思い出に残る一日

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昨日は、第一回裁判(口頭弁論)の期日だった。


私が原告の訴訟の期日だったのだが、夫が原告の訴訟がこちらに移送され、その書類が東京からこちらに期日2日前に届いたため、急遽、両方の審議を併合して、同じ日に行うことになった。


波乱の幕開け。。。裁判のことじゃなくて。


ちょうど25日から26日に日付が変わる夜中のこと、私の愛用のダイナブックが、逝ってしまった。

この愛機はちょうど1年前にも私のやりかけの仕事を満載にしたまま吹っ飛んで、それはそれは大変な思いをしたことがあったので、今回も初回のブルースクリーンから警戒して、起動可能なうちに必要なファイルはバックアップしておいた。


それからまもなく。。。OS未検出で立ち上がらなくなった。もちろん、復元ポイント、再インストール、リカバリディスクからの起動など、試みられることはすべてやったが、ダメ。あーあ。


翌日、知り合いに朝一番に車を出してもらって郊外のヤマダ電機に連れて行ってもらった。

仕事のアプリケーションから言っても、納期から言っても、Vistaに乗り換えることはできないので、XPの在庫を探したのだが、なんと、デスクトップだとすぐに持って帰れるのは、ValueStarかVaioの各1機種ずつのみ。ソニーは大好きなメーカーだがコンピュータは信用できないのでためらっていたが、いまひとつ決め手がない。ソニーは3GほどのCeleronDで、ValueStarは1.6GのCeleronM。クロック数ならソニーなのだが、どうも聞きなれないCPUは信用が置けない。画面は、文字の見易さでValueStarに軍配。チューナーがソニーは地デジ対応でValueStarはアナログのみだが、どうせビジネスユースだし、これはどうってことない。メモリは、ソニーが1GでValueStarは512MB。これじゃあ、お話にならないからメモリ追加しなきゃならないけど、ここで、ソニーはデフォルトも最大も1G。ValueStarは最大2Gまで拡張可能。決めた!


そうして午後はValueStarのセットアップにめいっぱい時間をとられた。

ロスした1日分も含め、この土日夜中も仕事しなくちゃ。。。


さて、本題。


セットアップしている最中に、弁護士さんからメールが。

裁判の報告だった。


なんと、裁判官も、書記官も女性で、とてもおだやか。「この裁判は財産分与が問題になりますね」という言葉が裁判官から出たので、親権も離婚も問題ないということでしょう、という弁護士さんの見解が書かれていた。


相手方は、予定通り擬制陳述(一回目だけは、準備書類の提出で出頭が免除されるというもの)で欠席。

しかも提出された準備書類は、


「1.原告の請求をいずれも棄却とする。2.訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求める」という3行が書かれた答弁書のみ。


次回は、2月末。ただし相手方は電話会議による出頭。


それにしても。。。今になってこうやって時間稼ぎするのなら、夫は何で訴えたんだろう。子供のためでなく、ただ勝ちたいから?絶対に私が間違っていると信じて裁判を起こしたはず。だけど世間一般は夫の主張に眉根をひそめるということを、今弁護士事務所で経験しているのだろうか。。。


勝てないとなるとその次は。。。会社を辞めるだろうか。

とにかく私たちにお金を払わないで済むためなら、どんなこすっからいこともやりそうだ。


安心していられない。

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明日、裁判!

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先日、夫の弁護士から私の弁護士を通じて、こちらの訴状に対する答弁書が届いた。


内容は、

「1、原告の請求をいずれも棄却する。2、訴訟費用は原告の負担とする。という裁判を求める。

請求の原因に対する認否は、追って準備書面において行なう」


という、あっさりしたもの。

先日弁護士さんが、「こちらの家裁にまだ東京家裁から資料がきていないので、だんなさんが原告の第一回口頭弁論はまだ先になりそう。だから、(こちら側からの)答弁書の提出にはまだ間がある」と言っていたのだが…


急転直下、昨日になって、弁護士さんから連絡が。


「こちらの家裁に資料が届いた。こちらの口頭弁論と同じ、26日に、急遽合同で両方の口頭弁論を行なうことになった」


とのこと、私も、メールに添付されていたこちら側からの答弁書にざっと目を通し、先生に、OKを伝えた。


さきほど、先生から電話をもらい、ちょっと話したところ。。。

私「先生、向こうから出された答弁書、ずいぶんあっさりしてますよね」

先生「そうね、これは・・・多分、代理人が急いでないんでしょう。つまり・・・だんなさんの話が的を得なくて、とにかく主張がまとまるまで、時間を稼ごうとしているみたい。」


