斎藤一所縁の地を巡る・番外ー湯島天神ー | 徒然探訪録

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▲湯島天神


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ご本殿と、拝殿が弊殿で結ばれている『権現造り』の様式をとっています。


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▲拝殿


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▲参集殿


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▲泉鏡花の『筆塚』


湯島天神は泉鏡花の『婦系図』の舞台でもあり、『湯島の白梅』と謳われ、梅の名所となっています。


『早瀬:お蔦、もう俺ゃ死んだ気になって、お前に話したい事がある。
お蔦:(聞くと斉ひとしく慌あわただしく両手にて両方の耳を蔽おおう。)
早瀬:ちょっと、もう一度掛けてくれ。
お蔦:(ものも言わず、頭をふる。)
早瀬:よ。(と胸に手を当て、おそうとして、火に触れたるがごとく、ツト手を引く)死ぬ気になって、と聞いたばかりで、動悸どうきはどうだ、震えている。稲妻を浴びせたように……可哀相かわいそうに……チョッいっそ二人で巡礼でも。……いやいや先生に誓った上は。――ええ、俺は困った。どうしよう。(倒るるがごとくベンチにうつむく。)
お蔦:(見て、優しく擦寄る)聞かして下さい、聞かして下さい、私ゃ心配で身体からだがすくむ。(と忙せわしく)早く聞かして下さいな。(と静しずかに云う。)
早瀬:俺が死んだと思って聞けよ。
お蔦:可厭いや。(烈はげしく再び耳圧おさう)何を聞くのか知らないけれど、貴下あなたこの二三日の様子じゃゃ、雷様より私は可恐こわいよ。
早瀬:(肩に手を置く)やあ、ほんとに、わなわな震えて。
お蔦:ええ、たとい弱くッて震えても、貴方の身替りに死ねとでも云うんなら、喜んで聞いてあげます。貴方が死んだつもりだなんて、私ゃ死ぬまで聞きませんよ。
早瀬:おお、お前も殺さん、俺も死なない、が聞いてくれ。
お蔦:そんなら、……でも、可恐こわいから、目を瞑ふさいで。
早瀬:お蔦。
お蔦:…………
早瀬:俺とこれッきり別れるんだ。
お蔦:ええ。
早瀬:思切って別れてくれ。
お蔦:早瀬さん。
早瀬:…………
お蔦:串戯じょうだんじゃ、――貴方、なさそうねえ。
早瀬:洒落しゃれや串戯で、こ、こんな事が。俺は夢になれと思っている。には二人さし合あいも、涙拭ぬぐうて三千歳が、恨めしそうに顔を見て、
お蔦:ほんとうなのねえ。
早瀬:俺があやまる、頭を下げるよ。
お蔦:切れるの別れるのッて、そんな事は、芸者の時に云うものよ。……私にゃ死ねと云って下さい。蔦には枯れろ、とおっしゃいましな。ツンとしてそがいになる。
早瀬:お蔦、お蔦、俺は決して薄情じゃない。
お蔦:ええ、薄情とは思いません。
早瀬:誓ってお前を厭あきはしない。
お蔦:ええ、厭かれて堪たまるもんですか。
早瀬:こっちを向いて、まあ、聞きなよ。他ほかに何も鬱ふさぐ事はない、この二三日、顔を色を怪あやしまれる、屈託はこの事だ。今も言おう、この時言おう、口へ出そうと思っても、朝、目を覚さませば俺より前に、台所だいどころでおかかを掻く音、夜寝る時は俺よりあとに、あかりの下で針仕事。心配そうに煙管きせるを支ついて、考えると見ればお菜かずの献立味噌漉みそこしで豆腐を買う後姿を見るにつけ、位牌の前へお茶湯ちゃとうして、合せる手を見るにつけ、咽喉のどを切っても、胸を裂いても、唇を破っても、分れてくれとは言えなかった。先刻さっきも先刻、今も今、優しいこと、嬉しいこと、可愛いことを聞くにつけ、云おう云おうと胸を衝くのは、罪も報いも無いものを背後うしろからだまし打うちに、岩か玄翁げんのうでその身体からだを打砕くような思いがして、俺は冷汗に血が交った。な、こんな思おもいをするんだもの、よくせきな事だと断念あきらめて、きれると承知をしてくんな。……お前に、そんなに拗すねられては、俺は活いきてる空はない。
お蔦:ですから、死ねとおっしゃいよ。切れろ、別れろ、と云うから可厭いやなの。死ねなら、あい、と云いますわ。私ゃ生命いのちは惜おしくはない。
早瀬:さあ、その生命に、俺の生命を、二つ合せても足りないほどな、大事な方を知っているか。お前が神仏かみほとけを念ずるにも、まず第一に拝むと云った、その言葉が嘘でなければ、言わずとも分るだろう。そのお方のいいつけなんだ。
お蔦 :(ゆるがごとく崩折くずおれる)ええ、それじゃ、貴方の心でなく、別れろ、とおっしゃるのは、真砂町の先生の。(と茫然ぼうぜんとす。)
早瀬:おれは死ぬにも死なれない。(身を悶もだゆ。)
お蔦:(はっと泣いて、早瀬に縋すがる。)一日逢わねば、千日の思いにわたしゃ煩うて、針や薬のしるしさえ、泣なきの涙に紙濡らし、枕を結ぶ夢さめて、いとど思いのますかがみ。この間に、早瀬、ベンチを立つ、お蔦縋るようにあとにつき、双方涙の目に月を仰ぎながら徐しずか
にベンチを一周す。お蔦さきに腰を落し、立てる早瀬の袂たもとを控う。
お蔦:あきらめられない、もう一度、泣いてお膝に縋っても、是非もしようもないのでしょうか。
早瀬:実は柏家かしわやの奥座敷で、胸に匕首あいくちを刺されるような、御意見を被こうむった。小芳こよしさんも、蒼あおくなって涙を流して、とりなしてくんなすったが、たとい泣いても縋っても、こがれ死じにをしても構わん、おれの命令だ、とおっしゃってな、二の句は続かん、小芳さんも、俺も畳へ倒れたよ。
お蔦:(やや気色けしきばむ)まあ、死んでも構わないと、あの、ええ、死ぬまいとお思いなすって、……小芳さんの生命いのちを懸けた、わけしりでいて、水臭い、芸者の真まことを御存じない! 私死にます、柳橋の蔦吉は男に焦こがれて死んで見せるわ。
早瀬:これ、飛んでもない、お前は、血相変えて、勿体もったいない、意地で先生に楯たてを突く気か。俺がさせない。待て、落着いて聞けと云うに!――死んでも構わないとおっしゃったのは、先生だけれど、……お前と切れる、女を棄てます、と誓ったのは、この俺だが、どうする。
お蔦:貴方をどうするって、そんな無理なことばッかり、情があるなら、実があるなら、先生のそうおっしゃった時、なぜ推返おしかえして出来ないまでも、私の心を、先生におっしゃってみては下さいません。
早瀬:血を吐く思いで俺も云った。小芳さんも、傍そばで聞く俺が極きまりの悪いほど、お前の心を取次いでくれたけれど、――四の五の云うな、一も二もない――俺を棄てるか、婦女おんなを棄てるか、さあ、どうだ――と胸つきつけて言われたには、何とも返す言葉がなかった。今もって、いや、尽未来際じんみらいざい、俺は何とも、他ほかに言うべき言葉を知らん。
青空文庫 「湯島の境内(泉鏡花)」より』

