43時間 Part24
渋谷のマツイ不動産:会議室
イチロウとマツイ・トクノリ。
渋谷の17階のフロアには、マツイ不動産の社員は、一人もいなくなり、豪華な作りの会議室にはイチロウとトクノリを残すのみとなっていた。
二人は一片が7m以上もあり、濃い茶色の表面を叩くと上質な音を跳ね返す長方形のテーブルの左隅に二人で固まって座っている。
17階の窓の遠くにはカウントダウンを渋谷駅前で過ごそうとしているのか、多くの若者が集まりだしており、
眼下の道路には明治神宮への初詣に行くのであろう車の列が増えて来ていた。
テーブルに置かれたコーヒーカップは、二人とも底が現れており、長い時間の経過が見て取れた。
トクノリは、疲れ、悩み、怒っていた。
誰に?
イチロウにではない。
自分にだ。
「兄さん。そろそろ折れてもらえませんか?」
イチロウが、徳之助との長い電話の後、
黙り続けていたトクノリを覗き込むように話しかけた。
「お前に兄さん呼ばれされる覚えはない。」
「でも・・・徳之助・・いや父さんとは、なんか仲良さげでしたよ(笑)
本当はお父さんの気持ちも分かるんでしょう?」
「・・・・・」
「約束の午前零時まで、もうあんまり残ってないですよ。」
「分かっている。」
「なんとか・・・許して上げたらどうですか?」
「もう遅い。」
「なんで・・・?」
「すでにうちの社員の電源停止チームをWAVE社の送出センターに行くように指示を出した。
そろそろ到着する頃だ。私が止めない限り午前零時で電源を停止するように厳命している。」
「そいつは困りましたね。」
「もう・・・遅い。遅いんだ。」
「うちの社長がね。慌てる時があったら、こう心に唱えるんだって。いつも言っているんですよ。」
「・・・・・」
言葉を発しないがトクノリはイチロウのほうを向いた。
「〝時間が足りないと思ったら、その残り少ない時間を楽しめ〟いい言葉でしょ(笑)」
そう言ってイチロウは、徳之助から預かってきた二つの封筒をトクノリのテーブルの上にそっと置いた。
「お父さんから預かってきました。」
そういってイチロウは、両手を広げ、ニン!と歯を見せて笑って見せた。
トクノリの前に置かれた封筒のひとつは古く黄ばんでおり、
もうひとつは比較的新しかった。
封筒の差し出し人は、二つともトクノリの母、「本田絹代」と裏に書いてあり、
黄ばんだほうの日付は昭和31年4月6日。
新しいほうは平成12年5月6日となっていた。
トクノリの母、絹代から徳之助に宛てられた手紙だった。
どちらも短い文章だった。
一通目(黄ばんだほう)
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近衛家徳之助様
謹啓
春風駘蕩の候 、徳之助様は、いかかがお過ごしでありましょうか。
きっと、お近くの桜の花は、それはそれは素晴らしく咲き、美しさが深く胸にしみる程、見事なことでしょう。
私は徳之助様に勧められた通り、恥ずかしながら唄の稽古をいそしんでいます。
お陰さまで、ご紹介いただいた新橋の先生は、それはそれは大変、私に良くしていただいております。
お会いできないのがさびしゅうございますが、いつかきっと一人前の謳歌人になって徳之助様と桜花爛漫のあの道を歩ける日を思って精進していくつもりであります。
〝吹く風の誘ふものとは知りながら 散りぬる花のしひて恋ひしき(後撰集91) 〟
謹白
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一通目は、徳之助の歌を本格的にやるようにという勧めで、初めて一人で絹代が歌の勉強をする為に新橋に移り住んで、徳之助と離れ離れになり、寂しくなって初めて書いた手紙だった。
最後に書いてある和歌は、後撰集から、絹代が今の心情を表すように選んでいる。
意味は、風(やらねばならぬもの)に誘われて散るものとは分かっているが、離れている徳之助がどうしても恋しいのだと受け取れる。
二通目(新しいほう)
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近衛家徳之助様
謹啓
桜花のみぎり、徳之助様はいかがお過ごしでありましょうか。