26日は、向こうは原告であるにも関わらず、「擬制陳述」を使って不出頭らしい。2回目の2月26日は電話会議で済ませるらしい。3回目は代理人出席予定とのこと。


夫の代理人からの書面は、いつも男性と女性の二人の連名で届いていた。これまで、裁判所にも、これまでは男性の名前でファックスが届いていたらしいが、移送が決定してから、女性の名前に変わったそうだ。つまり、この事件は女性弁護士の担当となり、3月の期日には、彼女が夫の代理としてこちらの裁判所に出頭するらしい。


私「女性が夫の弁護をするのは。。。やりにくいと思います(タイで女買ってるし。共感できないと思う、軽蔑しちゃうと思う、普通の人だったら)。それにしても、何で自分から訴えようと思ったんでしょうね。」

先生「ほんとそうよね。。。」


でも、ふと夫の性格を思うとき、私はこんな舞台裏を想像してしまうのだ。


向こうの弁護士事務所にて


夫「妻より先に訴訟を起こせば、東京になるってあんたが言ったんだ。結局移送された。どう責任とってくれるんだ」

弁護士男「いやあ、可能性は初めから50/50でしたよ。私が言ったのは、先に訴訟を起こせば、少なくとも東京で継続される可能性がある、ということでした。」

夫「責任を取って関西に出頭する日当をまけろ」

弁護士男「それはできませんよ。実際弁護士はそれだけの業務を行なうわけですから(もう相手にするのいやになってきたな。。。)あー、私も、ちょっと予定が立て込んでいて、出張を伴う案件は受任できないんですよ。。。弁護士女さん、この件はあなたが専任してくれ」

夫「大丈夫なのか」

弁護士男「私もバックアップしますから」


私が夫と暮らしていたとき、私は夫によく実家の事業の用事を任された。それには、弁護士や銀行との交渉を伴うこともあって、それがうまくいかないと夫はこういったものだ。

「一度引き受けたものはちゃんと最後までやれ。結果が大事だ、結果が!結果を出せよ!!」

中には、夫の実家が保証していた親戚の銀行からの借金を減額させろというのもあって(そんなのは無茶だ)、仕方がないから私が銀行側のえげつないやり方を批判して強くでると、「お前はキチガイか。お前のせいでうまく行かなくなった」と攻め立てる。

要は、誰かの責任にしたいのだ(私が銀行に無茶苦茶を言っていたわけでなく、私はその前年に、副支店長に掛け合って義父が銀行から書かされた個人による根保証契約を反故にするという荒業もやってのけている。ようはそれ以上の譲歩を銀行から引き出せないところまで来ていたというだけの話だ)。その他にも、なくなった夫の祖母名義の預金が引き出せなくなって、それこそ、役所、家庭裁判所、銀行を駆けずり回ったこともあった。あのころの私はまるで夫の家のタダ働きの専任弁護士のようだった。


そして今その私と戦うために、夫が大事な大事なお金を使って雇った弁護士。思った結果を出せないとなれば、夫からどんな態度を取られるかは想像に難くない。


さて、明日は私が原告の第一回口頭弁論、そして夫が原告の第一回口頭弁論が同じ期日で行なわれる。

私「先生、時々どっちが原告でどっちが被告ってわかんなくなってくるんですけど、こういう場合、裁判官はどう呼ぶんですかね。もしかして、夫、妻とか言われちゃうんでしょうか」

先生「この場合は、どっちかの案件に併合して、どっちが被告でどっちが原告なのかも決めるのよ。この場合は、移送も認められているし、こちら側が原告になると思うわよ」


明日は、晴れて原告になれるかも。あとは先生の報告を待つしかない。


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裁判のこと

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さて、第一回口頭弁論が、今週末に迫っている。


夫が12月初めに申し立てた離婚裁判が、昨年末、こちらに移送されて、私に送付されてきた訴状に添付された呼び出し状の期日が、弁護士さんから連絡された「私が訴えた」裁判の第一回期日とたまたま一緒だったため、私はずっと、この日に、お互いの訴状に対して答弁があるのだと勘違いしていた。


