** バドクラブ「もみの木」情報 **
・練習内容・風景はTHEMEの「バド」カテゴリーをご覧ください!
↓ホームページを開設しました。2011年6月以降はバド関係はこちら移行済。
練習はいつでも誰でも参加できます。(ビジター料は500円です。)
20分から視聴したので途中から。
手外科学会の先生が登場したところ。
ホルモンバランスの変化が腱鞘炎の原因で、完全に手を休めるのは難しい。
腱鞘炎の最初のステップで手を休ませるのが良い。手に痛みを感じたらガマンせずに手外科の専門医を受診。
78歳の女性から「針に刺されるような痛みがある。」という相談が。
外岡洋子さん、指が変形している。第一関節から曲がってしまっている。
これはヘバーデン結節という病気で、まだ原因がわかっていない。
骨が棘のようになって、曲げても曲げなくても痛いという。
やわらげるにはテーピング。
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次は腰の痛み。
2011年11月に、ストレスが腰痛を招いているという放送をしたが、
その回復法が見つかった。
長江さん、今は当時の痛みが8なら、今は0.5、調子がいいと0.1だという。
ストレスと腰痛の関係の説明をフリップで。
長江さんの例。①転倒→②安静→③運動不足→④不安→⑤さらに痛い
いままでたいしたことが無いと考えていた痛みが強く感じるようになる。
その改善策は「歩行」
①肩上げ&ひじ上げポーズをして1日15分歩く。
②記録を日誌につける。
これを3週間続ける。
日誌で痛みの特徴をつかんだ関口さん。
肩上げをして楽になった栗原さん。
みなさん痛みが劇的に低くなった。日誌をつけて痛みを客観的に見ることが出来るようになったのが大きい。
松原先生がスタジオに登場。
日誌の効果として、脳にもいいという。また歩き方は腰を使って歩く。
①ひじをカラダにそって上げる。②腹筋・背筋を意識して体を伸ばして歩く。
脳に「歩く」というスイッチを入れて、15分という目安で歩く。
無理せずできる範囲で行う。
「歩く」ということで痛みの悪循環を断ち切る。
箱根小湧園。ユネッサンなど海外からの客も多い。
ワイン風呂が人気。しかし外国人観光客が震災後に大きく落ち込んでしまった。箱根全体でも激減。2011年に日本にやってきた外国人観光客の数は前年に比べて27.8%も減少した。
震災以降、外国人観光客が減少していた箱根の温泉ホテルが連携したのは、なんとディスカウントストアの「ドン・キホーテ」だった。実はドンキはアジアの旅行客を誘致する様々なノウハウを持っていたのだ。
閑散としたスキー場、ここも狙いは中国だった。日本の温泉がアジアに人気の理由とは?
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江口君、ユニクロ銀座店へ。まだ開店前で準備が急ピッチで進む。
従業員の教育が行われているが、外国人従業員も多い。6ヶ国語対応ができるように訓練しているという松本店長。実際に「いらっしゃいませ」を各国の言葉でいう。名札に何語ができるかをチェックしてあり、客にもわかりやすい。日本観光復活に向けての奮闘とは。
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ドンキ新宿店。外国人客が多く、店員も外国人を採用している。
実は、ドン・キホーテは日本を訪れるアジアの観光客が多く立ち寄る「お土産屋」として知られている。
中国人観光客が使用する「銀聯カード」による決済額は、27%増加と過去最高を更新している。実はドン・キホーテにはインバウンド(外国人観光客)のプロジェクトチームがあり、独自のノウハウを持っているのだ。
さまざまな秘策で海外客を呼び込んだドンキ。本社には外国人スタッフが9人おり、日本に足を運んでくれるよう情報発信している。
「ようこそパスポート」を発行した実績のある中村さんがチームリーダーだ。
神奈川県小田原市のドン・キホーテ小田原店。ここも震災後は外国人客が激減した。そこで手を打ち出したのが箱根との提携。
箱根にくればその玄関口となる小田原にも客が訪れるという算段だ。
中村さんは小湧園との提携に乗り出す。中国語・韓国語で書かれたパンフレットにペンを置くと、音声で読み上げてくれる。
まだまだ情報の量を入れることができるという。さらに地図の「中文」をペンで指すと中国語になる。さらに会話も翻訳してくれる。
この地図とペンにいち早く目を付けたのが、タクシーの会社。「街全体がおもてなしをしていく。」と中村さん。
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韓国、震災後の放射能の心配から日本への観光は敬遠されている。
そこで直接、中村さんが地図とペンを引っさげて、韓国の旅行代理店へセールスに。評価は上々だった。
中国上海、こちらも地図とペンで勧誘。イベント会場にも地図を置く。次々と手に取る客。果たしてどんな効果が見られるのか。
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江口君、日本のスキー人口の減少具合をフリップで示す。しかし中国ではスキーブーム。新たな取り込みを探る動きを追う。
