玄関を開けて中に足を一歩踏み入れた瞬間、何かが違う・・・と思った。
オレは、立ち止まってリビングからキッチンにかけて、視線をめぐらせた。


テラスから差し込む夕陽が、ダイニングの白いテーブルに反射している。
昨日までなら、たいていはあのテーブルにオフクロと琴子が座って、楽しそうに

話をしていた。今日は、ここから見る限り、オフクロの姿もない。
静まりかえったリビングが、妙に広く感じた。


―わかってる。あいつは、この家を出て行ったんだ。


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オレは、オフクロを探すでもなく、自分の部屋へ向かった。
階段を中ほどまで上がった時、ふと玄関に入った時と同じ違和感を感じて振り向いた。


すこし高い位置から見下ろすリビングとダイニング。
見上げれば、琴子の部屋の、レースもプレートも外された白いドア。


この家中が見渡せる場所にあっても、そのどこにも、琴子の気配がなくなっていた。


―あたり前さ、琴子はもういないんだ。


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「この家を出て行くことになったの・・・」
そう告げに来たとき、琴子はオレにどんな言葉を期待していたのだろう?


ちょうど松本裕子が、オレの部屋にいたこともあったが、おそらく琴子にしてみれば、

一番聞きたくない言葉をオレは言っていたに違いない。
「これで元の生活に戻れる」
オレは、琴子の目も見ずに言った。


あいつは、きっと泣いていたんだろう・・・
そう思うと、少しココロが痛んだ。
それでも、オレにはどうすることも出来ない。

オレたちは、本当の家族ではない。仕方のないことなんだ・・・


部屋に入ると、裕樹の荷物がなくなっていた。
ずっと望んでいた『元の生活』がそこにはあった。
この一年間、裕樹がいることで何かと窮屈な思いもしてきた。
琴子が来る前の状態に戻った部屋は、なんだか広々として見えた。


―これでやっと元通りだ・・・

オレは、バッグを置くとパソコンの前に座った。


―そうさ、これで好きなことが出来る・・・オレのペースを乱すやつはもういないんだから。


パソコンでゲームをやった。
CDをかけて好きな音楽を聴いた。
読みかけだった本を読んだ。

誰も邪魔するものはいなかっった。

本当に、一年前に戻ったような時間が過ぎた。


でも何かが違った。


―なにがだ?


下駄箱に、琴子のスリッパがなかった。
キッチンに、琴子のマグカップがなかった。
バスルームに、琴子のシャンプーがなかった。
洗面台に、琴子の歯ブラシがなかった。


そんなことが、いちいち気になった。
何かするたびに、あいつがいないことを確認させられた。


「この家ってこんなに広かったっけ?」
裕樹までが、寂しそうにそんなことを言う。

オフクロにいたっては、まるで抜け殻だ。


―琴子?・・・お前っていったい何者なんだ?

いなくなって初めて、あいつの存在感を実感する。


おまえがいなくなって、清々しているはずなのに、オレまで、変な気分になってくる。



「今まで迷惑ばかりかけてごめんなさい」
最後に琴子がオレに言った言葉が蘇る。
イタキス9

あの時、オレはどうして振り向かなかったのだろう・・・


―ほら、まただ・・・

あいつを泣かせた後、オレはいつも後悔する。
結局は、優しい言葉のひとつもかけられないのに、いつもこうして胸が痛む。


―仕方がないんだ。
今日何度目かのこの言葉が、頭の中で空回りする。

まるでココロにぽっかりと穴が開いたように、何をしても消えていかない喪失感が、

じわじわと広がるのを感じていた。


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浅い眠りのまま、夜が明けた。


相変わらずオフクロは、ぼんやりとしたまま何も手につかない様子で、朝食も

オレと裕樹が準備した。
オヤジも半ば呆れてはいても、オフクロには何も言わない。
結局は、オヤジも同じように寂しいと感じているからなんだろう。


いつかは、本当に元通りになるのだろうか?


―元通りって、いつに戻れば元通りなんだろう?
ふと、そんな疑問がわきあがる・・・


<つべこべ言わずに、会いに行けばいいじゃないか!>
頭に中に、そんな声が聞こえていた。


―会いに行く?このオレが琴子に?
苦笑いが込み上げる。

どうして?どんな理由でオレが琴子に会いに行ける?

会って、何を言う?

あいつに、無駄な期待を持たせるだけじゃないか・・・


それでも、冗談じゃないと思いながら、突っぱねられない気持ちがもどかしかった。


しかし・・・
素直になれないオレのココロは、ギリギリのところであいつに会いに行く口実を見つけていた。



オレは、朝食を済ますと早々に家を出た。
”口実”・・・この右手に、テニスラケットを握りしめて・・・




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