新しい再出発

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過去のやすっちの日記帳から移転後の再出発ブログです。主にネトゲとか欝の闘病とかゲーム開発等色々です。

尚、通りすがり等匿名を臭わせるHNは使わないでください。2chじみた低俗な書き込みは削除対象となる事があります。

NEW !
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手書き風モフルン

 

今更ですが、まほプリ劇場版の感想みたいなものです。

実は上映されてすぐに観に行きましたが、

感想記事自体はだいぶ遅れただけです。疲れていただけです。

 

タイトル画像は最近描いてみた手書き風モフルンです。

手書きに見せかけたデジタル絵です。

Photoshopの機能のなせる技で、疲れているときの強い味方。

 

何故か北斗のトキとラオウの対決でトキの優しさに涙する

ラオウのシーンを思い出すかのような、意味不明に思われそうな

感覚が自分の中にあった、ここだけでいきなりプリキュア化した

キュアモフルンはかなり斬新な概念を持っていた。

だけど素のモフルンらしさはそのままだったと思う。

 

クマタの暗い過去が印象的ですが、それ以上に感受性豊かな

モフルンの優しさが凄まじくて、だからこそあれを思い出した。

思い出すチョイスが違いすぎるけど、そこはありえない強敵を

涙させる強さという意味でですね。究極の理想像の一つを見た感じ。

トキのモチーフはキリストらしいからね。だからだと思う。

 

結局、優しい気持ちを取り戻すには力技ではダメだってこと。

正義の力だけでは悪党退治はできても、改心させることはできない。

力だけに頼らない正義は最近のプリキュアに出てくることが多い

良い傾向だと思うので、勧善懲悪から進化した神話への歩み。

新たな神話世界を創造するに相応しいかもしれない期待が

ユング心理学に惹かれた一人としては、思うところがあります。

 

サタンも元を正せば大天使だったと言われている。

純粋悪は元々存在しなかったのかもしれない。

だから、力だけに頼らない正義が一番必要なのかもしれない。

ユングの理論でも善と悪は表裏一体でしかない評価ですし。

 

優しさは究極の強さかもしれないからこそ、険しき道なのか。

キュアモフルンの体術は奇しくもマスターヨーダにそっくりだった。

マスターヨーダはあのジェダイの最長老、グランドマスターである。

似ているのは戦術だけで、類似点が他にあるわけではないけれど。

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ふきだし

 

この件に関する決意はかなり前の話ではありますが、

誤解を招かないために改めて書いておこうと思います。

 

喫煙シーンの是非までならば、表現の自由の範囲内なので

問題なかったのだが、喫煙する権利そのものを表現の自由と

混同される動きが露骨に目立ってきてふざけるなと思ったのが

きっかけです。受動喫煙による現実の健康被害で甚大な被害を

被る当事者としては、煙草利権に利用されるだけのやり方には

ものすごく不服であり、とても納得ができなかった。

 

ここまでは単に私自身の私情ですが、表現の自由と喫煙権が関係

ない理由についてが本番なので、あくまでもそれについて説明します。

 

その前に忘れてはならないのが、表現の自由は日本国憲法の

条文の一つに過ぎず、元々戦争放棄とセットで生まれた権利の一つ。

言い方は変になりますが、本来の目的はオタクの表現を守るため

ではなく、軍国主義を招いた翼賛主義を阻止するためにあります。

要するに権威や権力に抗うための普遍的な権利です。

 

表現の自由を最大限に活用するのはオタク達になりましたが、

それ自体は結果として大きな問題はないと思う。ただ、

本来護憲派として果たすべき役割を担えなかった立場の甘さは

別の意味で問われることだと思います。表現の自由は戦時の日本で

当時の日本共産党が弾圧された背景が非常に大きいと思う。

 

あの忌々しい治安維持法で現実に最も弾圧されたことで

有名なのは、当時の日本共産党だったのは大きいだろう。

 

一応私は共産主義者ではないからね。とりあえずいかなる思想が

あるにせよ、乱暴な定義とともに権力で一方的に言論を封じる

忌まわしき権力の暴走を阻止するために生まれたのが表現の自由。

 

話は喫煙権に戻りますが、私自身実害が大きいから仕方なく

煙草規制を求めるようになりましたが、禁酒法みたいなやり方を

理想とは思っていません。共存の意志がないなら仕方ないと思うだけ。

 