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国内のスキー客が減少し、閉鎖するスキー場も相次いだ長野県の白馬。オーストラリアからのスキー客を誘致することで、復活を目指していた。しかし、去年3月の震災でスキー客は激減。今シーズンも、10%~20%のマイナスになりそうだという声もある。
そこで、白馬の地元ホテルが協力して、中国からスキー客を呼ぼうと取り組み始めた。実は今、中国ではスキーブームが到来、しかし北京周辺にあるスキー場のほとんどが人工の雪。鳥の巣スタジアムの横もゲレンデになtっているが人口雪だ。北京ではほとんど雪が降らない。そこに目をつけ、「サラサラなパウダースノー」を売りにして白馬のスキー場に中国からスキー客を呼び込もうというのだ。
白馬再生の切り札として、外国からのスキー客を取り込むためのプロジェクトが動き出した。
杜剛さん、中国側のパートナーだ。白馬の雪質の良さを知っている。日本で10年間暮らしたときに白馬に行ってパウダースノーを体験している。
杜さんは売り込みするが、「放射能は大丈夫なの?」という人が多い。
日本=放射能 というイメージがまだまだ強い。
そこで白馬で実際に放射能の測定を行い、その結果をインターネットに流す。画像をブログに掲載し、白馬を紹介するテレビ番組も流した。
この番組が好評で、かくして北京の28人が白馬を訪れることになった。
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しかし、白馬のホテルの中には中国からのスキー客を受け入れたことの無いホテルもある。白馬ハイランドホテルでは受け入れ準備に追われる。
用意するお茶はウーロン茶がいいのか?、タオルを湯船に入れないといったマナーは説明できるのか?「ローカー」というカタカナは読めるのか?といったことから始まり、案内表示を中国語でも作成。特に入浴のルールはイラスト付きでわかりやすくした。
いよいよ中国人客28人が到着。
初めて踏みしめるパウダースノーに雪の綿帽子。「童話の世界みたい」と喜ぶ女性。
でもなぜかスキー板は乾燥室に置かずに部屋に持って上がった。
食事は和洋中折衷でおおむね好評。心配していたお茶は緑茶が好評。
露天風呂では、ほてったカラダを雪で冷やす。露天風呂独り占めだ。
翌日は悪天候だったが、中国人客は迷わずにゲレンデへ。念願のパウダースノーを満喫する。「転んでも痛くないわ」と女性。
一人19万円。満足して帰ってもらえればとクロスプロジェクトの代表。
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さて箱根はどうなっているのか?
1月27日、小湧園にアジアから客がやってきた。
あの地図を手にしていた。フロントでドンキのカードも説明された。
箱根全体で12月と比較して20%以上増えた。キャブステーショングループのハイヤー会社も地図&ペンで客に説明。「ポーラ美術館」を訪れて、最後にドン・キホーテの小田原店へ。ようこそカードを使った売り上げは126%となった。
中村さん「まだまだ真剣に取り組んでいかないといけない。」
高度1万メートルの闘い。ボーイング787型機に挑むパイロット。
夢の旅客機のコックピットに初めてカメラが入った。
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仕事の原点になったのが、御巣鷹山の事故。若き日に見て心に刻んだ。
安全第一と。そして新型機の訓練。
2011年9月、羽田空港は熱気に包まれていた。ボーイング787型機が日本に到着した。早川はアメリカから操縦してきた。
787は炭素繊維を用いて機体を軽くし、燃料が2割削減されるという。
しかし安全のための小さな「つぶし」作業はずっと続く。
パイロットの現場にカメラが入るのは異例。
パイロットはひとつの機種に限定した免許になっている。新たな機種に搭乗するには別の訓練が必要になる。
世界初就航となるため、フライトシュミレーターでひとつひとつ洗い出し、わずかな不具合も見つけ出す。
この日も、エルナベにきわめてわずかなズレを発見し、追及する。
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「命を預かる」というのを心に刻む。「最後の砦になっている部分が紙ッペラになっていないかをチェックするのが僕の仕事」
早川機長としての1日を取材。気象条件を十分にチェックし、予測する。出発の1時間前に機内に入り、2人ペアで機器のチェックを行う。
定刻どおりにリリースした。機長は常に外の様子を見ている。10分後のことを常に考える。「考えるパイロットであれ!」をモットーにして、波の様子や雲の様子に目を配る。コース取りをうまくして揺れを少なくし、最後はもっとも難しい着陸だ。
「着陸の瞬間は何も考えていない。ブレーキかけて止まるときに、あっという感じ。」と早川さん。
