三重野康・元日銀総裁が死去 バブル対応「 | contmulsomiのブログ

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元日本銀行総裁で「平成の鬼平」とも呼ばれた三重野康(みえの・やすし)さんが15日、心不全のため東京都内の病院で死去した. 88歳だった. 通夜、葬儀は近親者のみで行う. 喪主は長男隆(たかし)さん. 後日、「お別れの会」を開く予定. 連絡先は日銀政策委員会室秘書課(03・3279・1111). 旧制大分中(現大分上野丘高)に通い、東大法学部を卒業後、1947年に日銀入行. スパイク サッカー ナイキ 旧大蔵省出身の澄田智総裁の下で副総裁を務めた後、89年に第26代総裁に就いた. 日銀生え抜きの大物といわれた. 94年までの総裁在任中は、バブルの膨張と崩壊への対応に追われた. 85年の「プラザ合意」後の円高不況に対応するため、金融緩和が長期化し、バブルが発生. 総裁就任から間もない89年末の大納会には、日経平均株価が史上最高値の3万8915円を付けた.