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編集(て)
『五国神仙遊戯
ここで一花咲かせましょう!』
(きりしま志帆 イラスト/セカイメグル)
「ああ。先ほど通達したとおり、おまえは不合格だ。武官にはなれん。だいたい、どうして武官なんだ。女なのだから女官なり宮妓なり、宮仕えの道は他にあるだろう?」
「師匠の恩に、報いたいのです!」
追いすがるように玉玲は訴えた。
「わたしは孤児です。父は知りません。母はお産で命を落としたと聞いています。わたし自身も赤子の頃に山に捨てられ――師匠が救ってくださらねば今ここにおりませんでした。縁もゆかりもないわたし今まで育ててくださった恩情に、報いたいのです!」
「ならば師匠の傍で炊事でもしていた方が役に立つ」
「いいえ! もう十年も前から、十五で独り立ちする約束をしていました。師匠のもとを離れた今、一人前になるまでは戻りません。師匠が伝授してくださった剣術で、身を立てるまでは!」
お涙頂戴の生い立ちを語って形勢逆転――などという浅知恵が回るほど人の世に慣れていないこの玉玲。訴えは至極真面目で真摯なものだったが、西牙王はぽりぽりとやる気なく頬をかきつつその声を受け止めるだけだった。
「熱意は買うがな。どれだけ過大評価しても武人としてのおまえは官職を得るに足りん」
「なぜですか。わたしはそんなに未熟でしたか……?」
「いいや。剣さばきは悪くない。俊敏さも十分に武器になるだろう。ただおまえが非力すぎるのは傍目にも明らかだった。あれで男どもと渡り合えるとは思えんし、腕力に欠けるのは女に生まれた以上どうにもならん問題だ、あきらめろ」
澄んだ声音で、落ち着いた口調で、理論的に、それでいてあっさりと、彼は玉玲にとどめを刺した。同情するように傍らの浩宇が微苦笑を浮かべている。武官たちは――失笑していた。
ずんと心が重くなる。
女だから、という理由も、ここまで理路整然と説明されたら反論の言葉も出ない。
(師匠……)
玉玲は、遠く東の地にいる恩人に想いを馳せた。
『この世で起こるすべてのことは、神仙どもの戯れがなしたこと』
そんな言葉を口癖にし、どんな出来事もありのまま受け入れてきた師匠・黄延寿。
旅の途中だったにもかかわらず捨て子だった玉玲を見つけ、古寺に居を構えて保護し、情の深い妻を迎え、二人で十五年もの間大事に育ててくれた。
剣術修行は厳しかったし、読み書き算術の指導にも容赦はしない人だったが、不思議と、玉玲の中に彼を厭う気持ちは生まれなかった。
いい人だったのだ。本当に。
「……おまえの師匠とやらが選択を誤ったのだ。女人に剣を持たせるなど」
しゅんとした玉玲を見かねたのか、天翼がぽつりとつぶやいた。
ゆるゆるとかぶりを振る。
「師匠を責めないでください。本当に大切にしてもらったのです。今回独り立ちするにあたっても、ありったけの支援をしてくれて――」
師が施してくれた恩情の数々が頭をよぎり、思わず涙ぐんだとき、ふと、玉玲の脳裏に思い出されたことがあった。
出立に当たってしつこいほど所持品の確認を行った延寿。
そう言えば最後、大事そうに手渡してきたものがあった。「行き詰まったらこれを開け」と、いやに真剣な顔をして。
(現状わたしは行き詰まっている……)
玉玲は、忙しく懐を探った。
こんなに早くそれを頼るとは思わなかったが、四の五の言っている場合ではない。失くさないようにと紐で結びつけ、革の胴当ての裏に忍ばせていた小さな巾着を取り出す。
中に入っていたのは、折りたたまれた紙だ。おそらく、師匠がしたためた文。なんとなく墨が透けているから間違いない。
天翼もそれに目をつけ、似たような推測をしたらしい。興味深げにのぞきこんできた。