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787の点検作業が佳境に入った。テストでエラーが出た。システムをリセットして再度エンジンをかけてみる。時間がどんどん無くなるが、早川は表情を変えない。2時間後には調整方法が判明した。
0.0001%を見逃さない!「機械は信頼しているけど、絶対とは思っていない。そのために僕らが乗っているから。」
テストフライトは70回以上に及んだ。そして世界初の定期便就航の日が来た。
早川はまず整備担当チームに礼を言う。
初の定期便は羽田-岡山便。午前8時にそのときを迎えた。
早川は揺れない飛行をひたすら心がける。着陸後、早川「ベリーグッドです。」、待っていたスタッフにも「ここまで良く仕上がったな。」と感想。
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機内に持ち込むカバンに常に入れているものがある。
若くして亡くなった兄の写真と、ガンで亡くなった両親の写真。
早川さんは昭和34年山梨に生まれた。5歳上の兄が特にかわいがってくれた。当時流行ったテレビドラマのパイロットに憧れて、学校に入った。
そんな矢先、兄の忠男さんが25歳の若さで交通事故で亡くなった。
ショックで山梨に戻ろうかと思ったときに兄の友人だった人から電話があり、パイロットの道は兄も望んでいたことを告げられる。
今の航空会社に入った早川さんが、次に衝撃を受けたのが御巣鷹山の事故だった。「命を運ぶ責任」を深く感じる。より一層仕事に打ち込み、10年たったとき36歳で機長を務めるようになった。
事故の記憶は消えることはない。ここ数年、少し間違えると大きな事故につながりかねないミスは相次いだ。
そんな中、新型機を操縦する立場になり、早川さんはその真価が問われる。
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今後国際線を含めて大幅に増加される新型機。パイロットの要請は急務だ。
早川は訓練のやり方を見直す大改革に着手していた。
これまでは実在しない路線をシミュレーションしていたが、早川は実際の路線で予測不能なトラブルがあったらどうするかというより実践的な内容に変えた。
この日、エアバスを操縦してきたパイロットが訓練する。操縦かんの位置やスイッチの位置など、機種によって大きく異なる。
早川は機長になってからの経験年数が少ない柴山幸太郎に注目した。
ディスプレイと実際の目視風景の違いに違和感を感じていた柴山さんだった。
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海外からも注目されている訓練。海外からわざわざ早川を訪ねてきて質問攻めに合う。丁寧に答えて「いい訓練を作ります。」と決意を新たにする。
緊急時の訓練が始まった。柴山さんがシミュレーターに乗り込んで訓練。旅客機の接近・上空での突然のエンジン停止・など過酷な条件が突きつけられる。ここで冷静な判断ができるかが訓練となる。3時間の緊張を強いられる訓練が終わる。
クタクタになって訓練を終える。「平常心でいなければならないが平常心が難しい。」と柴山さん。
「命を運ぶ、責任」
早川「限界ギリギリまでやって、そうやって身に付けないといけないから。」
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12月25日、初就航。この日は全国的な寒波襲来。
柴山は2万4千フィートを選択。早川は低い高度を選択したほうが揺れは少ないと考えていたが、柴山の取る高度でも安全に問題はないと経験上もわかっていた。
離陸から30分、揺れが出始めた。下降をはじめたが、緊張のせいかレバーの操作がややぎこちなかった。
定刻に岡山に到着。
次は羽田に帰る便になる。しかし機体に不具合が発生し出発できないトラブルに見舞われ、30分遅れで離陸。
その10分後にアナウンスをする柴山。乗客に遅れたことのお詫びと、現状を説明。落ち着きを取り戻していた。
機内のオペレーションもスムーズになり、迷いが無くなった。
早川さん「狙い通りにいったかな。」
初フライトのブリーフィングを実施。安全を守る訓練に完璧は無い。
精神科医に扮した筧利夫。「再発してしまう、抗うつ病薬が効かない。」などの状況を変える画期的な治療がアメリカで行われている。
ジョシュアさん84歳。最近うつ症状がひどく、抗うつ病薬を飲むと吐き気がする。回復の道はないのか?ジョシュアさんはNYのクリニックの門を叩く。
クリニックではTMSといわれる脳に直接磁気刺激を与える治療を行う。
刺激を入れたときの指先の動きで強さを調節し、脳の前部分の正確な位置を把握して、間隔をあけながら磁気刺激を与える。
症状を見ながら毎日刺激を与える。2日後、ジョシュアさんに変化が現われた。朝食を食べることができて、朝起きるという生活のリズムも出てきた。
磁気刺激は患者の脳にどういう効果があるのか?ハーバード大学のパスカル・レオーネ教授が研究を繰り返してきた。
前頭葉のDLPFCという場所が活性化するとうつ病に改善が見られた。