二人で何度も見たあの桜は、今年もきっと素晴らしく咲き誇り、今日のように春雨が降っているのであれば、枝から滴る雫にも花の香が移り、桜の中に包まれながらご一緒に濡れながらも歩いた花の道のあの景色を思い起こし、とても幸せであった思い出を懐かしむばかりであります。
残念ながら、ご承知のように、私は病の為、今年は、ご一緒できないことが残念でありません。
桜の季節が来るたびに、あの時、徳之助様が〝自分の夢をつかみなさい〟と言ってくれたことに感謝しております。
徳之助様の予想を裏切り、私のほうが先に散りゆくことを心よりお詫び申し上げいたします。
盛りのうつろう桜の色を面影にのみ残して、心残りはございません。
ただひとつ
同封しました書は私が徳之助様よりお預かりしたものでございます。
この機にお戻ししておきます
。私亡きあとは徳之助様のお気持ちにお委ねいたします。
あなたに会えて私は本当に幸せ者でした。
〝吹く風の誘ふものとは知りながら 散りぬる花のしひて恋ひしき(後撰集91) 〟
謹白
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絹代が病院で亡くなる前に徳之助に書いた手紙であった。
トクノリの「手にした二通の手紙は、絹代の徳之助に宛てた最初のラブレターと最後のラブレターだった。
二通目にも最後には同じ和歌が書いてあった。
そこから分かる事は最後まで、母、絹代が徳之助を愛していたことが窺(うかが)われた。
他人や社会や・・・ましてトクノリが疑っていた愛人など微塵も入り込めない・・・二人の道程が記されていた。
まぎれもなく、トクノリは父と母から愛され、しかし風が・・・桜の満開を拒んだ。
その手紙と一緒に入っていた紙は、昭和36年2月3日の日付だった。
そしてそれは、徳之助と絹代の間にできた子供。
つまり、トクノリを徳之助が認知する書面だった。
事実は、徳之助は、出生すぐにトクノリを認知し、絹代にそれを公表するもしないも、届けるかどうかも
全て任せていたのだ。
トクノリはその認知する父の書面を見て眼を滲ましていた。
その時、彼の心に何が去来したのか・・・誰にもわからない。
二通目の手紙には古い染みがあった。徳之助の染みだった。
今回新しい染みがその時一滴落ちた。
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青山通り:WAVE送出センター前の道
ローラじゃないだろ。クリス。
うん。違う。
いよいよ。今年も残り後本の僅かになったね。
うん。残り僅か・・・・
どうするんだろう・・・作者・・・もう誰も止められないよ。
この番組もそろそろ今年で最後かなジョン!
う~ん悲しいぃいいいいぺろぺろ。OK
あんまり悲しそうじゃないねクリス。
じゃぁ・・・マツイ不動産の社員で電源停止作業チームのリーダーのコンドウさんのリクエストで
この曲をどうぞ。
トクノリに命令をくだされた社員。
電源停止の命令を受けたマツイ不動産のメンバー、リーダーのコンドウ、マナベ、ミツハシが青山通りのWAVEの心臓部、送出センターの前に着くと車を左側に寄せ、止めた。
「あと少し時間があるな。このまま待機するぞ。」
社長の命令には絶対服従のリーダーのコンドウが声を発した。
「でも・・・本当に良いんですか?下手したらニュースになりますよ。」マナベが言う。
「そん時は社長が責任を取ってくれるだろう。」
ヘッドハンティングの話を受けていたミツハシはこの仕事も上の空である。
リーダーのコンドウは、社長からの中止の相図がないのを確認すると、
「車を降りるぞ。」
「本当に?」
「当たり前だ。」
3人はWAVEの送出センターのあるビルの一階の夜間通用口に向かう。
茶色いレンガで敷き詰められた90年代に流行ったデザインのビルの外観を通り過ぎ、右に30m程回り込み、簡単に誰でも入れそうな柵のような入口の門を開け、3人は通用口に着いた。
コンドウはドアに暗証番号を打ち込むと、ドアのレバーの横のセキュリティーのランプが赤から緑に変わるのを確認する。
コンドウはポケットから20以上はある鍵の束を取り出し、そのひとつを持ちドアの鍵穴に差しこむ。
------------鍵が入らない。
