島田荘司『斜め屋敷の犯罪』 | 文学どうでしょう

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斜め屋敷の犯罪 (講談社文庫)/講談社

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島田荘司『斜め屋敷の犯罪』(講談社文庫)を読みました。

日本探偵小説の「三大名探偵」と言えば江戸川乱歩の明智小五郎、横溝正史の金田一耕助、高木彬光の神津恭介。昨日片岡愛之助主演でスペシャルドラマ『名探偵神津恭介~影なき女~』が放送されました。

神津恭介に関しては、『刺青殺人事件』の記事を参照してもらいたいと思いますが、とにかくものすごい天才で、東大の医学部で「神津の前に神津なく、神津ののちに神津なし」と評されたほどの人物です。

何ヵ国語も喋れるなど際立った才能がある一方、興奮すると頭をかきむしる金田一耕助のように特徴があるわけでもないので、映像化はどんな感じだろうと見ていましたが、わりと人情系になってましたね。

温かみのある人柄で大分神津恭介の印象とは違っていましたが、原作が注目されるので映像化はいいことです。興味を持った方はドラマの原作も収録されたアンソロジー、『神津恭介、密室に挑む』をぜひ。

神津恭介、密室に挑む: 神津恭介傑作セレクション1 (光文社文庫)/光文社

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江戸川乱歩は1920年代、横溝正史は1930年代、高木彬光は1940年代に、それぞれ執筆活動を開始しています。ではもっと新しい時代の「三大名探偵」となると一体誰が選ばれるのでしょうか。

ドラマで有名な湯川学(「探偵ガリレオ」)、白鳥圭輔(「チーム・バチスタ」)、杉下右京(「相棒」)も名前があがるでしょうし内田康夫の浅見光彦や栗本薫の伊集院大介も根強い人気がありそうです。

色々票は割れそうですが、間違いなく選ばれるであろう名探偵が島田荘司の御手洗潔。本業は占星術師です。「三大名探偵」の系譜で言うなら神津恭介に最も近い、ずば抜けた天才型と言ってよいでしょう。

しかし、知的でクールな神津恭介に対して、同じく天才でも、奇矯な振る舞いで周りを呆れさせるのが御手洗潔という男。テンション高めでわけの分からない言動をしたりするのですが、それも大きな魅力。

神津恭介よりもっと元を辿れば、コナン・ドイルが生み出した名探偵シャーロック・ホームズに性質としては最も近く、テンションがぶっ壊れたホームズと思っておけば、印象としては大体あっているはず。

島田荘司のデビュー作かつ御手洗潔の初登場作が以前紹介した『占星術殺人事件』ですが、今回紹介する『斜め屋敷の犯罪』はタイトル通り斜めに立った屋敷で起こった密室殺人に挑むシリーズ第二作です。

かなり驚きなのが、三分の二を過ぎるまで御手洗潔と助手兼語り手、いわゆるワトスン役をつとめる友人で、イラストレーターの石岡和己がまったく出てこないところ。珍しい構成のミステリだと思います。

前半は屋敷にいる人が次々と殺されていく、誰が殺されるか分からないパニック系の面白さがあり、後半は王道の名探偵ものの面白さがあるという一冊で二度楽しめる、仰天の密室トリックのミステリです。

作品のあらすじ


70歳の少し手前で、隠居の身であるハマー・ディーゼル株式会社会長の浜本幸三郎は、北海道の宗谷岬のはずれにある高台の上に斜めに傾けて建てられた三階建ての西洋館〈流氷館〉で暮らしていました。

1983年12月。付き合いのあるキクオカ・ベアリングの社長、菊岡栄吉とその愛人兼秘書の相倉クミ、重役の金井道男とその妻初江らが招かれ、〈流氷館〉でクリスマス会が開かれることになりました。

日下瞬、戸飼正樹、浜本嘉彦ら将来有望な大学生も集められており、優秀な者を末娘の英子の婿にしたいと幸三郎は考えているようです。

幸三郎は見せたいものがあると言って、客人らを塔の上に案内しました。そこからは塔のふもとにある花壇が見渡せます。幸三郎は扇形に花が並べられているこの花壇の意味を当ててほしいというのでした。