喫煙者は今まで業者とともに徹底して受動喫煙で被害を受ける人々に

悪質な暴力で口封じを繰り返してきて来ました。それが理由です。

表現の自由とは、少数派が口封じされることを容認してはいけません。

 

一方的な健康被害で苦しんできた人々に数の暴力で口封じすることを

容認してしまえば、それは表現の自由とはいえないでしょう。

健康被害で苦しいなら、「苦しいからなんとかしてくれ」と要求する自由が

あります。単に身を守るために言論することが本来の表現の自由と

言っても過言ではなく、今の日本では作品規制を安易にさせないことが

表現の自由として一番需要が高いだけです。だけどそこから

現実に健康リスクが現実に極めて大きい煙草を無規制で乱用させる

自由とはまるで関係ありません。酒と違って罰則も甘すぎますし。

 

これは好き嫌いの問題でもありません。アダルトコンテンツの場合は

わざわざ見なければよいである程度なんとかなります。

だけど空気を汚染する公害はまるで次元が違います。

 

今の時代は公害を防ぐために工業などでは排出規制が厳しいはずです。

安易に有害物質を大気中に垂れ流してはいけません。

コンテンツ表現とは次元が違いすぎる話です。近辺の大気を直接

汚染してしまう嗜好品をコンテンツ規制と同次元で考えるのは、

科学的にありえません。トンチンカンにも程があります。

 

表現の自由があるならば、受動喫煙の被害で苦しむ人々は不当に

弾圧されることなく、その実害を訴えた上で社会に改善を要求する権利が

あります。その最善の道が規制である必要性があるわけではありませんが、

何も対策する気がないなら道は閉ざされてしまいます。

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リサイクル

 

私の考えを最初に簡潔に申しますと、日本で

行われているリサイクル運動はほぼ無意味。

単に気持ちと自己満足だけに陥っているから意味がない。

 

もっと大事な発想ができていないから駄目だと思う。

環境負荷という言葉があるようにストレスとして考える

べきところをすっ飛ばして、日本のリサイクル運動は経済的に

一番不利な庶民にばかり責任を追わせて、

むしろ環境破壊に加担した。人の生活を破壊して事態を悪化させた。

 

だから日本の資源浪費の原因は経済的要因にあるという

見方が一番必要ではないかと思ったのはそこにあります。

日本ほど使い捨て商品に依存した国はないし、それを無理やり

止めるなんて無理です。ゴミ屋敷などの副作用を悪化させるだけ。

 

リサイクル運動が招いた環境破壊は残念ながら少しずつ修復する

しかないが、ベーシックインカムも経済的対策としてこの意味でも

選択肢として考える価値はあると思ったので一応書くことにしました。

 

奇しくも、北欧各国はリサイクル運動が高度に成功しているようだ。

これは庶民の極端な格差を放置しないことが大前提だと思う。

それを怠って無茶なプランを要求すればこんな真似はできないはず。

事実、日本は貧困層に無理難題を押し付けて事態が悪化したようだ。

 

「衣食住足りて礼節を知る」それを怠った国で

リサイクル運動なんてできるはずがない、無茶も良いところだ。

 

働くことばかりに重きを置きすぎて、過剰生産を放置して売れないと

嘆く。待遇の悪さから消費は滞る。それでも愚かに生産を続ける。

売れ残れば食べ物は間違いなく廃棄処分だ。日本の資源浪費の

原因の大半はこれ。延々と悪循環を繰り返しているが、止められない。

 

しかも日本は餓死者も増えている。アフリカの子供がどうのという

言い訳も通用しない。自国民も餓死しているのに他国と比べてどうする。

 

経済的要因が大半を占めるはずなのは明らかなので、

美意識に惑わされず、もっと現実的な方法を見出したほうが良いと思います。

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殺人的英雄

 

人類の歴史で一番おぞましいのは戦争そのものではなく、

殺した数があまりにも多いと逆に英雄化してしまうことに

あると思う。そのパラドックスこそが戦争の愚かさの

本質と言ってもいいだろう、だから反戦だけでは

戦争を否定することにならないという意味を

伝えるために、大量殺人が英雄化してしまう

人類の恐るべき歴史に向き合うための記事を書きたかった。

 

歴史上の人物の誰がそれに相当するかはあえてここでは

書かない。わざわざ書く必要性は無いほど語り尽くされているから。

 