「うん?・・・これじゃ・・・ないか・・・」
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送出センター:C3スタジオ:ディレクタールーム
官僚がスピーカーから声を出した。
落ち着いた声だが冷たい言葉だった。
「態度を保留していた取締役のCが・・・先ほど、態度を変えました。
3対3・・・保留1が崩れそうです。
これから・・・再度・・・T社長解任の・・・決議に入ります。」
予想通り、バロンの説得力ある名演説は、WAVE本社の態度を保留していた取締役の
最後の一人の心を動かした。
いや・・・
あの演説に
心を動かされないほうがおかしい。
「これが最後のジャッジですぞ。」
バロンの今までで一番強い視線が私に刺さった。
カワカミは眼をつぶり、口を真一文字にし、腕を組む。
徳之助は反応がない。
タチバナは身構えている。
何に?
私の答えにだ。
「大丈夫ですか?」
ピエールがオレに声をかける。
「何がだ?」
「いえ・・・顔色が・・・」
真っ青なのはお前だろ!心で思うが言葉にしない------
時計の針の進む音が「カチカチ」聞こえる。
いや・・・
LIVEの放送の隣の番組が・・・そろそろ最後の曲を掛けそうだ。
それが・・・・WAVEのレクイエム(鎮魂歌)になるか・・・・
-------------くそったれ!
「WAVEは止まらねぇ!」
口に出したのはマウスだ。
「ゲームセットですな。」
その眼は何だ!
この野郎!
エロ男爵め!
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青山通り:WAVE送出センタービル:入口
電源停止部隊。
「コンドウ主任・・・・・鍵が開かないんんですか?」
「いや・・・」
コンドウは、20ある鍵のうちのちょっと大きめの銀に光る右側にギザギザが多い鍵を選び手に取る。
鍵穴に差しこむ。
鍵は入らなかった。
次の鍵をコンドウがとりだす。
手間取る-----------
赤い鍵だ。
差しこみ、入った。
捻(ひね)る。
まわった。
「開いたぞ。」
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送出センター:C3スタジオ:ディレクタールーム
ピエールが私に耳打ちした。
「バロンの提案を受け入れましょう。傷が少なくて済みます。」
タチバナが叫んだ--------
「官僚!結果は?」
「まだです!」
叫びのような官僚の声がスピーカーから聞こえる。
間に合わんか-------------!
ピエールは・・・すでに指を組んで・・・天を仰いでる。
アホ!---------------------------------------------------------
タチバナは官僚のスピーカーの電話に堪(たま)らず受話器を取る。
バロンが私を見た。
「徳之助----------!糞ジジイ~!」
こらぁ!返事しろ!-------
タチバナが叫んだ。
徳之助の代わりにバロンが答えた---------------------------------------------
「全部売ってくれますな。」
「私に。」
ピエールが私の顔を見て、カワカミの差し出した書面を受け取った。
ピエールは、
ピエールなりに、書面を良く読む振りを今さらながらにして、時間を稼ぐ振りをしている。
涙ぐましい努力だ。
とうとう・・・・・
聴取者の皆さん。本年もWAVE放送局を聞いてくれて・・・本当にありがとうございました(涙)
私ジョンとクリスがWAVEを代表して・・・・お礼を申し上げます。
今年は本当に本当にいろいろありましたね。
クリスは今年の一番心に残った事って何だい?
う~ん・・・何もない。はぁ~いペロペロ。
来年も後・・・・数十秒・・・・
いよいよ今年最後の曲で~す。はぁ~い。
リクエストは変な髭男爵のおじさん。
バロンで~す!
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街の夜景
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