昨日メールで弁護士さんに確認したら、こういうことらしい。


私の裁判→今週末第一回口頭弁論

夫の裁判→私の裁判とおなじ管轄に移送→資料がまだ裁判所に届いていない→日程未定


前回の、夫が申し立てた面接調停の移送と同じタイムフレームだとすると、夫が申し立てた裁判の第一回口頭弁論は、さらに1ヶ月すべって2月末くらいになるだろう。


それは、私の裁判の2回目の期日と重なるのだろうか。

おそらく、向こうが東京から関西に出てこなければならないことを考慮すれば、同じ日に審議ということになるのだろう。

これって、すっごくややこしくない?おまけに裁判官も弁護士も大変。


それに。。。時間もずいぶんかかりそう。

憂鬱。

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仮想的有能感

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私は読売新聞を取っている。

年が明けてからしばらくして、読売で『男ごごろ-「らしさ」を超えて』という連載が始まった。

(この連載には、「離婚裁判」の荘司先生も登場する)


http://www.yomiuri.co.jp/feature/otokogokoro/


この6回目で、「仮想的有能感」という概念を扱っている。

内容は、最近の若者が、就職できない理由を「ばかな会社ばかり」と会社のせいにしたり、自分の周りはみんな「バカばっか」といいい、自分よりも「だめな人」を探し出して、見下すことで安心感を得る若者の話だ。

さらに、こうした無意識に他人を見下すことで、「自分はエライ、有能だ」と思い込むことを「仮想的有能感」という、と説明する。

これって、モラじゃん。


うちの夫は、高校は都内の3流高だったらしいが、2年浪人して頑張って国立大に行き、院まで出て、大手メーカーに就職した。学校も出してもらい、ずっと親元から会社に通っていたのに、こうしたことも全部自分の努力の成果だと思い、会社に入ってからは結構浮き足だっていたらしい。上司に注文をつけたりしたことから、出世がままならなくなった。

当時の私は同じ会社にいながらよく分かっていなかったが、冷や飯を食わされていたらしい。私と結婚してからも、こういい続けていた。「会社のやつはバカばっか」


そうした自信のなさを、私を思うように操り、思うようにならないと蔑み、馬鹿にし、無視することで解消していたのかもしれない。


そう思うと、そこに甘んじていた自分自身に腹が立ってくる。


モラ・マーカーみたいなリトマス試験紙があって、会社が人を雇ったり、誰かと付き合ったり、結婚するときに相手がモラかどうか、すぐに分かればいいのに。


でも、夫と知り合った当時の23歳の私は、モラや自己愛型人格について知らないばかりか、人は年齢とともに成長するという性善説にバリバリ満ち溢れていたんだから気付かなくてもしようがないか。。。


愚かだったなあ。。。

移送が決定!

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昨年12月、夫から離婚訴訟をおこされ、こちらも地元裁判所に提訴し、夫が起こした裁判については神戸への移送を申し立てていた。


なるようにしかならない、と思いつつも、このことが胃にどっしりとのしかかった年末年始となってしまったのだが。。。


今日、弁護士さんから郵便が届き、こちらの裁判所に移送が決定!


これは、子供達が私の手元にいることが主な理由なので、こちらの主張が全面的に認められたわけではないけれど、とりあえず東京に行くという苦痛は回避することができて、ほっとしている。

さて、夫の性格で、次はどう出るか。思うようにならなかったことについて、弁護士に逆切れしているかもしれない。あるいは費用を値切り始めているかも。ヤツなら十分ありえる。


弁護士さんからは、夫の弁護士が年末に裁判所に提出した2番目の意見書も別送されてきていた。


それによると、私が2003年11月にうつ状態に陥ったのは、仕事等の自分自身のわがままが原因で、その当時、「仕事をしてきたことを後悔している」と述べている。明らかに病気だった。今のPTSDもその延長であり、責任を夫側になすりつけているだけである、とある。


おそらく夫は、私が自宅に置いてきた当時の手記を証拠として出してくるのだろう。

たしかにうつ状態に陥った当初、私はひどい自責感に襲われていた。すべて自分が悪かったような気がしてその心境をノートに綴っている。たしかに仕事は引き金になったが、そもそも仕事をしていたのは、夫が生活費を締め付けたり相談しても必要なお金を渡してくれなかったりしたためだし、もう1つの誘因はホルモンバランスの崩れといわれていて、それもそもそも夫が避妊に協力してくれないがため、ピルやリングなどさまざまな方法を取ったことがきっかけになっている。だいたい、一番初めに生理がおかしくなったのは、舅の介護をしていたためだ。


でもこのあたりのことは、裁判で主張していくしかない。

裁判でどれだけの根も葉もないことを言われ、傷つくかと思うとひどく憂鬱だが。。。


前向きに闘っていくしかない。


ともあれ、移送決定に万歳!

