乾くるみ『イニシエーション・ラブ』 | 文学どうでしょう

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イニシエーション・ラブ (文春文庫)/乾 くるみ

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乾くるみ『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)を読みました。

乾くるみは以前、『リピート』を紹介しましたが、乾くるみの作品としては、この『イニシエーション・ラブ』がかなり有名らしいんですね。

話題になっていたので、読んでみました。そして、なるほどなあと唸らされました。ぼくも騙されちゃいました。

『イニシエーション・ラブ』は90%は恋愛小説です。それも出来がいいとは言いかねる感じの。恋愛が描かれているんですが、恋愛模様やその恋愛の描かれ方は、あまりにも平凡な感じです。

残りの10%がちょっとびっくりする感じなんですけど、それについては全く触れずに進みます。前情報を入れないで読んだ方がいいタイプの小説なので、ぜひなにも知らない内に読んでみてください。

物語の舞台となっているのは80年代の静岡で、現在の感覚からすると、少し古い時代設定です。携帯電話もなく、公衆電話でのやりとりが多く描かれ、テレビでは『男女7人夏物語』というドラマがやっていたりします。

物語で描かれるのは、〈僕〉とマユの恋愛です。はたしてタイトルの「イニシエーション・ラブ」の意味とは一体?

作品のあらすじ


〈僕〉の元に突然電話がかかってきます。電話の相手は友達で、合コンのメンバーが足りなくなったから、急遽参加してほしいという誘いでした。

〈僕〉ははっきり言って女の子に縁がなく、人づきあいもあまり得意なタイプではないんです。

それでも女の子が嫌いなわけではないので、とりあえず参加してみた合コンで、1人の女の子に目を止めます。こんな風な様子の女の子。

 髪型に特徴があり、男の子みたいに思い切ったショートカットにしていた。そのせいで色白の顔が額の生え際まで見えている。その顔にも特徴があった。いつもニコニコしていたら、それが普段の表情として定着してしまいました、というような顔立ちで、世間的にはファニーフェイスという分類になるのだろうか。美人ではないが、とにかく愛嬌のある顔立ちだった。外に比べたらはるかに薄暗い店内の一角で、彼女のその顔の部分だけが、パッと輝いているようだった。(11ページ)


歯科衛生士をしている成岡マユコ。マユコはのちに繭子だと分かります。

合コン初参加の〈僕〉はうぶな感じで、その真面目そうな態度から、NHKのアナウンサーみたいだと女の子たちにからかわれます。なんとか一次会を無難に過ごし、二次会のカラオケにも参加して楽しんだ〈僕〉。

気になる女の子に堂々とアプローチできるようなタイプの〈僕〉ではないので、そのまま成岡さんとは縁がないと諦めていると、同じメンバーで海に行こうという話が出ます。

海で一緒に遊んだことによって、成岡さんとの距離が縮まった〈僕〉。成岡さんから電話番号を教えてもらい、2人は少しずつデートを重ねるようになります。

成岡さんは、〈僕〉に色んなことを教えてくれます。メガネからコンタクトにした方がかっこいいとか、ファッションのこととか、車の運転免許はあったほうがよいとか。

そうして男として成長していく〈僕〉。付き合う内に、〈僕〉は成岡さんのことをマユと呼ぶようになります。この時〈僕〉は大学4年生で、就職先はもう内定が出ています。

やがて仕事をしている〈僕〉の話に飛んで、〈僕〉が東京に派遣されることが決まります。マユとは静岡と東京とで離ればなれになってしまうわけです。

それでも毎週、時間と労力をかけて車でマユに会いに行く〈僕〉。しかしその内に、頭もルックスもいい同期の女の子が、自分に好意を持ってくれていることが分かって・・・。

とまあそんなお話です。女の子に縁のないダサい男が、好意を持ってくれる女性と出会うことによって垢抜けていくというのは、ありがちながら、結構面白いです。

このあらすじのように、表面上はごくごく普通の恋愛小説です。初めての恋に胸ときめいた〈僕〉の心境が、時間の経過や距離という壁によって少しずつ変化していくというような。

ところがそこにはある仕掛けがあって、どんでん返しというか、結構すごいことになります。

興味を持った方は読んでみてください。単純に恋愛小説として読むと、初体験がわりとしっかり描写されるのは興味深かったですが、それ以外はさほど面白くはないです。

ただ、作品全体の仕掛けはやはり、ずば抜けて面白いものがあります。そこに注目すべき小説なのでしょう。興味を持った方は読んでみてください。