ジョン・スラデック『見えないグリーン』 | 文学どうでしょう

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見えないグリーン (ハヤカワ・ミステリ文庫)/早川書房

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ジョン・スラデック(真野明裕訳)『見えないグリーン』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読みました。

一口に密室を扱っているミステリと言っても、色々な種類がありますが、確かに意外な展開に驚いたけれど、手品の種を見て興ざめするように、何だか今いち納得がいかない思いをすることもあるでしょう。

その点、今回紹介する『見えないグリーン』は、個人的には大満足の密室ものでした。なるほどそう来たかと思わず唸らされた一冊です。

物語に登場するのは〈素人探偵七人会〉というグループ。簡単に言えばミステリ愛好会ですね。月に一度ほど集まりみなで食事をします。

 ただしもちろん、一同をここに集めたものは現実の事件ではなく、フィクションのほうだった。〈素人探偵七人会〉にとって、殺人とは密室や雪に閉ざされた田舎家でのことだった。それは秘密の暗号、変装、知らぬ間にきいてくる毒薬や絹のようになめらかなパンジャブ産の輪なわ(シャーロック・ホームズ物の短篇「まだらの紐」参照)を意味した。オーギュスト・デュパン(海泡石のパイプと瞑想)、シャーロック・ホームズ(麻薬と推理)、あるいはブラウン神父(篤信と直覚力)を意味した。偽のアリバイを持った容疑者、人の目をあざむく手がかり、法廷での暴露を意味した。書き変えられた遺言状の問題、戸格子にぶつかった頭の問題(ホームズ短篇「背中の曲がった男」参照)、そして全容疑者が一堂に介して、明りが消えるあの決定的な瞬間の問題……。
 殺人とはルールのあるゲームの謂だった。(12ページ)


第二次世界大戦が起こり長らく中断していた〈素人探偵七人会〉でしたが、35年ぶりに集まることが決まりました。しかし、それからメンバーが一人また一人と謎の人物グリーンに殺されていったのです。

状況から見て、明らかに犯人は〈素人探偵七人会〉と関わりのある者に違いありません。様々な色を思わせる証拠品が次々と現れ、グループのメンバーたちは、姿の見えないグリーンを追い始めますが……。

ミステリマニアのメンバーが殺されていくミステリなだけに、「誰かがわれわれみんなをばらす気でいるわけか、『そして誰もいなくなった』みたいに」(114ページ)という台詞が飛び出したりします。

孤島で次々に集まった人々が殺されていくミステリ、アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』は「クローズド・サークル」という外部から孤立した場所で起こった殺人事件を描いたものの傑作。

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)/早川書房

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『見えないグリーン』はどこかの場所に閉じ込められているわけではないので「クローズド・サークル」ではありませんが、似た面白さがあって、金田一少年風に言えば「犯人はこの中にいる!」ミステリ。

探偵役のサッカレイ・フィンが、アガサ・クリスティーを好きかどうかを聞かれて、「アガサ・クリスティーって誰です?」(114ページ)と答えるなどどことなくユーモラスな雰囲気も魅力の一冊です。

メンバーの誰が次に殺されてしまうのかという、はらはらどきどきの展開が面白いですし、殺され方も印象に残るものばかりで興味を惹かれます。普段あまりミステリを読まないという方にもおすすめです。

作者のジョン・スラデックはミステリの作品は少なく、むしろSF作家として活躍した人物。ミステリとしては他に『黒い霊気』という作品があり、同じ探偵が出るみたいなので、その内読んでみたいです。

作品のあらすじ


裕福な老婦人ドロシア・フェアロウ女史は、戦争のせいで35年もの間中断してしまっていた、ミステリ好きが集まる〈素人探偵七人会〉を復活させることを決意して、メンバーに招待状を送り始めました。

弁護士のデリク・ポートマン、化学者のレナード・ラティマー、ボヘミアンな生活をしている画家のジャーヴィス・ハイドは参加に乗り気になりますが、元軍人のエドガー・ストークスの反応は違いました。

75歳のストークスは、昔からスパイに大きな関心を寄せていて、いまだに自分が誰かに監視されていると思い込んでおり、招待状はなにかの罠ではないかと思ったのです。ドロシアに電話をかけてきます。

