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谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』(角川スニーカー文庫)を読みました。「涼宮ハルヒ」シリーズの第一巻です。イラストは、いとうのいぢ。
「ライトノベル」を定義するのは結構難しいものですが、鮮やかな色彩の表紙を中心に、アニメ風のイラストが印象的に使われている、読みやすい小説と言うのが、とりあえずの共通認識だろうと思います。
レーベルで見分けるというのも結構いい手段で「ライトノベル」レーベルには電撃文庫、角川スニーカー文庫、ガガガ文庫、MF文庫J、ファミ通文庫、富士見ファンタジア文庫、GA文庫などがあります。
最近わりとよくあるのが、乙一や有川浩、冲方丁の「ライトノベル」レーベルの作品が単行本など別形態でイラストをなくして再発売されること。それを「ライトノベル」と呼べるかは、結構微妙ですよね。
なので、レーベルで見分けるのはある程度有効な見分け方なのですが、そうすると講談社ノベルズから出た西尾維新の「戯言シリーズ」は、「ライトノベル」なのかどうなのかということになるわけです。
そんな風に、定義しようとするとなかなか厄介なのですが、ともかく若者を中心に絶大な人気のある「ライトノベル」を、平安時代の古典と交互という形でとりあえず五作品ほど紹介してみようと思います。
「ライトノベル」の大きな特徴として、元々イラストが多用されていることもあって、マンガやアニメになりやすいことがあります。そうしたメディアミックスで評判になったのが、「涼宮ハルヒ」でした。
意外に思われるかどうか分かりませんが、「涼宮ハルヒ」を題材にした授業が、大学の文学部で普通に行われていましたよ。単に話題作というだけでなく、それだけ興味深いテーマを内包した作品なんです。
ゼロ年代(2000~2009年)にサブカルチャー(マンガ、アニメ、ゲームなど)を中心に話題になったキーワードが「セカイ系」。
「セカイ系」もこれまた定義が難しいのですが、今までの物語というか普通の物語では、登場人物は世界の中にいる一人なわけです。極端なことを言えばたとえ登場人物が死んでも世界は何も変わりません。
ところが、ゼロ年代には、描かれるのは登場人物の日常生活でありながらも、それが世界そのものと繋がっていて、登場人物の行動や心理の動きによって、世界の崩壊が起こりかねない物語が生まれました。
「セカイ系」は『新世紀エヴァンゲリオン』の影響が大きいと言われていて、世界の危機に立ち向かう少年少女が描かれることも多いですが、村上春樹の作品などを含めて、幅広く語られることもあります。
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本来なら自分と世界の間に存在するはずの社会が描かれていないと批判もされる「セカイ系」ですが、自分のトラウマや行動が世界の動きそのものと直結している物語は多くの読者の共感を呼んだのでした。
さて、今回紹介する『涼宮ハルヒの憂鬱』は「SOS団」というクラブを作ったちょっとおかしな涼宮ハルヒに振り回される〈俺〉の物語で、ユニークなキャラクターたちが登場するよくある学園コメディ。
しかし、それでいて「SOS団」と世界の繋がり方は極めて異質なもので、荒唐無稽ながら哲学的に考えさせられる内容になっています。
作品のあらすじ
山の上にある県立高校へ進学した〈俺〉が、無難な自己紹介を終えてほっとしながら座ると、後ろの席から聞こえてきたのは仰天の発言。
「東中学出身、涼宮ハルヒ」
ここまでは普通だった。真後ろの席を身体をよじって見るのもおっくうなので俺は前を向いたまま、その涼やかな声を聞いた。
「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
さすがに振り向いたね。
長くて真っ直ぐな黒い髪にカチューシャつけて、クラス全員の視線を傲然と受け止める顔はこの上なく整った目鼻立ち、意志の強そうな大きくて黒い目を異常に長いまつげが縁取り、淡桃色の唇を固く引き結んだ女。
ハルヒの白い喉がやけにまばゆかったのを覚えている。えらい美人がそこにいた。(11ページ)
中学時代から変人として名を馳せたハルヒは、本当に人間には興味がないらしく、興味のない話題で話しかけられてもまったく相手にしようとしません。おかしな奴がいるという噂は学校中に広まりました。
ハルヒが曜日によって髪型を変えていることに気が付いたことがきっかけで、〈俺〉はHR前のわずかな時間に会話をするようになりました。色んな部活に入ったけれど、望んでいたものがなかったハルヒ。
結局人間はあるもので満足するしかないと〈俺〉が言うと、ハルヒはついになければ自分で作ってしまえばいいと言い出して、〈俺〉はハルヒの新クラブ作りを手伝わされることになってしまったのでした。
ハルヒは部員が一人しかいない文芸部に目をつけ、その部室をのっとることにします。〈俺〉はその一人の部員長門有希(ながとゆき)の気持ちを気にしますが、長門は本が読めればなんでもいいとのこと。
