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ノヴァーリス(青山隆夫訳)『青い花』(岩波文庫)を読みました。
昨日は幻想性の強いドイツの作家E.T.A.ホフマンの作品を紹介しましたが、幻想はなにも怪奇だけでなく、愛や憧れの象徴だったりもします。甘美で情緒的なものをロマンチックと言ったりしますね。
ホフマンがどういうくくりの作家かと言うとロマン派(ロマン主義)の作家なんです。ロマン主義がなにかというのは説明が難しいのですが、おおよそこういう芸術思潮は、何かに対抗して生まれて来ます。
ロマン主義は、古代ギリシア・ローマの芸術性を重んじる古典主義に対抗して生まれて来たもの。ざっくり言えば、堅苦しい決まりがある流れに逆らって、もっと表現者の感性に寄り添った流れになります。
つまり、非現実的で幻想的なものをとらえようとしたのがロマン主義なわけですね。ロマン主義の後には、物事をありのままにとらえようとする写実主義・自然主義が生まれてくるのがまた興味深いところ。
日本でロマン主義の雰囲気を持っている作家が、ホフマンの翻訳もしている森鷗外。興味のある方は、高利貸しの妾と大学生との関係を描いた『雁』という作品を読んでみてください。ロマン漂う作品です。
雁 (新潮文庫)/新潮社
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さほど幻想性は強くない作品ではありますが、普通の恋愛小説と違い二人の恋愛はすぐ始まっていきません。多分に空想的要素が含まれた作品なんです。ホフマンを思わせる怪奇譚のような筆致もまた魅力。
さて、ホフマンは厳密に言えば後期ロマン派の作家なのですが、ドイツにはそれ以前にも実はロマン派の流れがあったんですね。初期ロマン派を代表する作家の一人が今回紹介するノヴァーリスになります。
『青い花』は本来、主人公の名前「ハインリヒ・フォン・オフターディンゲン」が原題ですが、日本では主人公が夢に見る憧れの花であり詩的なイメージを象徴する「青い花」という題で知られています。
主人公の名前がタイトルにつけられていることからも分かりますが、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスター』の影響で書かれた作品で、主人公が旅しながら色々なことを学んでいくという共通点があります。
ヴィルヘルム・マイスターの修業時代〈上〉 (岩波文庫)/岩波書店
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物語の形式は似ていますがノヴァーリスは『ヴィルヘルム・マイスター』では描かれなかった詩的芸術の世界を『青い花』で描こうとしたのでした。未完ながら幻想の美しさで愛され続けている名作です。
作品のあらすじ
ハインリヒは暗い森を一人で歩く夢を見ていました。森を抜け、草原を通り、岩をくり抜いて掘られた地下道に入って行きます。やがて見つけた池で娘たちの乳房のような水を感じながら水浴びをしました。
水浴びを終えたハインリヒは泉近くにあったものに目を奪われます。
このとき青年がいやおうなしに惹きつけられたのは、泉のほとりに生えた一本の丈の高い、淡い青色の花だったが、そのすらりと伸びかがやく葉が青年の体にふれた。この花のまわりに、ありとあらゆる色彩の花々がいっぱい咲きみだれ、芳香があたりに満ちていた。青年は青い花に目を奪われ、しばらくいとおしげにじっと立っていたが、ついに花に顔を近づけようとした。すると花はつと動いたかとみると、姿を変えはじめた。葉が輝きをまして、ぐんぐん伸びる茎にぴたりとまつわりつくと、花は青年に向かって首をかしげた。その花弁が青いゆったりとしたえりを広げると、中にほっそりとした顔がほのかにゆらいで見えた。この奇異な変身のさまにつれて、青年のここちよい驚きはいやが上にも高まっていった。と突然、母の声がして目をさますと、すでに朝日で金色にそまったわが家にいる自分に気がついた。(18~19ページ)
