらわにしてくれれば、オレもその

まま、その場を去ってしまえる。でも、もし目の前で琴子が泣きだしたりしたら、オレは

どうしただろうか・・・


でも、結局オレは、琴子の目を見ることができなかった。
あいつの顔には、本当はどんな表情が浮かんでいたんだろう?


琴子の気持ちは、十分過ぎるほど知っている。
だからこそ、ひどい言葉で突き放した。
優しさの欠片すらないオレを、せめて嫌いになって忘れてくれたら・・・そんなことを

思っていた。


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「好きなのは琴子なんでしょ?」
裕樹の言葉が、何度も頭に浮かんでは、それを打ち消していた。


―そんなこと、今さら言われなくてもわかっているさ・・・


見合い相手を本当に好きなのかと聞く裕樹を、曖昧な言葉でごまかした。


「美人だし、料理もうまいらしいぜ、頭もいいし・・・お前もきっと気に入るよ。オレに

似合いの人なんだよ・・・きっとうまくいくよ・・・」


そして、オレは気づいていた。
裕樹を納得させるつもりで言った言葉に、オレ自身が納得していないことに・・・
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―でも、もう後戻りはできないんだ。




オペラ会場は、鳴り止まない拍手の中でカーテンコールになっていた。
オレは、操り人形のようにスタンディングオベーションに加わり、時々オレの顔を覗き

込む彼女に微笑みを返していた。




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「シラノの恋が切なくて、泣いてしまいました・・・」
彼女が、興奮冷めやらぬ表情で言った。


―シラノの恋か・・・


シラノは、たとえ秘めた思いでも、クリスチャンを生涯思い続けた・・・
思うことは自由なのに、オレは琴子に、それすらゆるさずに背中を向けたんだ。



「前の方で寝ている人がいたんですよ・・・」
彼女が、少し怒った顔をして言った。


―琴子なら、間違いなく寝てるな・・・

客席で眠っている琴子の姿を想像したら、自然と笑いが込み上げた。
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「なんだか、楽しそう・・・」
彼女の言葉に、オレは我に返った。

隣を歩く彼女に、ひどく悪いことをしているようで、オレはそっと目をそらした。



沙穂子さんと一緒にいるはずなのに、見るもの、聞くことのすべてを琴子に結び

つけてしまう自分に呆れていた。


そして、割り切れない思いを抱えたまま彼女との結婚を前提にした付き合いを、

受け入れている自分にも・・・


彼女が、オレの返事に安心したように寄り添ってくる。
オレは、この人をいつか愛することができるのだろうか?
この人と、これからの生涯を共に歩いていくことができるのだろうか?


答えなど出るはずもなかった。

闇はどこまでも続き、一筋の光すら見えないような気がした。

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そしてオレは愕然としながら、自分に問いかけていた。


―入江直樹・・・お前は、本当に相原琴子を忘れられるのか?・・・と。



                                         END





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