わたしの原体験のひとつの話 | 着付け着物ふわりとまとう ものづくり

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着物も洋服も大好き♡ファッションデザイナーと着付講師の日記

わたしの原体験のひとつの話
着物は関係ないので興味ない方はスルーで。


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小学生の頃にフィリピンのセブ島へ家族旅行に行きました。私たち外国人の泊まるホテルは夜でも明るくエアコンが効いて涼しく過ごすことができていました。対して、現地の方の住む山の方では明かりがなくもちろんエアコンもありませんでした。
昼間、街に出て食事や買い物をすればストリートチルドレンの物乞いに遭遇し、
当時彼らと同世代だった私は衝撃でした。
同い年くらいの子供が、赤ちゃんをおんぶしながら、
お金やお菓子をねだってくる姿に 
長女で3歳、6歳年の違う弟が2人いる私には 
喉になにか詰まったように言葉もなかったです。
肌の色も違ったし、言葉わかんないし、
何か欲しいみたい、と日本から持って来てた飴を一人一人に配ろうとしたらもっともっとと引っ張られ、ただただ怖かったのを覚えています。
(弟は幼すぎて覚えてないみたい。私はこの経験があるから大人になった今でも途上国での物乞いは苦手。)

このセブ島での明るいホテルと暗い街のコントラストは震災の時の計画停電でも感じました。(今のセブ島はもっと治安もインフレも良くなってると思う。だって24年くらい前の話ですから)

持てる者の住まうところは明るく、持たざる者の住まうところは暗い。って震災後、関東で計画停電があった時にメタファーだと思いました。

光には影がある、と。


わたしたちが当たり前に思っているものは、当たり前ではないと
難病でも、戦争でも、災害でも、何か起こった時は
人生で大切なことを再認識する絶好の機会だと思います。


社会のことなんてわからないくせに分別を道徳とか学校の授業で習い始めた頃に
ダイレクトに「不平等」ってのを教科書でのキレイゴトではなく、体験として見てしまうと
「ああ、日本人に生まれただけでこうも違うんだ。」と圧倒的な差にみょうに納得したのです。日本でホームレスの子供って見たことなかったけど、そこではホームレスの子供(ストリートチルドレン)がたくさんいました。どうにもならないことがたくさんあると、それを知り解決するには自分が勉強することだな、と思って結構真面目に高校進学までは勉強したのを覚えています。学べる機会は誰もが与えられたものではないと知ってしまったから、勉強はサボらずにちゃんとしました。おかげで基礎学力はまあまあありますが、高校になるとファッションに興味が出て、勉強めんどくさい病が出てとたんにやる気を失い、高校では勉学には励みませんでした。大学進学ではなく専門学校に行くつもりに途中からなりましたから遊んでばかりの高校時代を過ごしてました。


大人になって海外出張するようになってから、この経験をよく思い出します。「人は平等ではない」ということが当たり前で、しかも持てる者が持たざる者へ、憐れみから何かをしても何も変わらない。むしろ少々の憐れみは相手をエスカレートさせるだけだと。

そもそも平等ではないのに、余裕がある者が正しさを振りかざし他者を責める人が、とても苦手です。実際に身の危険を感じるほどになった時に果たしてそういられるだろうか?と。子供の頃に良かれと思ってした浅はかな行動は、身の危険を感じるほどでした。

自分は安全なところにいて、文句ばっかいうのって、悪余裕です。仕事なら不満に対し代替え案を出すべきだし、食べログも匿名で営業妨害になりえることを書くのは不公平だと思う。


セブ島での怖さと暗さのセットの原体験と日本よりはるかに美しい海に潜った経験があるので、なんでもライブがいいなぁ、と。情報量が違う。


百聞は一見に如かず  デス!!

言葉にすることでウソになることがあるし、言葉に出来ないこともあるし、実際に会うことで得られる情報量には到底及ばないから。

それで、何を感じ、どうするか、は人それぞれです。その時の年齢や環境でも違うだろうからね。それを声高に正しさを強要するのも好きじゃないし、罪悪感を抱かせて人を動かすのも好きじゃない。


日々の暮らしの中で誘惑や便利さに慣れ、その陰に潜む問題に目を向けず
鈍感になっていき、いざ問題が起こった時には取り返しのつかないことを知るわたし。

そんなわたしに、いつも、この原体験が 光には影がある、と思い出させます。
わたしたちの暮らしはどうやっても犠牲のもとに成り立っていると。
では、この時をどう過ごすのか?私がいつも生き急いでしまうのはこの経験からかもしれません。


たぶんこの経験が、自分を守るために出来ることの限界の線引き、言葉に出来ないこともある、会わないとわからない、とか、いまわたしが大切にしてる部分になっている。


なんてことを、雨での災害とALSのアイスバケツチャレンジの様子を見て思い出しました。

当たり前に過ごす日常がどんなに大切なことか。
また、どう過ごし、どう向き合うか、今一度問いかけられている気がしています。

いつ病に倒れるかも、いつ災害や事故で動けなくなるかも、しれない。人生長けりゃ恥多し。後悔なんて数知れず。

会いたい人、見たい景色、聴きたい音、食べたいものなどなど。リストを作っておくことに。じゃないと目の前のわけわかんない誘惑に負けてジャンクなので済ませてしまいそうだから。

人が生み出すものに改めて感動することもしばしば。身体がひとつしかないのは残念だけど分身の術なんて使えないから、ひとつひとつ丁寧に拾っていこうと思う。



出来ることをしようと社会人になってから月給の中からクレジットカード引き落としで毎月ドネーションをするようになりました。最初は超有名国際NGOに。でも、送られてくるDMの写真の子供の様子の悲惨さに辟易して、笑顔の写真を使ってるNPOに寄付先を変えました。なんで悲惨さをネタにして寄付を募るんだろ?もっと子供の笑顔や育つ姿を載せたらいいのに、と。有名NGOの寄付を断る時には経験したことのない、引き止められ方をして、それはそれで感動したので、年末のドネーションは有名NGOにもするようにしています。

毎月の寄付の行先です。
生徒さんからいただいたお金の一部はこちらにいってます矢印 Room to Read