夕方、教室で帰る仕度をしているオレのポケットで、携帯電話が振動した。


「はい」


電話に出ると、オヤジの興奮した声が飛び込んできた。


「直樹か?お前、相原琴子って女の子知ってるか?」


―はぁ?


オレは耳を疑った。

それは、昨日からオレをずっと悩ませているF組の女の名前。

昨日オレに振られて、地震で家が壊れて、不幸のどん底にいる女の名前。


昨日からどれ程、クラスメイトや見ず知らずの生徒達にからかわれたことか・・・


もちろん、オレは何も悪くない・・・

差し出された手紙を、受け取る、受け取らないはオレの自由だ。

それでも、人の噂はあることないこと継ぎ足して、雪ダルマのように膨れていく。



オレは、肩とあごで電話をはさむと、教科書をバッグに入れながら答えた。

「知ってるけど、その人がどうしたの?」


「おお、知ってるのか!!」

オヤジは、ほとんど絶叫に近いような歓喜の声をあげ、しばし沈黙した。


―??


そして、次に聞こえてきた言葉に、オレは卒倒しそうになった。

「その琴子ちゃんだが、今日から我が家で一緒に暮らすことになったから、よろしくな。

琴子ちゃんのお父さんと、わしは学生時代からの大親友なんだよ!」



―大親友? 一緒に暮らす? 


オレは、あまりの驚きに絶句したまま、何も言えないでいた。



「じゃあ直樹、そういうことだから、今日は早く帰ってきなさい・・・」

オヤジは一方的にそう言うと、電話を切ってしまった。


「そういうことって、オヤジ!・・・ちょっと、まっ・・・」

我に返った時は、すでに後の祭りだった。



あの女と一緒に暮らす??



―ばかげた話だ!



オレは、とにかく家に帰ろうと、教室を後にした。



すると、学校の中庭に大きな人だかりが出来て、なにやら騒いでいる。


オレは、関心なくその人だかりの中を抜けようとした。


ところが、その人だかりは、昨日入江直樹に振られ、地震で

家をなくした可愛そうな相原琴子に、カンパを募るものだった。


オレは、まるで当事者のように囲まれ、カンパを無理強いされた。


―なんでオレが金を払わなくちゃならないんだ?


あの女の家が壊れたのでさえ、オレが悪いような言い方をされ、F組の奴らのやることに、

怒りを通り越して、あきれてしまった俺は、その場をやり過ごすために、一枚の紙幣を募

金箱に入れようとした。



その瞬間・・・

「バカにしないでよ!」

あの女が、啖呵を切った。
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「あんたを二年も思ってたなんて、もったいない。あんたのお恵みなんていらい!」

あの女は、すごい剣幕でまくしたてた。


オヤジからの電話が脳裏をよぎる・・・


「そんなこと言えるの?」

オレは、口元に笑みさえ浮かべてあの女にささやいた。

もちろん、あの女には、その意味さえ理解できないだろうが・・・



オレは、まわりの奴らを一瞥して、その場から立ち去った。



「あんたの世話になる理由なんてないわ・・・大っきらい!」

さらにあの女の声が追いかけていた。


―ふん、あとで泣きっ面かくなよ・・・


オレは、胸の奥底から湧き上がる怒りを、なんとか鎮めながら家路を急いだ。




帰宅すると、家の中は大変なことになっていた。


女の子がこの家に住むということで、オヤジ以上にテンションの上がっていたのがオフク

ロだった。


ずっと女の子を欲しがっていたから、無理もないが

弟の裕樹を部屋から追い出して、その部屋をあの女に使わせることに

したのには、さすがに腹が立った。


必然的に、裕樹の行き場はオレの部屋ということなる・・・


鼻歌まじりに、嬉々として元裕樹の部屋を、飾り付けているオフクロを

横目に、オレと裕樹は納得いかない気持ちでふてくされていた。



―いったいこれからどうなるんだ?


心に広がる不安と不満を、なんとか理性で押さこむ。


―とにかく、オヤジとオフクロが決めたこと・・・仕方がない。


そんな時、階下で玄関のチャイムが鳴るのが聞こえた。



ほどなくして、オヤジがオレを呼ぶ声が聞こえてきた。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん、降りて来なさい」



オレは重い腰をあげて立ち上がった。

―フッ・・・あの女どんな顔するだろう・・・まあ、ただではおかないさ。

 

オレは、笑顔をつくると門の外へ出た。

「おじさん、はじめまして長男の直樹です」

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すぐ目の前に、あの女の背中が見えた・・・


                                          END