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川瀬七緒『よろずのことに気をつけよ』(講談社)を読みました。
昨日に引き続き、第57回(2011年)江戸川乱歩賞受賞作を紹介します。
15年ぶりに女性作家の受賞、それもW受賞ということで大きな話題になったのですが、同時受賞するということは、作品の系統がそれぞれまったく違うものだということ。
昨日紹介した玖村まゆみの『完盗オンサイト』は、「盗み」をテーマにした作品で、人生に挫折したクライマーが思わぬ盗みの依頼を受けるという、アクションものでしたね。
今回紹介する川瀬七緒の『よろづのことに気をつけよ』は、「呪い」をテーマにした作品で、文化人類学者で35歳の中澤大輔が、殺人の被害者にかけられていた呪いの謎を追っていきます。
わりとちゃんとしたミステリらしいミステリで、おどろおどろしい雰囲気に魅力のある小説。
殺人事件に呪術的なものが関わって来ることは、それほど珍しい設定でもありませんが、先が読めないだけに、物語に思わず引き込まれてしまいます。
呪いの捜査を中澤に依頼したのは、砂倉真由という18歳の大学1年生。何者かに殺された祖父の、死の真相を探っているんですね。
中澤はかかって来た電話にも気付かなければ、呼び鈴を鳴らしても出てこず、とにかくコーヒーの豆にはこだわりを持っているという、なんだか一風変わった人物。
それに対して、真由はまっすぐで、負けん気が強い女性なんですね。なので、2人の初対面の印象はお互いに最悪でした。
自分の家に突然やって来た、わけの分からない小娘を追い返そうと中澤は皮肉を言い、それに対して真由も負けずに言い返します。
「おっしゃる通り、全部正解よ。でもわたし、失礼を失礼で返すのは趣味じゃないの。申し訳ないけど、そんな子どもっぽい挑発には乗る気はないわ」
「よし。じゃあ、次は大人っぽい挑発といこうか」
「結構です」と彼女はぴしゃりと言った。「そんなことより、ずっと呼び鈴を鳴らしてたんですよ」
「呼び鈴? ああ、あれは飾りなんだ」
「飾りですって? いったいなんのために」
「あれがあれば、ばんばん戸板を叩かれなくても済むじゃないか」
少女は恨めしげに僕を見上げてきたが、興奮を鎮めるよう胸に手を当てて細く息を吐き出した。ようやく自分の立場を思い出したようだ。
「突然押しかけてすみません。ここは中澤大輔先生のお宅で合ってますか?」(7~8ページ)
こうしたへらず口というか、お互いにウィットに富んだ応酬をするのがこの小説の特徴です。
わりと軽い感じのタッチなので、好みは分かれるかと思いますが、浮ついた感じではないので、ぼくはちょうどいいテンポのように感じました。
不器用な大人と、頭の回転の早い少女という組み合わせも、決して目新しくはありませんが、ぶつかり合いながら、少しずつ信頼関係を深めていくのは、物語としてやはり面白いです。
作品のあらすじ
文化人類学者の〈僕〉は、家賃3万5千円の、廃屋さながらの木造平屋の一戸建てで暮らしています。
文化人類学は、「習慣や信仰、神話から都市伝説に至るまで、民間伝承の要素があれば成り立つ学問」(5ページ)ですし、非常にやりがいのある仕事ですが、それで生活していくとなると、なかなか厳しいんですね。
そんな〈僕〉の所へ、民俗学の教授から紹介を受けた砂倉真由という少女が訪ねて来ました。真由は、ビニール袋に入れられた短冊型の和紙を見てほしいというのです。
〈僕〉は茶色の染みが浮き出した、その古い和紙に書かれた文字を読んでみました。
「不離怨願、あたご様、五郎子」
迸るほどのすさまじい思念と憎悪。これをつくった者は本気だ。迷いが感じられない。うなじの毛がちりちりと逆立つような、恨みの残滓がまとわりついている。
僕は視線を引き剥がすように顔を上げた。
「これは本物の呪術符だな」
真由はごくりと喉を鳴らした。
「人を呪い殺す目的でつくられた札だよ」(12ページ)
真由はこの札を自宅の縁の下から見つけたので、一ヶ月前に何者かに殺された祖父の死と、何らかの関係があると思っています。
「最初から最後まで無礼きわまりないが、物怖じしないできっぱりとものを言う少女に興味が湧いた」(24ページ)〈僕〉は、真由の祖父健一郎の殺害現場へ行ってみることにしました。
凶器は見つかっていませんが、死体の胸には大きな傷があり、心臓や肋骨が「爆発したみたいに潰れて」(31ページ)いたらしいんですね。
また、健一郎は、真由の名前が書かれた和紙の人形を、たくさん作っていたことが分かります。
どうやら、呪いよけの形代(かたしろ。この場合は、身代わりになって呪いを受けるもの)のようです。
〈僕〉はこう断言します。健一郎は、「なぜ呪われているか、誰に呪われているかも知っていたんだよ。でなければ、こんな防御には出ないだろうな」(48ページ)と。
健一郎は一体誰に呪われていたのでしょう?
その手がかりを探るべく、〈僕〉と真由は、健一郎の葬式の芳名帳から、健一郎の知り合いらしき人物を探します。
しかし、健一郎は他人との交流をあまりしていなかったようで、友達らしい友達は見つかりませんでした。
やがて、健一郎が週3日通っていたという、地区センターの川柳と囲碁のサークルには、所属していなかったことが分かりました。
教師をしていた健一郎の教え子から、健一郎が写真を撮られることをとても嫌がっていたこと、病院でボランティアをしていたらしいことを教えてもらいます。
〈僕〉と真由は早速、健一郎が定期的に行っていたという、代々木の本多総合病院の小児科へ向かいました。
そこには、健一郎を「おじいちゃん先生」と呼び、とても慕っていた時谷美奈子という4歳の女の子がいたのです。
「おじいちゃん先生」について色々と話している内に、「しわすのつき」が何かを美奈子から聞かれた〈僕〉は、十二月のことだと教えてやりました。
へえと美奈子は感心し、たどたどしく何かの一節をそらんじた。
「しわすのつきにゆきなくばよろずのことにきをつけよ」
「なんだって?」はっとして訊き返し、まるで呪文のような言葉を反芻した。
「わかんない。だいすけおじさん、なんのことかしってる?」
「それも、おじいちゃん先生が言ったのかい?」
「うん、そうだよ。でもねえ、ひとりごとなの。おじいちゃん先生はそう言ったもん」(116ページ)
健一郎が呟いていたという謎めいた台詞。そこには一体どういう意味があるというのでしょうか。
病院のボランティアを、健一郎はもう4年ほど続けていたようですが、週3回ではなく、月曜日と木曜日の週2回で通い続けていたことが分かりました。
では、外出していた残りの1日は、一体どこへ行っていたというのでしょう?
やがて〈僕〉は、呪いの分析から、呪いが伝わっていると思われる、ある場所へと向かって・・・。
はたして、健一郎を呪い、殺したのは一体誰なのか? 驚くべきその真相とは!?
とまあそんなお話です。他人から隠れるように暮らしていた健一郎。一体過去に、どんな出来事があったというのでしょうか。
呪術と殺しは組み合わせがよくて、テーマ的に非常に面白いです。じわじわと明かされていく殺人事件の真相が気になってしまう一冊。
目新しさはない作品ですが、魅力的なキャラクターといい、おどろおどろしい雰囲気といい、なかなかに面白い小説です。
健一郎にかけられていた呪いについて、興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。
明日は、角田光代『対岸の彼女』を紹介する予定です。