ポンペイ展へ

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新学期に入って、今日からは冬休み気分を払拭して仕事に励まねば、と思っていたのだが。


たまたま今日は母の仕事が休み。

母の誕生日が近いこともあって、大阪で開催中の「ポンペイの輝き」展を訪れ、ついでに誕生日ランチを済ませてしまおうと画策。


子供を送り出しておいて、片付け、支度をして母と大阪に向かう。


「ポンペイの輝き」展の会場は天保山のサントリーミュージアム。


数年前に訪れたポンペイにとても感銘を受けた私。ポンペイ展も、当時の人々のアクセサリーや暮らしぶりなどを伝えていて素晴らしかったのだけど、やはり現地を訪れた時の、「さっきまでここで人が暮らしていたような息遣い」は伝わってこない。むしろ一昨年だったか放送された、「もう1つのポンペイ 発掘!ローマ皇帝最後の館」や、TBSの「古代ローマ幻の都市ポンペイはなぜ19時間で消えたのか」などの特集番組の方が、ポンペイでの生活やヴェズーピオ火山の噴火がもたらしたドラマをうまく再現していたと思う。もう一度観たいなあ、この番組。


出口のところに、ナポリ、ポンペイツアーの案内書が置いてあって、何気なく読んでいたら、「ラクレマ・クリスティ」というワインがポンペイの名産で…と書いてある。あれ、それ、昨日私が空けて飲んでたヤツだ、と思い、帰宅後に確認してみたら、たしかにラベルにはヴェズーピオ火山のイラストが。しかも輸入元はサントリーだし。なるほど。ちなみに「ラクレマ・クリスティ」とは、「キリストの涙」の意だとか。ポンペイとキリストとどういう関係があるのか。名前の由来を今度調べてみよう。


そのあとは大阪のヒルトンウエストにある、桃谷樓へ。

お昼のコースをオーダーしたが、予約のときに母の誕生祝でということを告げていたら、お祝いにデザートの後に、ふかふかの桃饅頭をサービスしてくれた。桃饅頭はあまり好きではない私だが、そのふかふか具合といい、甘すぎない漉し餡といい、とてもおいしかった。


最後に大阪大丸のリビングコーナーによったら、とっても可愛い掛け布団カバーとセットのピローケースが格安に。即買いして、今日は新しいカバーをかけて寝る。


ちょっとした幸せ。

やっと新学期

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今年の冬休みは長かった。

12月21~23日のディズニーシー行きにはじまって、24、25日は有馬温泉に。その後は仕事をしながら子供と大掃除。

仕事納め後は実家の母と御節作り。

31、1月1日、2日は義理兄とその息子(子供達にとっては従兄弟)が来ていたため宴会状態。

1月3日は記事に書いたように早朝から初詣に。


1月4日は子供達と書初め。


1月5日は子供達とカラオケ。


1月6日はまた義理兄親子が来て宴会。


1月7日はモラブロ仲間の続・ココロ内離婚のhanakoさん が、可愛い姫を連れて我が家に遊びに来てくれた(我が家の娘たちはおおはしゃぎで姫にかしずいていました)。楽しいひとときをありがとう!


・・・そして。。。さすがに今日8日にもなると、早く学校始まらないかな、と思ってくる。

手狭な2DKの賃貸アパートで、暇をもてあます3人の娘達。かわいいが。。。かわいいのだが。。。家が散らかる、うるさい、余裕がなくなると、声を荒げて叱ってしまうことになる。