ここで書くのは、今起きる可能性が高い現在の問題点と、

平和の時代と言われていようが、戦争の本質と言える狂気は

日常に常に存在していることを伝える意図があるということ。

 

今まで通りナチス化のリスクとして現代日本は語られているから、

その表現だけは使いますが、この手の狂気の殺人的英雄と言える

人物は決して特別ではない、これが人の歴史で普遍的な危険性だから。

 

殺した数が多すぎて英雄化する人物は当たり前だけど

自らの手で直接これほどの数の人を殺すことなんてできない。

実際には社会を動かす権力を手にしてそれを実行する。

 

だから本当に考えるべきは、社会が常に抱える潜在的リスク。

逆に考えればわかるが、社会がまともなら危険な人物に

権力を渡したりしないし、それを防ぐためのシステムもちゃんとある。

 

前の記事にも語ったこととしては、障害者などを生贄にするような

悪魔の儀式みたいな構図によって危険な軍事政権が完成する。

だけどそれを支えるのはかつて善良だった普通の人々である。

 

人の心理は集団化するほど理性がなくなり無責任化する傾向がある。

日本の道徳観は個人を軽視して集団性を美化しやすい。

それは大量殺人を犯す危険な悪魔を育てやすいリスクがとても高い。

歴史を忘れ美談に酔いしれてばかりだから今の日本の危機にあると思う。

 

集団で美談に酔いしれるのはかなり危険であり、麻薬に手を染めるような

リスクに近い場合がある。思考停止とセットで依存症を引き起こす。

そして無関心化も含めて、危険な独裁者を止める術を失ってしまう。

 

第二次世界大戦の原因としては日本とドイツは文化的背景がかなり違う

という意見も最近目にしますが、私は違うと思う。結構似ている。

 

歴史に学ぶない日本は政治に無関心であることが怠惰であることに

気づいていない。政治に無関心なのは決して真面目ではなく怠けなのだ。

政治に無関心で何も考えずに働けば良いなんて、一番最悪だ。

あえて何もしないほうが正常な思考に近くなると思うほど。

 

みんな忘れたのだろうか?

  1. 失業や人手不足などの労働問題の悪化
  2. 若者に冷たい社会
  3. 巨大資本が過剰に政治に介入
  4. 自己犠牲の強要及びホロコーストの成立

 

これらは特に当時の日本とドイツで共通している。

そして今の日本は再びこの状態に陥っている。

21世紀にもなって再び歴史を繰り返そうとしているのは、

普段の日常生活に潜んだリスクでしかないと考えているだけです。

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集団主義とホロコースト

 

日本で暴走しやすい集団主義は、危険な麻薬だと

思っている。第二次世界大戦のときに当時の日本とドイツが

証明しました。人というものは、集団単位でどこまでも狂気に走る。

 

これこそが、発達障害を自覚して生きるようになって、

改めて再認識した集団主義への恐怖でもあります。

 

民族浄化の前段階に行われたナチスの障害者虐殺は

ユダヤ人虐殺のためのリハーサルと言われているが、

それだけではないと思う。障害者の存在も単に都合が悪いから

殺処分しようとする危険な需要があっただけにすぎない。

 

憲法の公共の福祉が公益の福祉に切り替えられる危険性も、

ここにあり、人権を無視して集団の意図で個人を殺す大義名分。

まさにナチス化の一歩ではないのか。そこに一番警戒している。

 

集団主義の真の恐ろしさは、構成員を全知全能の神と潜在的に

思わせる狂気にある。これは宗教を自認しなくても自覚しなくても

あまり関係ない。目に見えない狂信がそこに芽生えていく。

だから選民思想とも言える。実行してはならない危険思想だ。

 

日本ではなぜ戸塚ヨットなどの虐待的教育が横行していたのか。

そしてブラック企業が深刻な社会問題になったのか、そして最近では

部活動の問題が教員の方々から悲鳴の声が上がった。

いずれも集団主義の暴走が招いた結果だと思う。

 

人権は個人単位を基本とし、集団単位の人権は偽物であることを

証明してきていることだと思う。多数決が絶対正義という危険な

盲信が、第2次世界大戦の主要原因であったことを誰もが忘れたのか。

 

ニーメラー牧師の言葉の教訓は、聖職者の言葉だから

大事ではないと思う。目の前の脅威に目を背けただけの

一般人の懺悔の言葉と思ったほうが良いと思うだけですし。

 

そういう意味で、その言葉を私は最重視しています。

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