「さて……と、これがどういうものか、どういう性質を持つものか、解ったら私に教えてくれたまえ。ただ言っておかなきゃあならないことがある。この変てこりんな花壇は、この流氷館という建物の、ここにあってこそ意味をなす、ここになくちゃあいかんものなんだ。建物と込みで考えてもらいたい。もとはといえばだね、この建物が少々傾いておるのも、まさにこの花壇の模様のためなんです。そこをよく結びつけて考えてもらいたい」
「この建物が傾いているのもそのせいなんですか?」
 日下が驚いて問い返した。幸三郎は黙って二度三度頷いた。
(中略)
 待てよ――、日下は思う。何か解りそうな気がした。それじゃないのか? 塔の傾きと、その上に落下しそうな感覚、不安、そういった類いのものが関係あるのじゃないか!?
 だが、とすればえらく難解な謎のようである。そういった漠然とした、抽象的な事柄から、いったいどんなものが導き出せるというのであろう? 一種の禅問答のようなものだろうか?
 扇――、これは日本的なものの象徴だ。それを高い塔から見下ろす時、その上に落下しそうな気がする。それは塔が傾いているから――塔とは何かの思想を象徴している――まあそういった謎かけなんだろうか――?(51ページ)


花壇の謎が解けた者に英子との結婚を許すと幸三郎は明言しましたが若者たちがいくら頭を捻っても、謎を解くことは出来ないのでした。

その夜、三階の一号室で眠っていた相倉クミは天井裏で何かが這い回るような物音を耳にします。気味悪く思っていると窓ガラスから青黒い皮膚の不気味な顔が覗いたので、思わず大きな悲鳴をあげました。

その声を聞きつけて英子と幸三郎が駆けつけて来ますが、足場もない三階なのできっと悪い夢を見たのだろうということで落ち着きます。

翌朝、朝食の時間になっても菊岡栄吉の運転手をつとめる上田一哉が姿を現しません。骨董品収集室にあった等身大の人形が手足をばらばらにされて庭の雪の上にあったことが、不吉な印象を感じさせます。

鍵のかかったドアを壊して中に入ってみると、上田は奇妙な格好で殺されていたのでした。右手首はベッドと白い紐で結ばれており、自由に動く左手で直径五センチぐらいの丸い点を血で描き残しています。

長さ一メートルほどの白い糸がついた登山ナイフを胸に刺された上田は、踊るような恰好で腰をひねり、足を曲げて死んでいたのでした。

密室で殺人が行われたことも不思議ですが、死亡推定時刻には雪はやんでいたのに、逃走した犯人の足跡はどこにも残されていませんでした。警察がやって来て捜査を始めましたがまったくのお手上げ状態。

やがて今度は菊岡栄吉が同じく密室、白い糸のついた登山ナイフで背中を刺されて殺されてしまいました。連続殺人の捜査に行き詰った大熊警部補、牛越刑事、尾崎刑事は東京の一課に相談を持ちかけます。

 電報です! の声に英子が立ちあがった。
 牛越もすぐ続いて立ちあがり、英子に従うような格好で玄関へ行った。やがてこんどは白い紙を眺めながら牛越が先に現われ、英子の顔はその肩越しに見えたが、さっさと仲間たちに囲まれたもとの関に戻った。
 牛越は尾崎の隣りの椅子へ復しながら、尾崎の鼻先に電報用紙を突きだした。
「読んでくれんかね」
 大熊が無愛想に言い、それで尾崎が声に出して読んだ。
「『そのような……えー……キカイセンバンなジケンに、ふさわしいニンゲンは、ニホンジュウにこの男の他になし、ゴゴのビンですでにそちらへむかえり。その男の名は、ミタ……えーと、ミタライ』か。
 なんです? こりゃあ。ちぇっ! やっぱりホームズ気どりの能無しが登場ときた!」(253~254ページ)


そうしてかつて難事件を解決した御手洗潔と石岡和己が〈流氷館〉へやって来たのでした。突飛な言動で周りの人々を時に呆れさせ、時に驚かせながら、御手洗潔は事件の捜査に挑んでいったのですが……。

はたして、御手洗潔は密室殺人事件の謎を解くことが出来るのか!?

とまあそんなお話です。この『斜め屋敷の犯罪』は密室を描いた日本の推理小説の中でも横溝正史の『本陣殺人事件』と並ぶ有名な作品。そちらのトリックもすごいですが、こちらのトリックもすごいです。

数多くある密室のミステリの中でも、これほど鮮やかな印象が残るトリックは他にないだろうと思います。読者への挑戦状がある作品なので、我こそはという方は密室の謎に挑んでみてはいかがでしょうか。

明日は、柄刀一『密室キングダム』を紹介する予定です。