私は生まれつきのアトピーで、26歳までアトピーに悩まされていました。

これまでの人生でアトピーの悪化が原因で仕事を続けられなくなった事が3回あります。

いずれも過労やストレス、食生活の乱れ、埃や乾燥といった外部環境が積もり積もって、自分の許容範囲を超えたことが原因でした。

私の場合、ステロイドやちょっとしたケアでアトピー症状を抑えられたのですが、許容範囲を超えた途端、症状が短期間で急激に悪化していました。

じきに動けなくなり、数ヶ月間殆ど寝たきり生活を送るようなこともありました。

そのようなアトピーに悩まされていた生活を一変させたのがアトピー改善講演会を聴きに行ってからでした。

日常の生活スタイルを見直すことでアトピーが改善されるという内容で、決して難しいものではありませんでした。

詳しくはサイトを貼っておきますのでこちらをご覧ください

取り組んで2か月ほどで効果があらわれ、半年が経過した頃にはすっかりアトピーを改善することができました。

私はアトピーの件だけではなく、何事も難しく考える傾向があり、身近にある解決方法を見過ごしてしまうことはこれまで多々ありました。

問題が発生した時は、一旦立ち止まり、広い視野で物事を見ることが大事であると考えます。

分かっていても、いざ問題が発生すると、どうしても混乱してしまうのですが、徐々にでもいいので、冷静になり広い視野を持てるように努めていきたいと思います。

グーグルで働く人たちはメールを使わない。

こんな記事を見かけました。

使わない理由は、非効率的だからだというのです。

確かにメールは非効率的です。

今この瞬間に電話すれば終わるものを、敢えて持ち帰って文章にする。

こんな無駄な事は省くべきとのことです。

かしこまった会議、これもまた不要です。

さっと集まりサクッと答えを出す。

日常の問題解決はこれで十分な筈です。

ましてや、議事録を文章にまとめるなんてことも非効率です。

皆で寄って集ってワイワイメモ書きをすれば良いのです。

時間の無駄はあまりにも膨大です。

書類の回覧、これもまた不要です。

下手をすると1ヵ月経ってもまだ社内をグルグル回っていたりします。

それなら一度に全員集まり注意喚起した方がずっと早いのです。

いつの間にか失敗したくない病に罹患し、無駄に無駄を重ねる体質になってはいないでしょうか?

会社の中にある無駄な作業、チョッと見直してみたいと思います。

無駄はきっと山ほど出て来るんでしょうね。

席を譲れば良かった・・・

一声かけてあげれば良かった・・・

手を貸してあげれば良かった・・・

一瞬の躊躇が後悔の念に苛まれる元になります。

何もやらないことは最悪です。

自分自身の存在を否定することにさえなります。

なぜなら何事にも相対することをしないのですから・・・

そんなの要らないって存在になってしまいます。

気付いたら動く。

動くと同時に一声かける。

動かないことによる後悔したくありません。
ビジネス上多用される用語に「5S」という言葉が有ります。整理(せいり)整頓(せいとん)清掃(せいそう)清潔(せいけつ)躾(しつけ)このうちの「整理整頓」という事に絞り込んでみます。

整理・・・必要なものと不必要なものを区分けし、不要なものは捨てる

整頓・・・いつでも誰でも同じ場所から取り出せて同じ場所に戻すことが出来るこれを経営にそのまま反映させれば

整理・・・利益が出るものと利益が出ないものを区分けし、利益が出ないものは捨てる

整頓・・・無駄を省き探すという所作を一切なくす更に深めると

整理・・・利益が出ないものを区分けしたら、値上げ要請をする。

値上げを受け入れやすいように仕向ける。

それでもダメなら撤退(取引中止)する。

整頓・・・ペーパーレス化を図りモノを探す時間を無くす。

社内でルールを徹底し、全員が整頓に協力する。

ビジネス上の整理整頓には勇気とお金と忍耐が必要です。

しかし、明日更に発展する企業たるためには必須の要件です。

挑戦します!
周囲が変わらないことにイライラ、そのイライラは生涯解消されることはありません。

何故なら人は自分のモノサシで生きているためだからだと思います。

長いモノサシを持っている人は気長で、大らか、人望も厚くなんて人物として評されるでしょう。

しかし、短いモノサシしか持ち合わせていない人は、短気で、ギスギス、人から好かれることもなくなんて人物として評されるでしょう。

あくまでも見る側からのモノサシを通してです。

それでは、そのモノサシを持っているのは?

と尋ねると・・・

そのモノサシを持っているのは自分なのです。

自分が持っているモノサシの長さを自覚でき他人が持っているモノサシの長さを気にしなければイライラすることはないのです。

「ああそうか!この人のモノサシは10センチだな。こちらの人は1メートル、そちらは30センチ」などとその長さをそっくりそのまま受け入れ、ひとり一人が持っているモノサシの長さを無理に変えようなどとはしないことです。

変えるべきは自分のモノサシ!