ハインリヒは夢で見た青い花のことを忘れられなくなります。聖ヨハネ祭が終わると、自分の父に孫の顔を見せてやりたいという母親の長年の願いを叶えるため、アウクスブルクに旅立つことになりました。
旅の道連れとなったのは商人たちで、ハインリヒに不思議な話をしてくれます。昔ある楽人が歌のお礼にもらった宝石を持ち、外国へ向かう船に乗っていました。しかし船員たちに襲われてしまったのです。
楽人は辞世の歌を歌わせてほしいと頼み、歌を歌い始めました。船員たちは、心を動かされてはならぬと耳を塞ぎます。歌は辺りに響き渡り、太陽と月が同時に空に現われ、海からは海獣が顔を出しました。
歌い終わり、命を絶とうと海に飛び込んだ楽人でしたが、海獣が背に乗せてくれ、海辺まで運んでくれます。そうなると惜しいのが宝石ですが、やがてまた海獣が現れ、宝石を口から出してくれたのでした。
商人がまた他の不思議な話をしてくれます。昔ある国の王には、とても可愛がっている王女がいました。それだけに婿に対する要求度は高く、どんな立派な王子がやって来ても、王は認めようとはしません。
ある時、王女は馬に乗って森に遊びに行きます。そこでは賢者の老人と息子の青年が喧騒を避け、ひっそりと暮らしていたのでした。身分を隠した王女と青年は、いつしか惹かれ合っていったのですが……。
ハインリヒと一行は旅を続け、山城では悲しげにリュートを弾くツーリマという女性と出会い、尖った丘がいくつもある村では、宝堀りのおじいさんと呼ばれる老人から、その不思議な生涯の話を聞きます。
そして洞窟を探検した一行は、素晴らしい歌声を持つ隠者と会うことが出来ました。隠者の生涯の物語も興味深いものでしたが、ハインリヒが何より心惹かれたのは隠者の蔵書。夢中になって目を通します。
そのうちに、未知の言葉で書かれた一冊の本に行きあたった。どこかラテン語かイタリア語に似た感じがしたが、この言葉を知っていたらと、残念でならなかった。なにしろ一語も解せないのに、その本がことのほか気に入ったからだ。表題はなかったが、頁を繰っていくうちに、いくつかの挿絵が見つかった。その絵にどこやら不思議と見覚えがあるようなので、よくよく見ると、なんと他の人に混じった自分自身の姿が、かなり明確に見分けられたのだ。愕然として、さては夢をみているのかと、くりかえし眺めるのだが、寸分たがわぬ似姿は、どうにも疑いようがなくなってきた。わが目が信じられぬ思いがしたのは、ひとつの絵に洞窟が描かれ、隠者と老人が自分のそばにいるのを見たときだった。(143ページ)
まるで自分の人生が描かれているような本。かつて夢で見たものなども絵に描かれていて、喜んで読み進めていきますが、最後の方は曖昧な絵柄になっていて、どうやら結末の部分は欠けているようでした。
旅の果てにハインリヒは、青い花の化身のような、そして隠者の本の挿絵に出て来ていた美しい女性マティルデと出会ったのですが……。
はたして、マティルデの父クリングゾールが語ったこととは一体!?
とまあそんなお話です。故郷を出たことのなかったハインリヒが旅の中で様々な物事を目にし、いくつかの物語を耳にしていく物語。語られている物語はどれも美しく幻想的で、印象に残るものばかりです。
『青い花』は詩的世界を探求するという作品のテーマがいよいよ深まっていくはずの第二部に入った所で未完に終わっていて、ノヴァーリスが描きたかったことがすべて書かれているわけではありません。
なので、消化不良な感じがなきにしもあらずなのですが、作品世界はとても美しいです。ロマン主義を代表する「青い花」のイメージがどのように描かれているのか、興味を持った方は読んでみてください。
明日もドイツ文学で、フリードリヒ・ヘルダーリン『ヒュペーリオン』を紹介する予定です。