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竹山道雄『ビルマの竪琴』(新潮文庫)を読みました。
映画になった名作を、ここのところいくつか扱ってきましたが、この『ビルマの竪琴』も、何度も映画化されている小説です。タイトルはみなさんどこかで耳にしたことがあるのではないでしょうか。
『ビルマの竪琴』の映画化作品を、ぼくは残念ながらまだ観たことがないんです。どうしても戦争をテーマにしたものは敬遠してしまいがちなもので。機会があればぜひ観てみたいと思います。
「名作」は、必ずしも「面白さ」を意味しません。「名作」はお行儀がいい感じと言えばいいでしょうか。親や学校などが、子供たちに安心してすすめられるような要素があります。
メッセージ色が強く、しかもそれが道徳教育的に素晴らしいもの。なおかつ時間をかけて読み継がれてきたものが「名作」と呼ばれます。それはエンターテイメント性というか、娯楽の要素とはまた少し違うんですね。
『ビルマの竪琴』はそうした道徳的メッセージに優れた「名作」ではあるんですが、単に「名作」なだけではなく、娯楽的な「面白さ」も含んだ、とても印象深い作品です。おすすめの作品ですよ。読んだことのない方は、ぜひ読んでみてください。
あまり意識したことはありませんでしたが、『ビルマの竪琴』というのは、実は子供に向けて書かれたお話なんですね。それはこの小説の場合、必ずしも内容の幼稚さ、あるいは平明さを意味しないんですが、そこから、ある大きな特徴が見出せます。
小説と童話の最も大きな違いというのは、リアリズムで書かれるかどうかだと思います。リアリズムというのは、現実を克明に描く技法のことです。
一方、現実には起こりえない要素が含まれるのが童話ですよね。リアリズムでいくと、小鳥はおしゃべりしないわけですし、死んだ人は生き返りません。
『ビルマの竪琴』は、童話のようにファンタジックな出来事が描かれるわけではありませんが、戦場の苦しみ、悲惨な状況をリアルに伝えようとする戦争文学とは一線を画した作品です。
戦争が描かれていながら、そこに童話的色彩があるというか、どこか甘ったるいような、美しく鮮やかな印象のお話になっています。リアリズムのものとは明らかに違います。
戦争という現実をリアルに描いた作品ではないだけに、とても読みやすく、メッセージも伝わってきやすいんですね。とても心に染みる小説です。
『ビルマの竪琴』のテーマは、巻末に収録された著者の「ビルマの竪琴ができるまで」でこう書かれています。「義務を守って命をおとした人たちのせめてもの鎮魂をねがうこと」(206ページ)。
戦争が終わって、戦った人すべてが悪人として批判される世の中になってしまったことを嘆き、「義務」を守った兵士たちへの鎮魂の想いが込められた作品なんですね。
タイトルの通り、音楽がたくさん出てくる物語です。戦場で音楽がどんな役割を果たしたのか、ぜひ注目してみてください。
作品のあらすじ
戦争が終わり、兵隊さんたちが帰って来ます。みんな肉体的にも精神的にも、ぼろぼろになって帰って来るんですが、ある一隊だけは、元気に歌を歌って帰って来ました。
隊長が音楽家だったので、兵隊に合唱を教えたんです。みんなで歌うことによって辛い時でも元気が出ますし、団結力も深まります。そして、この隊にいた兵隊がしてくれたのが、この物語という設定です。
この隊は戦争中はビルマで戦っていました。隊に入ってから音楽に目覚めた22歳の水島という上等兵は、竪琴の名手になります。当然楽器などはないんですが、自分たちで作るんです。こんな風に。
これはビルマ人がひく竪琴をまねて作ったものです。この国の太い竹を共鳴体の胴にしてあります。それに、やはり竹を曲げてすげて、絃をはります。絃は銅、鉄、またはアルミかジェラルミンの針金です。低い音をだすのは革紐です。こうした絃をはって、音程を合わせると、それもずいぶん苦心の末ですが、めずらしい竪琴ができました。(9ページ)
やがて、水島が弾く竪琴というのは、とても重要な役割を果たすことになります。「ルーンジ」という腰巻のようなものをして、ビルマ人になりすまし、隊列より先を歩いて行くんです。
そして危険がなかったら、安全だという合図の曲を、もし他の国の兵隊などがいたら、危険だという合図の曲を竪琴で弾くんですね。それによって隊が動くというわけです。
ある時、村で歓迎をうけていた時のこと。いつの間にか村人たちの姿がいないんです。歌を歌っていたみんなは、はっと気づきます。どうやら、村人たちは敵兵に知らせに行ったようなんですね。
ひそかに迫り来ているだろう敵を油断させるために、歌い続け、笑い続けます。問題は爆薬を入れた箱が車につんで広場に置きっぱなしになっていること。
水島は竪琴を弾きながら、その爆薬の上に乗ります。みんなは踊りながら、それをお祭りの山車のように運ぼうという作戦です。撃たれたらもうおしまいです。慎重に、確実に、しかも楽しそうに行動しなければなりません。
この絶体絶命のピンチをいかに乗り越えるかが、物語の前半の読みどころとなります。歌が重要になってきます。思いがけぬことが起こりますが、どうなるのかはぜひ本編にて。
やがて戦争は終わり、この隊はイギリス軍の捕虜になります。しかし、日本の敗北を認めない隊もあり、山に立てこもって戦闘を続けています。このままでは全滅するしかないということで、水島が降伏を説得しに派遣されます。
しかし、それきり水島は姿を消してしまったのでした。
数ヶ月が経ち、みんなは水島は戦闘に巻き込まれて亡くなったものと思っていました。するとある時、水島によく似た人物を見かけたんです。肩に青いインコをのせたビルマの僧侶。
水島にとてもよく似ていますが、本当に水島ならば、隊に戻って来ない理由が分かりません。しかも、特別なお坊さんしかつけることのできない腕環をしているので、長い間修行を積んだ僧らしいんですね。
やがて、ある少年が竪琴を弾いているのを聴き、隊長は不思議に思ってこう言います。「いうまでもなく、作曲にはそれを作った人の癖がある。今日きいた竪琴の曲にはたしかに水島の癖があったような気がする。あれは水島の作った曲ではないか? 誰もそうは思わなかったか?」(78ページ)
みんなは隊長が水島のことを考えすぎているのだと思いますが、隊長は水島は生きていると信じるようになります。そして、ビルマの僧侶が肩にのせていたインコの兄弟インコを手に入れ、ある言葉を教え始め・・・。
物語は謎を抱えたまま進んで行きます。説得に派遣された水島の身に一体なにが起こったのか? ビルマの僧侶は水島なのか、それとも水島ではないのか!?
とまあそんなお話です。戦争は誰にとっても辛く、苦しいものです。そんな中、歌で一致団結し、なんとか乗り越えていくんですね。
一番印象的だったのは、戦場で弾かれる竪琴の音色です。これは、ちょっと鳥肌立ちますよ。
激しい戦闘と柔らかい音色というのは、本来、組合わさらないものです。それが組合わさったこの小説では、滅多に目にすることのない壮絶かつ素晴らしい場面が生まれています。ぜひ注目してみてください。
戦争の悲惨さをただ描いた作品でも、安易な反戦の作品でもありません。兵隊たちの鎮魂を願った、心に沁みる物語です。まだ読んだことのない方は、ぜひ読んでみてください。
明日は、田山花袋『田舎教師』を紹介する予定です。