脚本家橋本忍の書いた黒澤明の評伝を読んだ。
タイトルは「複眼の映像」。
「複眼」とは黒澤映画の脚本が初期を除けばほとんど複数の脚本家によって書かれたことをいっている。
著者の橋本忍はその黒澤映画の黄金期を支えた一人。
黒澤を世界的な巨匠にさせた「羅生門」で二人の関係はスタートする。
「生きる」「七人の侍」。黒澤映画の黄金期であり、日本映画の黄金期でもあった時代。
橋本は黒澤映画だけでなく「私は貝になりたい」「砂の器」「八甲田山」などの名脚本家。
自身、独立している人だけに黒澤にも遠慮がない。
黒澤の日本映画復帰作でもある「影武者」も「脚本そのものが崩壊している」と容赦がない。
ここには黒澤の映画作りの秘密のすべてがある。
独特の脚本製作過程。それを橋本は世界で唯一といっている。
脚本の仕立て方が全く独創的なのだ。その過程を火中のいたからこそ書ける真実で明かす。
これがどんなメイキングにもかなわない黒澤の内側がのぞける一冊。
それにしても、巨匠だけに黒澤関連本は多い。そして、その存在ゆえか、どの本も面白い。
やはり文春文庫の新刊で出ている「黒澤VSハリウッド」も傑作。
「トラ、トラ、トラ」の降板劇の一部始終。これは映画関係者ではない人が書いたもの。
それだけに、映画というビックリ箱を開けて覗いて見る、驚きがある。
野上照代の書いたものは、当然「黒澤愛」に満ちている。
今回の橋本本を読んで、驚いたこと。それは橋本が伊丹万作の弟子だっという事。
さらに伊丹には他に弟子はおらず、橋本だけった事。伊丹が新人監督の黒澤の才能を早くから認め、
それが橋本と黒澤の共同作業のきっかけにもなったとの事。
野上の映画界入りのきっかけも伊丹だった。
昭和初期の大監督、伊丹万作。個性的俳優でもあり、映画監督でもあり、エッセイストでもあった伊丹十三の父。
黒澤を通して見えてくる伊丹監督の偉大さ。
僕など、そんなキッカケでもないと、単なる歴史の人で終わっているだろう。
伊丹監督の作品など、観たことがないのだ。反省しながらも、その偉人を知りえたことのにも感謝できる、
橋本忍の本。