山田風太郎『忍法八犬伝』 | 文学どうでしょう

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忍法八犬伝 山田風太郎忍法帖(4) (講談社文庫)/講談社

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山田風太郎『忍法八犬伝』(講談社文庫)を読みました。

いやあ、これは面白いです。ぼくは好きですねえ。

単純にぼくの好みということもありますが、設定の面白さで言えば、「忍法帖シリーズ」で断トツなんじゃないでしょうか。

毎回様々な忍者たちが登場し、忍法合戦をくり広げるというこの「忍法帖シリーズ」。

相手と交わることによって発揮される忍法があったり、かなりひどい死に方が描かれたりと、エログロ度が高いのが、このシリーズの何よりの特徴であり、大きな魅力です。

そうした濃厚な雰囲気の小説なので、好き嫌いが分かれるかとは思うのですが、とにかく面白いので、エログロにあまり抵抗がない方は、ぜひ読んでみてください。非常におすすめのシリーズです。

さて、今回の作品はタイトルの通り、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』が物語のベースになっています。

南総里見八犬伝〈1〉 (岩波文庫)/岩波書店

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南総里見八犬伝』は読本(よみほん。江戸時代の小説)で、大きなアザと、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」という八つの珠を持って生まれて来た八犬士が、里見家を盛り立てるために活躍する物語。

『忍法八犬伝』は、この物語を受けて、それから150年ほどが過ぎた江戸時代を舞台に、八犬士の末裔が活躍する物語になっています。

里見家の家宝である八つの珠が、服部半蔵の命を受けた伊賀のくの一たちに盗まれてしまうんですね。

八つの珠は、「淫・戯・乱・盗・狂・惑・悦・弄」に入れ替えられてしまったのです。期限までに取り戻さなければ、里見家はそのままお取り潰しになってしまいます。

八犬士の子孫たちは皆、珠を奪われた責任を取って、腹を切ってしまいます。しかし彼らには、ある確信があったんですね。

なんと、八犬士の息子たちは、甲賀の卍谷へ忍術の修業へ行かせていたというのです。

子供たちがきっと、八つの珠を取り戻してくれるだろうと、そういう願いの元に、彼らは死んで行ったわけです。

はたして、伊賀のくの一と甲賀で忍術を学んだ八犬士との、壮絶な珠の奪い合いの結末は!?

原典からは八犬士というキャラクター設定だけを借りていて、全く別のストーリーなので、原典を知らなくても、問題なく楽しめるので大丈夫です。

南総里見八犬伝』のパロディになっている所も勿論面白いのですが、ぼくがこの作品の設定が面白いと思うのは、実はそこではないんです。

息子たちは甲賀で忍術の修業をして、さぞかし立派になっているだろうと老八犬士たちはそう思って死んでいったわけですよね。

ところがなんと、息子たちは忍術修業に嫌気がさしてしまって、1年ほどで逃げ出してしまったんです。

それから2年間彼らは、軽業師をやったり、女郎屋にお世話になっていたり、盗賊の親分をやっていたり、軍学を学んでいたりと、銘々が好き勝手なことをして、楽しく愉快に暮らしていました。

父親たちの血で書かれた手紙を受け取っても、里見家のために動こうとする気はさらさらありません。

つまり、技も未熟ですし、やる気もとことんない八犬士なんです。まさかの設定ですよね。これってすごく面白くないですか?

そんな八犬士たちは、愚鈍な殿様のことは嫌いなのですが、一人だけどうしても頭があがらない人物がいます。それは殿様の奥方で、17歳の少女、村雨。

簡単に言ってしまえば、八犬士はみんなこの無垢な少女のことが好きなんですね。村雨のためだったら、自分たちの命を簡単に投げ出してしまえるほど。

江戸へ向かった村雨は、八犬士たちと再会するのですが、そのひどい暮らしぶりを見ても、全く彼らを疑いません。もう100%彼らのことを信じているんです。

むしろ、珠を取り戻すために、わざとそんな辛い暮らしを耐え忍んでくれていると、感動すらしてしまうほど。

純粋無垢な村雨から期待を込めた目で見つめられて、忍者としても人間としても未熟な八犬士が命を賭けて、伊賀のくの一に立ち向かっていくという、そういう物語なんです。

健気で可憐な姫と、それを守る八人の武士という構図が、もうたまらなくいいですよね。

自分の命よりも、愛する女性の望みを優先する八犬士たち。団結せず、抜け駆けして手柄を立てようとしたり、もう完全に馬鹿すぎる行動をするんですが、そこがまたぐっときます。

忍法も勿論使われますが、忍法以外の、それぞれの個性が発揮されるのもまた面白い作品です。

作品のあらすじ


慶長18年9月9日の夜。江戸幕府二代将軍徳川秀忠の補佐役、本多佐渡守正信は、服部半蔵を呼びつけました。

佐渡守は、徳川家の重臣である大久保相模守忠隣を失脚させようと画策しているんですね。

そこで、その一族を根こそぎ絶やすため、孫娘の村雨が嫁いでいる安房九万二千石の里見安房守忠義の藩を取り潰しにしてしまうことにします。

取り潰しには何か理由がなければいけませんから、22歳の安房守が竹千代君に献上する約束をしていた「里見家に重代伝わる八顆の白玉の珠」(13ページ)を奪ってしまう作戦を立てました。

