くーる長野 ~隠れた見所 おいしい食事~

ご好評いただいた「くーる上伊那」は、「くーる長野」として長野県全域の魅力を発信してまいります。
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 坂戸橋を渡った私は、ある碑を探して道を進みました。


 ここ中川村は、養命酒発祥の地であり、その碑が今でも残っているというのです。


 左右になだらかに迂回しながら上る道を途中で左折したところに、その跡地はありました。


 こちらが、今も残る養命酒工場跡地です。(地図

 
くーる上伊那-玄関

※ 私有地であるため、道路に面している玄関のみ撮影します。敷地内は撮影しません。


 養命酒というと駒ヶ根市、というイメージがありますが、駒ヶ根市に工場を建設したのは昭和47年のこと。


 それまで、埼玉工場や岡谷工場で生産してきたそうですが、そもそもはこちらが生産拠点だったのです。


(参考) 養命酒ホームページ 沿革


<養命酒発祥の伝説>


 中川村ホームページによると、ある大雪の晩、塩沢宋閑翁が雪中に倒れていた旅老人を救い、3年間塩沢家で過ごさせたそうです。


 すると、旅老人は、塩沢家の恩義に報いるため、霊酒の秘製法を授けて去っていきました。


 それから、手飼いの牛に乗って深山幽谷を歩き、薬草を採取して秘醸を始め、慶長7年(1602年)「養命酒」と命名したと伝えられているそうです。


(参考) 中川村ホームページ 見どころ


 そして、大正12年、株式会社として設立された天龍舘が、塩沢家から養命酒の事業を継承します。  


 現在の跡地には、大きな倉庫状の建物がいくつも並んでいるので、これが調整庫だったり生薬庫だったりしたんでしょうね。


 そして、鉄柵の遥か向こう、敷地の奥に見えました!


 あれが養命酒発祥の地の碑に違いありません。(写真をお見せできずすみません。)


(参考) 養命酒ホームページ 養命酒の創製は今から400年以上前


 私有地内ですので、確認できませんが、碑の形状からして間違いないでしょう。


 せっかくですから、碑を道路沿いに移設し、一般公開されたらいかがでしょうか。名所になると思うのですが…


 およそ産業とは無縁とも思える農村風景に、突如現れる古の工場跡地。


 外から眺めることしかできませんが、ちょっと立ち寄り、伝説に触れるのも一興かと思います。 (momo)

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