いままでありがとね

結婚して22年。
2012年10月4日に子宮体癌で亡くなった最愛の妻の闘病の記録と
今までいっしょに過ごしたかけがえのない時間の記憶を綴っていこうと思います。



テーマ:

今日もはっきりしないお天気です。


小雨が降ったりやんだりの午前中は畑の周りの草刈りをしてお昼は地元でも


ボリュームとお値段で結構評判の”戸隠そば”を食べて午後、どうしようかと。


娘が友達と砂風呂に入ってきたと言っていたのを思い出し、私も行ってきました。



↑こんな感じです。


車で約1時間で到着。


浴衣とタオルを受け取っていざ、砂風呂へ。


促されるままにあおむけになり、砂を首のあたりから下に向かってかけてくれます。


思いのほか砂の重さで身動きも呼吸すら大変です。


隣にはご夫婦と思われる中年のカップルが先にねていました。


奥さんが「あついー」「もうだめ」なんて騒いでいます。


旦那さんは「ああ、ほっといていいですから」なんて冷たい言葉が。


(羨ましいなあ。そんな夫婦漫才みたいのやりたかったなあ)


私は身動きができないので大人しくじっと身動きもせずにおよそ


15分の時間が終わりました。


物足りなそうにしていた私に「少し延長しますね」そう言ってくれて


5分ほど延長してくれました。


すっかり体はぽかぽかです。


この後、温泉で砂を流してさっぱりして帰ってきました。


料金も千円と安くてまた来ようとおもいます。


明日から、現場での作業です。がんばってきます。


にほんブログ村



にほんブログ村
AD
いいね!した人  |  コメント(8)  |  リブログ(0)
同じテーマ 「ブログ」 の記事

テーマ:

26年前の今日


前日、岩手での結婚式、披露宴を終えて新婚旅行のため新幹線で東京に移動しました。


今日は、岩手に来る前の仕事場の仲間が赤坂のお店で結婚披露パーティーを


開いてくれることになっていたのですぐ近くの赤坂全日空ホテルに1泊することに。



昼ころ、ホテルにチェックインしてからのひと悶着。


結婚式には高齢の父方の祖母は出席できませんでした。


そこで、妻に「日吉のおばあちゃんの家にいっしょにあいさつに行こうよ」


妻は「いまから?今日は無理」


「だって、おばあちゃんも見たいと思うよ」


「疲れてるし」


その後は気まずい雰囲気で口もきかず。


あのころ”成田離婚”という言葉が流行っていましたが、


”成田前離婚”になるかと思いました。


その夜、結婚披露パーティーで妻の機嫌もなおり、仲直りして、


翌朝ホテルから成田空港直行のリムジンバスで新婚旅行に無事出発しました。


楽しい新婚旅行から帰ってきて、その足で祖母の家に行きました。


あのとき妻は疲れていて、祖母の家にいける状態じゃなかったのに、


今思えば私はずいぶん強引なことをしたなあと思いました。


妻は私の想いに応えようと新婚旅行中ずっと心の中にあったのだと思います。


新婚旅行から日本に着いて妻から「おばあちゃんの家に行こう」と言ってくれました。


嬉しかった。


昨日の記憶もままならなくなった今でもあの時の優しい妻の事は忘れません。


にほんブログ村



にほんブログ村
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

ひとりで過ごす結婚記念日。



26年前ホテルの式場にて


神主さんから玉串のささげかたの説明を聞いたのに・・・


「”の”の字を書くように回して・・・」


(”の”の字?)


おたがいの顔をみつめて?



上から見て、”の”の字だったんだねえ。


玉ぐしを正面に向けて縦に”の”の字を書いて笑われたね。


妻も私も若かった。


式のビデオに映っていますがもう見ることはないかもしれません。



あれから26年、いろんなことがあったけど、振り返ればあっという間だったなあ。


次の記念日もまた、ひとり。


にほんブログ村



にほんブログ村
AD
いいね!した人  |  コメント(8)  |  リブログ(0)

テーマ:

3年9か月が経ちました。


iいつものようにお墓に行ってきました。



あの頃の事、1年も経っていないような気がします。


8月14日。


妻は外泊で一時帰宅中。


義母さんの初盆で菩提寺の施餓鬼供養に息子と出席するため私が運転して


お寺に向かう車の中で息子に母親の今の状態がもう末期であること、


病院からは緩和ケア病棟へ転院を勧められていることを初めて話しました。


息子は驚いた様子もなく、黙って聞いていました。


ポツリと「仕方ない」


(お前、そんなもんなんだ)


もっと、動揺して取り乱すのだろうと思っていましたから予想外の反応でした。


あのころ妻が死んだらきっと仕事くらいしかないんだろうと思っていました。


それが自分の中の「覚悟」だと。


妻がいなくなって今思えば何の覚悟もできていなかったことを思い知らされる日々です。


3年9か月たった今も、ろくに仕事に打ち込めない私。



息子は・・・


「仕方ない」その言葉、後悔してんだろうな。


えつこ、どうか息子の事、守ってください。


あなたと私が共に生きた証を。



にほんブログ村

にほんブログ村
いいね!した人  |  コメント(8)  |  リブログ(0)

テーマ:

先週の月曜日に東京駅で私を振り切って逃げていった息子とは連絡もつきません。


何とか生活していれば連絡がなくてもそれは息子の決めたことならいいと思っています。


心の底では心配と不安でいっぱいですが、じっと我慢をする日々です。



昨日、高校の同窓会から隔年で発行される会報が届きました。


卒業して37年くらいだと思います。


同級生とも卒業以来会っていません。


昨年創立50周年を迎えたとのこと。


私は11期生です。


会報を読んで高校時代を想い起しまた。


会報の終りに「卒業アルバムをさがしています」とメッセージが載っていました。


見ると私の卒業年のアルバムを含めて3期分を探していました。


複製を依頼すると多額の費用が掛かるため卒業生から買い取りたいと。



卒業アルバムは東京から岩手に移り住む際に実家から持ってきていました。


アルバムを開くと当時の懐かしい顔が・・・


でもこの先手元に置いていてもいつか私がいなくなった後、処分するだけに


なってしまうので、今までOBとして何一つ同窓会に協力してこなかった


罪滅ぼしに寄贈することにしました。



さっき、宅配便で発送しました。


最近思うのは、いつか自分が向こうに逝くときに、天国にいる妻に逢うためには


今までの行いを悔い改めて今までの罪を埋めるべく、少しでも役に立つことを


して、妻に、迎えに来てほしいと願うことが強くなりました。


たいしたことはできなくても少しずつでも垢を落としておきたいと思う今日この頃です。


にほんブログ村



にほんブログ村
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。