お蔦さんの『切れるの別れるのッて、そんな事は、芸者の時に云うものよ。……私にゃ死ねと云って下さい。蔦には枯れろ、とおっしゃいましな。ツンとしてそがいになる。』という台詞が切なくて可愛くて好きです。

泉鏡花は『金色夜叉』を代表作に持つ尾崎紅葉に師事していましたが、後に娶ったすずさんという女性はもとは神楽坂の桃太郎という芸妓さんで、紅葉は彼女のことをあまりよく思っていなかったらしく、『女を捨てるか、師匠を捨てるか』とまで鏡花に迫ったと言います。この体験から『婦系図』『湯島の境内』が生まれたのでした。紅葉存命時には一端離別した二人でしたが、紅葉の死後、鏡花とすずさんは結婚し、夫婦仲も良く、互いの名前を彫った腕輪を身につけ、終生身辺から離さない程だったそうです。尾崎紅葉と泉鏡花の関係は非常に濃密で、鏡花は書生時代からの恩を忘れることなく紅葉に崇拝とも言える態度を示し、紅葉もまた死に至る病床にあっても鏡花の原稿に添削を加え続けたと言います。

湯島天神では2月8日から3月8日まで『第56回 梅まつり』を開催しています。
約300本の梅が立ち並び、その8割は白梅です。
この時期の入園時間は8:00~19:30となっておりますので、夜空に淡く浮かぶ白梅を楽しめそうです。


『湯島天満宮(湯島天神)』
〒113-0034 東京都文京区湯島3-30-1
TEL:03(3836)0753
アクセス:①東京メトロ千代田線湯島駅から徒歩約2分
     ②東京メトロ銀座線上野広小路駅から徒歩約5分
     ③東京メト丸の内線ロ本郷三丁目から徒歩約10分
     ④JR山手線御徒町駅から徒歩約8分
     ⑤都営地下鉄大江戸線上野御徒町駅から徒歩約5分


参考HP:『青空文庫』
    『湯島天神 公式サイト』