DLPFCとは判断や意欲を高める部分。ここが活性化すると脳の大事な場所に働きかけが行われる。そこがヘントウ体。ここは不安や恐怖・悲しみの感情を受け持つ。DLPFCはこの感情にブレーキをかける役目があると考えられる。
・判断や意欲をつかさどる
・ヘントウ体の暴走を抑える
というのが役目と考えられる。
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ミッチェル・カンツさん59歳。何種類かの薬を試したが効かなかった。
磁気刺激を与える。2日目に早くも雰囲気が変わる。ヒゲをそり、シャワーも浴びたという。1週間後には生活に意欲が見えた。「新しいハンバーガー屋を捜したよ。雨も気にならなかった。」
アラン・マネヴィッツ医師はこの治療が「回復状況が目に見えてわかるので、意欲も増す。」という。
1ヵ月後には笑顔も出て、まるで別人のようになった。
今では孫と楽しく遊ぶこともできるようになった。
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この磁気刺激、日本ではまだ受けられない。日本独自に安全性と有効性が確認されて認証されなければならない。
アメリカではさらに新しい治療法が始まっている。脳深部刺激だ。
先端に電極が付いた線を脳にアナを開けて脳の奥まで挿入し、胸の機器から常に刺激を与える。胸元の電源は常に状態を見る。
治療を受けた患者は「人生を返してもらった気分」だという。
「25野」といわれる場所に刺激を与える。この25野はDLPFCとへんとう体の双方と繋がっていて、ハブの役割をしている。
両方に作用して、不安や恐怖を緩和すると考えられている。
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日本では新たな「診断」が始まっている。
今までは問診によって行われてきた。吉岡さんは起き上がることもできず、家事の大部分を夫に依存している。
医師には「軽い認知症があり、治らないよ。」といわれてさらに落ち込んだ。
吉岡さんは原因を知りたくて「光ポトグラフィー検査」を受ける。患者が質問に対して答え、そのときの血液量の計測でうつ病かどうかを判断する。考えているときの血液量が通常の人では高いがうつ病患者は低い。
医師たちも正確な診断に繋がると期待している。
軽い認知症といわれた吉岡さんは「うつ病」という結果が出て、初めて病名がハッキリして治療に向き合うことになった。
今までは誤診も多く躁うつ病とうつ病の違いを見つけられなかったが、この光ポトグラフィーではハッキリと区別ができる。
双極性障害(躁うつ病)はうつ病とされた患者の4割も含まれていることがわかった。うつ状態が長く、躁状態が短いため、診断も難しかった。
抗うつ薬を飲み続けてきた橋本さんは「歩道橋に手をかけるまでいった。」という。抗うつ薬は気分の波が大きくなり躁状態のときに衝動的な行動に出ることもある。
検査から躁うつ病だと診断された橋本さんは薬を切り替えて、いまでは将来のことが考えられるようになった。
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うつ病は古代ギリシャからあってヒポクラテスはメランコリアと名付けた。
しかし治療法は最近になってわかってきた。
DSMはうつ病診断マニュアル。これができてから診断が容易になったが、安易にうつ病とすることも懸念されている。
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次は症状が悪化する前に、「ことばの力で治す」という方法がある。
ピッツバーグ大学のシーグルさんは、ジェニンさんという患者が3ヶ月間カウンセリングを受けた内容を報告する。
治療前後で脳が大きく変わったことがわかる。認知行動療法というのがその治療法で、患者に積極的に言葉で働きかける。
ミスをした人が落ち込んでうつ病になったという人には、99%はミスしないということを示して前向きに考えることを導く。
うつ病の人はヘントウ体が暴走し不安が襲うが、前向きな考えがDLPFCを刺激し鍛えて、ヘントウ体の暴走を抑えるという。
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次は「予防に挑む最前線」
できるだけ幸せな出来事を思い出してもらい、被験者は楽しかった思い出を思い浮かべて赤いバーを延ばす。この方法を習得できれば、不安や悲しみに襲われたときにも、脳のDLPFCをコントロールすることができるようになる。
ストレスの多い時代だが、脳科学の進歩でうつ病の治療にも未来が見えてきた。
ジョシュアさんは、すっかり元気になり、奥さんと一緒に市場に出かけていた。もう何年も無かったことだという。ジョシュアさんは失われた時間を少しずつ取り戻している。
日本でも薬が効かないなどの条件を満たした患者に磁気刺激を与える治験が行われている。
「5年間、頭にもやが掛かっている感じだったが、その前の状態に戻った。」と治験を受けた患者さん。「足取りが軽くなった。」と外出し日の光を浴びる。
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