「もしもし、少佐?」
「グリーンだ。グリーンて名前になにか心当りは?」
「グレアム・グリーンみたいに? べつにこれといってないけど」
「なあ、抜け目ないじゃないか。グリーンと名乗るなんて。逆のものを隠れ蓑にしてるわけさ。グリーンすなわち赤だ。ただこっちは見抜いちゃってるがね。だからこそ連中はわたしをつけ狙ってるんだ」
 おやまあ、とドロシアは思った。少佐も気の毒にね。「あなたをつけ狙う?」
「わたしは知り過ぎてる。知り過ぎてるんだ。粛清しなきゃならんてわけさ」
「少佐、あの、こっちへおいでにならない? そうすればもっと内々でこのことを話し合えるし、それに――」
「いや、いや、危険すぎる。連中は夜昼なしにわたしを見張ってる。もう何年も前からやっててね。連中が合図を送ってるのを、こっちは気づいてるんだ。映画館で、昔ながらの咳払い信号をやったり。《タイムズ》のクロスワード・パズルに秘密の手がかりを入れたり。特殊な握手の仕方をしたり。巨大なスパイ網を通じて指令を流したり……こっちはすべて気がついてるんだ。だが、いいかね、今や連中はわたしをつけ狙っていて……」(45ページ)


ストークスは昔から妄想がちだったのであまり真剣に取り合わないドロシアでしたが、どうしても渡したい手紙があると言われたので、ふと思いついて、知り合いのサッカレイ・フィンに連絡を取りました。

アメリカの大学で教壇に立っていたフィンはドロシアと郵便チェスの対戦相手として知り合い、推理の問題などをやり取りする間柄になったのです。ストークスを調べてほしいとフィンに依頼したドロシア。

ストークスの言っていることが正しいかどうか、フィンは一晩中家の前で見張っていましたが、何事も起こりませんでした。ところが、待ち合わせの朝九時になってもストークスは姿を現さなかったのです。

郵便受けから家の中を覗くと半ば開いたドアとスリッパをはいた脚が見えたので、フィンは警官を呼び、かんぬきのかかったドアを壊して突入しました。するとストークスはトイレの中で死んでいたのです。

トイレに窓はなく、小さな換気口があるだけ。侵入者に警戒していたストークスによって家の窓はすべて封鎖され、床にはパウダー、階段には糸が張られており、どこにも侵入者の形跡はありませんでした。

死因は心臓発作なので状況からすると自然死のようですが、爪が割れて血が出ていたのがフィンにはひっかかります。壁の古ペンキははがれかかっていましたが、爪の下からペンキは検出されませんでした。

ストークスが口にしていたグリーンに心当たりがないかどうか、〈素人探偵七人会〉のメンバーを訪ね始めたフィンは、既に空襲で亡くなっているサー・トニーの死体が見つかっていないことを知ります。

しかしもし仮に生きていたとしても90歳の老人なので、こっそり隠れて生きていて急に現れ何らかの復讐を始めたとは考えにくいこと。

やがて、ストークスがグリーンに殺されてから、メンバーにも奇妙な出来事が起こったことが分かります。ポートマンの弁護士事務所にはオレンジが投げ込まれ、ラティマーの家には、こそ泥が入りました。

こそ泥は職業別電話帳(イエロー・ページ)のページナイフでドアに刺していったのです。ハイドの家にはインジゴ(藍)の化学式が書かれたカードが残され、ダイアナの所ではスミレの花が盗まれました。

サー・トニーの墓には、セルリアン・ブルーで書かれたクエッション・マークが残されます。どうやらそれぞれの色をあわせると虹に近いスペクトル(光の帯)になりそうです。あと足りない色は赤だけ。

そこで〈素人探偵七人会〉の面々とフィン、ドロシアの甥のマーティン・ヒューズとその恋人で、ラティマーの娘ブレンダは、音沙汰のない最後のメンバーで、元警官のフランク・ダンビを訪ねたのでした。

ところが、海に赤いものが流れて来てみんながそれを確かめに行っている間にダンビは胸をナイフで刺されて殺されてしまっていて……。

はたして、フィンは、姿を見せないグリーンの正体を暴けるのか!?

とまあそんなお話です。35年ぶりの再会を前に〈素人探偵七人会〉のメンバーが次々殺されていくミステリ。虹の色は絵の具がハイド、化学式がラティマーを表すなど、メンバーそれぞれを表しています。

少ない登場人物で展開されていくのがとても読みやすいですし、仲間内にグリーンがいるはずなのに、その正体がなかなか予測しきれない所が面白いです。そして何と言っても、あっと驚く数々のトリック。

ミステリ好きの方は勿論ですが、テンポがいいのでミステリ初心者でも楽しめる作品のはず。興味を持った方はぜひ読んでみてください。

明日は、古泉迦十『火蛾』を紹介する予定です。