仕事が在宅なのは楽でいいけれど、私のすべての舞台がこの狭いアパートであるが故に、私自身のストレスが見えないところに溜まっていっている気がする。


毎日必死で子供と向き合う私に対して、わざわざ子供宛の年賀状で「パパはスキー場で年越し」と告げてきた夫に対する怒りもあると思う。


移送申し立て中の裁判の行方に対する不安もあると思う。


将来に対する漠然とした不安も。。。


それに、街で家族連れなどを見かけたときや、幸せそうな熟年夫婦を見かけたときに、「いったい私が何をしたっていうんだろう」というやるせない気持ちや。。。


もちろん、相手を間違えちゃったってことなんだけど、その一時の気の迷いがこんなに大きく人生を狂わせてしまうなんて、何かのペナルティなんじゃないかなんて不穏なことを考えてしまう。


ダメだダメだ、今年はいい年にするんだ。

自分の可能性を信じていかなくちゃ。

初詣に行ってきました

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昨年のうちに買っておいたJR西日本の初詣フリー切符。

西は西明石から東は堅田、加茂、南は和歌山までの域内が、一日大人1600円、子供800円で乗り放題、しかもあちこちの神社仏閣で、3箇所まで、お守りやおみくじ、絵はがきなどの特典が付いてくる。


結婚生活では、夫の両親がバリバリの創価学会会員で、半同居の我が家では、初詣には行かないという暗黙の了解があった。

なので、昨年のうちから、今年こそ子供達を初詣に連れて行きたいと思っていた。


決行日は1月3日。行き先は奈良である(実際のお寺の住所は京都であるが)。

年末年始で遅寝遅起きが習慣化していた子供達を6時半にたたき起こして着替えさせ、朝食を取って、8時にはすでに電車の中にいた。


最初の行き先は、JR大和路線の終着駅、加茂。

ここからバスに乗り換えて25分、岩船寺(がんぜんじ)である。


バスは細い山道をひたすら登っていくが、霧がかかって前が見えないくらいである。

バス停を降りて本堂を拝観する。ここの本尊は阿弥陀如来。ここで子供達に開運招福のお守りをいただく。

私は中学時代から趣味と言っていいほどお寺めぐりが好きだが、小学生の子供達には退屈かな、と思ったが、再建したての三重塔を天邪鬼がささえている様子や、鐘楼で除夜の鐘さながら鐘が突けることなどで、楽しげにはしゃいでいた。


岩船寺から浄瑠璃寺までは、当尾(とおの)の石仏の道と呼ばれる山道を30分下る。

浄瑠璃寺のほうが岩船寺より手前に存在するため、本来この道は浄瑠璃寺から岩船寺に上がってくるものなのだろうと想像がついたが、子連れなので、楽な下り道を選んだ。

道端にはあちこちに100円の無人販売があり、岩船寺近くの棚で、おかきとゆず大根を買った。

わらい仏、ねむり仏、藪の中三仏磨崖像など、ほっこりした石仏と山道のすがすがしい冷気に癒されながら、浄瑠璃寺に向かう。


浄瑠璃寺は、一般に馴染み深い本尊と四天王という伽藍配置ではなく、往生に導くといわれる阿弥陀仏が九体横並びになっている西方阿弥陀堂が本堂である。ほかの八体より少し大きい中尊の左脇に、今回の旅の目玉、特別開扉の秘仏、「吉祥天女像」があった。

想像していたより少し小ぶりだったが、何度も写真で見たとおり、美しい像だった。

ここで、特典の絵はがきを受け取り、バスの時間が迫っていたので(加茂駅との間を結ぶエムケーバスは、一時間~二時間に一本しかないので、バスの時間を確認する必要がある)足早にバス停に向かった。


加茂から再び大和路線に乗り、奈良に戻る。

奈良では、最後の目的地、春日大社に参拝する。


奈良駅近くで腹ごしらえをして、何も考えずに春日大社本殿行きのバスに乗ったが。。。近鉄奈良付近でものすごい渋滞に巻き込まれてバスが動かなくなり、歩いたほうが早いと途中下車。コミコミの参道を鹿にしかせんべいをやりながら進む。結局バスを降りてから鳥居をくぐるまで40分近くを費やした。

世界遺産に指定される春日大社の素晴らしさを確認する余裕もなく、お賽銭を投げて拍手を打ち、特典の最後の券を初みくじに使う。3人の娘達は全員大吉。私は小吉。


小吉っていいの、悪いの?と思い、ネットで調べてみると…大吉、中吉、小吉、吉、半吉、末吉、末小吉、凶、小凶、半凶、末凶、大凶の順らしい。そうか。

ちなみに、三女が「ばあばの分」ともう1回ひいた鹿みくじも大吉。

私のおみくじには、争事=初は危うく後よろし、とある。裁判の行方は初めはやきもきさせられそうだ。予定している転居も、転居=其のまま居るが安全、とのこと。そっかあ~。