つまり、約束の日に献上する八つの珠がなければ、安房守は約束を破ったということになり、罰を与えることが出来るというわけです。

佐渡守に弱みを握られている服部半蔵は、服部家の威信を賭けて八つの珠を盗み出すことを約束して――。

安房守の元に、不思議な技を持った八人の女かぶきがやって来ました。

「女かぶきの踊りには、手には鼓、鉦のたぐいをもって囃すのがふつうでござりまするが、このものどもは手に一物ももたずして鈴を鳴らしまする」
「手にもたずして、どこで鳴らす」
「女人の谷で」
「何?」
「そこに鈴を秘めて」
「……ううむ」
「それを見せるために、女ども、踊りつつ衣装を一枚ずつぬいでいって、最後は一糸まとわぬ姿と相成りまする。そして手には金扇銀扇をもつだけなのに、踊りにつれて、いずこともなく微妙なる鈴の音がきこえはじめ、さらに八人相合して、迦陵頻伽ともまがう天上の楽の音となるのでござる」
「……見たい、采女、是非、それを見せてくれ」(23ページ)


ちょっとしたいたずら心から、鈴の代わりに家宝の八つの珠を使い、女かぶきの者たちと戯れ、至福の時を味わった安房守。

ところが、女かぶきの者たちが立ち去った後、思わぬことが分かりました。なんと、八つの珠が偽物と入れ替えられてしまっていたのです。

安房守につき従っていた老八犬士は責任を取って切腹し、自らの血で手紙を書いて、八つの珠を取り戻すよう息子たちに願いを託しました。

ところが、忍術修業を途中で辞めてしまい、江戸の街で愉快に暮らしていた八犬士たちに、その思いはまるで届きません。

六方者(ろっぽうもの。侠客のようなもの)として、子分を従えて江戸の町を暴れ回っていた犬江子兵衛も、手紙を受け取ったのですが・・・。

「……そうか。おやじは死んだか」
 と、若い頭の犬江子兵衛はつぶやいて、ちらと三人の手下を見たが、何の感動も同情もない顔で、また手紙をのぞきこんだ。――三人はキョトンとして、
「お頭、どうなされた。それは何でござる」
「相手が、相手だ。ちと面白いな」
 きれながの眼がきらっとひかったが、すぐに侮蔑的なまなざしになって、
「しかし、やることは面白いが、目的がくだらない。忠義の悪臭ふんぷんたるものがあって、そこが気に入らぬ。あんな仁義忠孝悌礼智信など犬にでもくわせろだ」(75ページ)


亡き父親の名を継ぎ、後に親兵衛になる子兵衛は、元々、堅物で忠義忠義とうるさい親父にうんざりしていたくらいなのです。

自分が受け継ぐはずの「仁」の珠が、偽物の「狂」に変わってしまいましたが、むしろそっちの方が気に入ってしまったほど。

他の八犬士たちも大同小異で、忠義を尽くすつもりなどなく、江戸の街で自由気ままに、楽しく暮らし続けます。

一方、いつまで待っても八犬士たちが帰って来ないので、里見家では大騒ぎ。

自分の実家が大久保家であることから、今回の事件が起こったことを知っている奥方の村雨は、ひしひしと責任を感じていました。

連絡が取れず、行方も分からない八犬士たちですが、村雨は何故か彼らに深い信頼を寄せているんですね。

「あの若いひとたちは……わたしは好きでした。かならず、お家を救ってくれるものどもです」(148ページ)と。

いてもたってもいられなくなった村雨は、男装して自ら八犬士を探しに行き、運よく八犬士を見つけ出すことが出来ました。

八犬士はそれぞれに遊んで暮らしているのですが、純粋無垢な村雨は、疑うということを知りません。

犬坂毛野は盗賊の頭をしていて、物騒な男たちと半裸の女たちを従えているので、どこからどう見てもまともな暮らしではないのですが、村雨は全く気付かないんですね。

「村雨さま、村雨さまが江戸へ? どうして?」
「里見家の大難を救ってもらうために」
 毛野は、はたと沈黙した。
「毛野、伏姫さまのおん珠が盗まれたことは知っていますか」
「……存じております」
 村雨の顔にチラとふしんの色がながれたが、すぐに眼をかがやかせて、
「ああ、そなたはこんなところで、味方をあつめて珠をとりかえす謀事を練っているのですね。何しろ、相手は天下の公儀だから、あたりまえです」(194ページ)


自分たちを信じてくれる村雨の信頼にこたえるため、そして自分たちが愛する村雨の望みを叶えるため、ついに八犬士たちは、八つの珠を奪い返すことを決意して・・・。

伊賀のくの一、船虫、玉梓、朝顔、夕顔、吹雪、椿、左母、牡丹の8名に挑むのは、里見の八犬士、犬塚信乃、犬飼現八、犬川壮助、犬山道節、犬田小文吾、犬江親兵衛、犬坂毛野、犬村角太郎。

はたして、八犬士は、期限までに八つの珠を取り戻し、里見家を守ることが出来るのか!?

とまあそんなお話です。忍法合戦はそれぞれにすごいですが、犬飼現八の「蔭武者」と椿の「天女貝」、牡丹の「袈裟御前」との対決に、ぜひ注目してみてください。

現八は、女郎屋で働いているのですが、その女郎屋に椿と牡丹が潜入して来るんですね。いずれも男女の交わりの時に使う忍法を会得している三人。

現八は椿と牡丹が敵のくの一であることを知っており、椿と牡丹は自分たちの素性がばれていることは知りませんが、現八が敵であることを知っています。

そんな緊迫した状況でありながらも、女郎屋のつとめを教えるという建前で、三人は交わることになるのです。一体それぞれが持つ忍法とは、どんなものなのでしょうか。

「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の教えにうんざりし、忠義を馬鹿にしている八犬士が、愛する女性のために命を賭ける姿が胸を打つ作品。

エログロな感じはありますが、とにかく面白いので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。おすすめの一冊ですよ。

明日は、ダシール・ハメット『マルタの鷹』を紹介する予定です。