「なんだ、紹介状でもあるのか? どれ、見せてみろ。高名な武人の弟子ならば少しは処遇を考えてみてもいいぞ」
「あっ……」
玉玲がするより早く、天翼は紙をひったくって開いた。
止める間もなく彼の鳶色の瞳が素早く文字を追い――
「ふ――」
「ふ?」
「――はははは!」
西牙王は天を仰いだ。
「なんだ、これは!」
「……え……?」
あっけにとられる玉玲の前で、西牙王は声をあげて笑いだした。
肩をゆすり、しまいには目尻に涙を浮かべるくらいだからそうとうおかしかったのだろうが、彼のそんな反応は玉玲をひどく不安にする。
「な、何が書いてあるのですか……?」
「うん? まあ、なんだ。なんというか――言い訳、だな」
「言い訳?」
「ああ。読み上げてみよう」
ようやく笑いをおさめた天翼が、そう宣言してやおら姿勢良く延寿の文を持ち直した。
そして、さながら勅命を下すかのような仰々しい口調で、
「――『武官になれぬのはおまえの修行不足ではない。まして私の指導不足では絶対にありえない。おまえが抜きん出て非力に生まれついたのだから仕方のないことである。これも神仙どもの戯れである』――ってこれ完全に言い訳だろう?」
(言い訳だ――)
しかも現状を的確に予見したかのような文面である。聞いていた周りの武官たちが品なくげらげら笑いだしても、反論もできない。
「玉玲殿のお師匠は剣術に加えて未来見もお出来になるか。仙人のようであるな」
なぜか浩宇はひとりで変なところに感心しているが、玉玲はうれしくも悲しくもなかった。
なんだかもう、何もかもが終わった気がする。
「お? もう一枚あるぞ」
失望の大波小波にもてあそばれる玉玲の耳に、再び天翼の面白そうな声が届いた。
見れば彼は二枚の紙の前後を入れ替えており、先ほど同様素早く内容を確認し――先ほど以上に派手にふきだした。水を口に含んでいたらさぞ遠くまで飛んだであろう、それくらいの勢いだった。
今度は何なんだろう。玉玲はおおいに怯みながら、
「な、なんですか。まだおかしなことがあるのですか」
「あー、いや。うん。ははっ」
額を打って笑った彼の答えは、肯定したいのか否定したいのか、はっきりしなかった。
しかし、彼にとってたいそう興味深い何かが記されていることは間違いないようだった。一転肩を開いて堂々たる立ち姿を披露した彼は、問題の文をずいと玉玲の鼻先に突き出し、
「玉玲、おまえの師匠は確かに優れているようだ。この状況を見越して、おまえに窮地を救うありがたい言葉とやらを書き残しているぞ!」
「は……窮地を救う言葉、ですか?」
そんなまじないめいたものがあっただろうか。「いたいのいたいの、飛んで行け」とか、そういうたぐいなら幾度もかけられたが、そんな子どもだましの言葉でこの状況が好転するとは思えない。
「何と書いてありますか?」
やや腰を浮かした玉玲に、天翼は再びふきだしそうになり、それを咳払いで押しとどめ、
「おまえ、自分で読め。声高に、ここにいるみなに聞こえるようにな」
粗雑な手つきで文を握らせてくる。
少しかさついた王の手。玉玲は萎縮なのか恐縮なのか、一瞬首をすくめたが、そんな身体の強張りも、王の目の輝きを前にすっかり消えてしまった。
「まだ中は見るな。ほら、立て。背筋を伸ばして、腹の底まで息を吸いこんで、紙を開くと同時にみなに聞かせてやるのだ。声を張らねばこの言葉は意味をなさんぞ」
「は、はい!」
ひとまず他人の言うことは素直に聞くのが玉玲の長所であり短所でもあった。
王の勢いにつられて立ち上がり、言われた通りに姿勢を正す。呼吸も整えた。
そうして準備万全、並び立った王に先を促すように軽く背を叩かれ、玉玲は意気揚々、師匠が託した起死回生の名言を世に放った。
「――わたし脱いだらすごいんで、す――!?」
途中明らかに戸惑いの響きが混じった声が、蒼天高くに吸いこまれた。