ふるまい酒をいただいて出口へ。

東大寺の大仏殿か興福寺の宝物殿を見て帰ろうと思うが、あまりの人ごみに断念。

予定の電車に遅れそうになったため、あわててお土産を買ってJR奈良駅に走りこんだ。


たくさん歩いたせいか、大和路線では大阪まで子供達は爆睡。三女は大阪駅で途中下車してドラえもんのスタンプラリーを押して抽選に挑戦。しっかり「当たり」を出してドラえもんの小物入れをゲットしていた。これも初詣のご利益かな。


というわけで、子供3人を連れての初めての奈良めぐり&初詣は大成功。

せっかく文化遺産の多い関西に来たのだから、これからどんどん子供達を奈良や京都につれていってやりたい。

2007年が明けた。


今年は、たくさんの小さな希望や夢を少しずつかなえていく年にしたい。

それが大きな飛躍につながりますように。。。


年明け早々、グチのような話題になってしまうが。


月末に送られてくるはずの婚姻費用は入っていない。

次女がずっと願い続けたピアノを昨年末から習わせて、練習のために電子ピアノを買ったため、この年越しは結構キツイ。

そうでなくても年末年始はお金がかかる。そんな中で婚姻費用を止めた。弁護士を通じて催促すれば、銀行の休日がどうのといいわけするに決まっているが、夫の性格はよく分かっている。セコイ嫌がらせなのだ。


子供達には、実家に夫から年賀状が届いていた。パパはお正月はスキー場で過ごすよ。君たちも一緒に来れたらよかったのにね。みたいな内容だ。どこまで幼いのだろう。


元旦に年賀状を届けるまめさがあるのなら、子供達を思う気持ちがあるというなら、このもの入りの時期に婚姻費用を遅らせないで欲しい。



年末になった

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気が付くと今年ももうわずか。


ブログのほうも、あまりにも色々なことがありすぎて、時の流れに飲まれるまま、書けずにいた。

一番大きな事件は、11月の面接交渉調停の後、夫に訴えられたことだろうか。


12月上旬の週末。いきなり訴状が手元に届いた。

弁護士さんと連絡がとれず、かなりあせったが、最終的には、もともと離婚訴訟を起こすつもりでいた現住所管轄の裁判所に、あらたに離婚訴訟を申し立てて、東京で夫が起こした裁判については、こちらの住所への移送を申し立てることになった。


弁護士さんは、夫の申し立てた面接交渉がすでにこちらの裁判所に係属しているから、移送が認められるだろうとの見通しを述べた。


今年のクリスマスは、サンタさんのプレゼントがディズニーシーということにして、0泊3日の夜行バスツアーで、子供と4人で東京に往復した。こんなときだから、おもちゃや物よりも、思いっきり楽しんだという思い出を残したかった。私達がそんな風に過ごした一日の終わりに、弁護士さんからのメールで夫が面接交渉調停を取り下げたことを知った。


そして弁護士事務所も仕事納めだろうというころに、夫側の弁護士が、移送に関する意見書を裁判所に提出した。

曰く、妻(私)は、11年の平穏無事な生活の中で、突然一方的に子供を連れて失踪したのだから、そちらの裁判所に行くことを強制されるいわれはない、とのこと。経済的なことや、子供の養育についても、実家の親に経済的援助や、子供の世話を頼めばいい、とのこと。


11年も、結婚生活が平穏だったなら、わざわざ子供3人を連れて、家を出たりするだろうか。その理由がまったく見当も付かない夫だというのなら、実家にただの一度も足を運ばないだろうか。私にとっては、うつ病寸前まで追い込まれた地獄のような結婚生活で、正直言ってあのままあの家にいたら、今頃は生きていなかったかもしれない。


今回の弁護士さんの反応は早かった。夫側の意見書が裁判所に出された当日、それに対する意見書をさらに提出している。

後は、裁判所の判断を待つしかない。でも、あれだけのんびり構えていた弁護士さんがこれだけ俊敏に反応するということは、移送についてはかなりクリティカルな状況なのか。


これは、今考えても結論の出ないことだ。


とりあえず、棚上げにして、年越しの準備だ。