意識して自分のモノサシを長くしようとすれば良いのです。

自分のモノサシの長さを変えることが自分自身を楽にする。

そんな風になれれば良いなと思いながら、明日も一日ニコニコワクワク過ごしたいと思います。
頑張らないという選択が有ります。

古来日本人は頑張ることを美徳としてきました。

しかし、その頑張りが成果を伴わないものであるとしたら無駄な努力としか言いようが有りません。

頑張らないで成果を挙げることは不可能なことではありません。

いや、AIや機械が発達した今日に於いては頑張ることが馬鹿らしくなる局面すら多々あります。

「オイオイ、お前は頑張っているじゃないか!?」と、私のことを名指しされる方もあるかもしれませんが、私は頑張っていません。

現状を楽しんでいます。

したがって苦痛もなければ苦労もありません。

目の前で起こる種々の未体験のものも含めすべてが楽しいことだらけです。

頑張らなくても問題解決はできます。

頑張らなくても成果は挙げられます。

頑張らなくても笑顔いっぱいでいることが出来ます。

楽しいと感じることが出来る感性を作る!

過去は変えることが出来ない、未来は変えることが出来る!

他人は変えられない、自分は変えられる!

朝が来ない夜はない!

あがらない雨はない!

こんな言葉を列挙しているだけで頑張らなくても成果が挙げられそうに思ってきました。
小さな器の中で最先端を走っているつもりでも、その小さな器自体を飲み込む中くらいの器の中では最後方という事があります。

そして、その中くらいの器を飲み込むくらいの大きな器の中では、その中くらいの器は、最後方ということもあるでしょう。

小さな器の中にいる自分を感じる時が有ります。

小さな器の中でどんなに最先端にいるといっても所詮、井の中のかわずです。

もっと大きな視野に立つとその存在の滑稽さを感じざるを得ません。

自分の事だけ考えれば別に背伸びは必要ないかもしれません。

しかし、今日の私を育ててくれた世の中に何かをお返ししなければ、私の周囲に何か良い因縁が返って来ないかもしれません。

今の幸せが有るからこそそんな風に思ってしまいます。

後何回背伸びできるか分かりません。

ならば、今できることを精一杯やって後世の人達の為に種を植えておきたいと思います。
「知ってますよ」という言葉が有ります。

「できますよ」という言葉が有ります。

私は信用しません。

知っていますよという言葉は知っていることに非ず、できますよという言葉はできることに非ず、分かってもいなければ、できることも有りません。

言葉の持つ重さを感じなければなりません。

言葉の持つ重要性を知らねばなりません。

口から発した言葉は、もう元に戻ることは有りません。

わかっていると言ったらわかっていないといけないのです。

できると言ったら出来ないといけないのです。

口から発した言葉に無責任は許されません。

「知っている」、「できる」この言葉の重要性を噛み締めたいと思います。
小学生の頃、夕暮れまで泥んこになって遊んでいて叱られていました。

一歩間違えると2歳上の兄と共に湖底に沈むような目にも遭いました。

中学生の頃、汗まみれになって軟式テニスに打ち込みました。

金網越しの女子高のお姉さんプレーヤーのスコートに目を奪われながら・・・

高校生の時は、一年生の一学期でバスケットボール部を辞め、帰宅部に勤しみ、テレビドラマの再放送に熱狂していました。

大学生時代は、大学へも通わず土日夜を通じ税理士試験受験の専門学校に勤しみました。

有難いことに、その頃の友人はいまだに声掛けをしてくれていたりします。

今思えば、中学生時代なぜあんなにヘトヘトになるまで最後の一滴まで絞り出すようにして汗をタラタラ流し、部活動に熱中できたのだろうか?

もしもいま、あの熱気でことにあたったとしたら、なんでも実現できるのではないかと思ったりします。

利害など何も考えずにトコトン打ち込む。

いま振り返ると、暑い夏にさえ汗の一滴も掻かない自分に寂しさと郷愁を感じてしまいます。
毎日繰り返される車の渋滞。

朝と夕方の二回の通勤ラッシュで運転手の疲労はピークとなり会社へ行っても仕事が手につかず、家へ帰っても疲れが抜けず週末の休みまで疲労が蓄積されます。

なんか変です。

なぜ渋滞するのが分かっているのに皆渋滞の渦に飛び込んで行くのでしょうか?

皆が不機嫌になり、皆が疲労を蓄積させるのに・・・

きっと就業時間が同じなのでしょうね。

少しずらせば良いのに・・・

きっと全員が同時にスタートし、同時に終了する、そうじゃないといけないと決めているのでしょうね。

働き方改革をしたいですね。

より快適に仕事に従事できるように・・・