なにをするかも分からないまま、「これから放課後、この部屋に集合ね。絶対来なさいよ。来ないと死刑だから」(54ページ)と新クラブの集合が決まり、ハルヒは童顔で巨乳の女の子を連れて来ました。
それは、朝比奈みくるという二年生で、「萌えでロリっぽいキャラ」(61ページ)が必要ということで、強引に連れて来られ、所属していた書道部を辞めさせられて新クラブに入れられてしまったのです。
こうして「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」通称「SOS団」が発足したのでした。コンピュータ研究部の部長に朝比奈さんの胸を触らせて写真を撮り、脅すことでパソコンも手に入れます。
この世の不思議の体験談を募集するホームページを作り、ハルヒと朝比奈さんでバニーガールのコスプレをして、ビラを配って宣伝活動をしましたが、学校から怒られただけで、体験談は全然集まりません。
やがて古泉一樹という転校生がやって来ると転校生というのは謎に満ちた存在に違いないとこれまたハルヒは強引に入れてしまいました。
当然のことながら、古泉から一体何をするクラブなのかと尋ねられたハルヒは不敵な笑みを浮かべて「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶことよ!」(165ページ)と仰天の発言をします。
そうしてハルヒに振り回されるままに「SOS団」のよく分からない活動に参加していた〈俺〉でしたが、ある時長門から公園に呼び出されて、自宅に案内され、おかしな話を聞かされることになりました。
実は長門は人間ではなく「この銀河を統括する情報統合思年体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」(119ページ)だというのです。目的は涼宮ハルヒの観察。
三年前に起こった情報爆発の中心にいたのが涼宮ハルヒだったから。
そして、朝比奈さんからも思いがけない話を聞かされることとなりました。実は朝比奈さんはこの時代の人間ではなくて、それ以上過去に戻れない大きな時間振動の調査のために未来からやって来たのだと。
時空の歪みが起こったのは三年前。真ん中にいたのは、涼宮ハルヒ。
そして、やがては古泉からも〈俺〉は秘密の話を打ち明けられました。古泉は三年前からある種の超能力を持つようになった人々が集まる『機関』に属する人間で、ハルヒのことを守るために来たのだと。
自嘲的な笑みと一緒にコーヒーを飲み込んだ古泉は不意に真顔になった。
「あなたは、世界がいつから存在していると思いますか?」
えらくマクロな話に飛んだな。
「遥か昔にビッグバンとかいう爆発が起きてからじゃないのか」
「そういうことになってますね。ですが我々は一つの可能性として、世界が三年前から始まったという仮説を捨てきれないのですよ」
俺は古泉の顔を見返した。正気の沙汰とは思えんな。
「そんなわけがないだろ。俺は三年前より以前の記憶だってちゃんとあるし、親だって健在だ。ガキの頃にドブに落ちて三針縫った傷跡だってちゃんと残ってる。日本史で必死こいて覚えている歴史はどうなるんだよ」
「もし、あなたを含める全人類が、それまでの記憶を持ったまま、ある日突然世界に生まれてきたのではないということを、どうやって否定するんですか? 三年前にこだわることもない。いまからたった五分前に全宇宙があるべき姿をあらかじめ用意されて世界が生まれ、そしてすべてがそこから始まったのではない、と否定出来る論拠などこの世のどこにもありません」
「…………」(166~167ページ)
当然ながら、今いち彼らの言うことが信じられないまま、この世の不思議を探索する目的で、「SOS団」の面々と町をぶらついたりする〈俺〉でしたが、やがて次々と信じられない出来事が起こって……。
はたして、〈俺〉とハルヒが目にした、驚愕すべき光景とは一体!?
とまあそんなお話です。「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶ」目的で作られた「SOS団」には宇宙人と未来人と超能力者が所属していて、それというのもつまりハルヒが……という物語。
世界が五分前に作られたという仮説を否定することはできないというのは、バートランド・ラッセルの「五分前仮説」で、それが物語に組み込まれているわけですが、非常に哲学的で、興味深い話ですよね。
周りを振り回すハルヒ、いつもクールな長門、恥ずかしがりながらもコスプレが似合う朝比奈さんと、キャラクターに萌えるのもよし、世界をめぐる哲学的なテーマを考えるのもよしの作品になっています。
「ライトノベル」って聞いたことがあるけど、まだ読んだことがないなあなにか読んでみたいなあという方は、手に取ってみてはいかがでしょうか。今のところハルヒのシリーズは、11巻まで出ています。
明日は、新編日本古典文学全集『竹取物語/伊勢物語/大和物語/平中物語』の中から、「伊勢物語」を紹介する予定です。