小峰元『アルキメデスは手を汚さない』 | 文学どうでしょう

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アルキメデスは手を汚さない (講談社文庫)/小峰 元

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小峰元『アルキメデスは手を汚さない』(講談社文庫)を読みました。

『アルキメデスは手を汚さない』は第19回(1973年)の江戸川乱歩賞受賞作です。結構前の受賞作ですよね。

それをなぜ今読んだかと言うと、この文庫の帯がすごく魅力的だったからです。こんなキャッチコピー。

「この小説との出会いが、本嫌いだったバカ高校生の運命を変えた」東野圭吾

『アルキメデスは手を汚さない』は、東野圭吾が作家になるきっかけになった青春ミステリらしいんです。これはもう読むしかないでしょう。本屋で見かけた時からずっと気になっていました。

ただ、これはぼくらが想像するであろう青春ミステリとは少し違いますね。学生が主人公で笑いあり涙あり恋心あり、ちょっぴり切なくてどこか爽やかなミステリ、では全然ないです。

むしろ松本清張の『点と線』を思わせる作りだったりします。『点と線』は刑事によるアリバイ崩しがメインです。犯人と思われる人物には鉄壁のアリバイがある。それをどう崩すか。

点と線 (新潮文庫)/松本 清張

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『アルキメデスは手を汚さない』は、もちろん学生もメインになりますが、どちらかと言えば、刑事が犯人を追い詰めるというミステリです。それもアリバイ崩しで。

東野圭吾の作品との関連で言えば、『赤い指』を連想させるようなところがあったりもします。具体的にどこかは書きませんが、両作品を読んだ方はなんとなく分かってもらえるかと思います。

赤い指 (講談社文庫)/東野 圭吾

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作品のあらすじ


物語はある少女の葬式から始まります。高校二年生の柴本美雪が亡くなってしまったんです。柴本家では盲腸手術の失敗で死んだということにしているんですが、クラスメイトの中では、ある噂が流れています。

柴本美雪は妊娠していて、その中絶手術をしている時に亡くなったのだと。

柴本美雪の父親の柴本健次郎は、工務店の社長をしています。工務店というのは、家を建てる仕事です。復讐の念に燃える柴本健次郎。一体誰がかわいい娘を妊娠させたのか? そいつが娘を殺したようなものだと。

柴本健次郎は娘のクラスメイトたちを集めます。するとそこで出てきたのが、柴本の会社に対する批判なんです。大きなマンションを立てたことによって、内藤という生徒の家には陽が射さなくなってしまったと。そのことを知って美雪は内藤を気の毒がっていたらしいんです。

その時、学校から電話が電話がかかってきます。柳生という生徒が内藤の弁当を食べて倒れたらしい。その弁当には毒が入れられていたんです。

なぜ柳生が内藤の弁当を食べたかと言うと、そのクラスでは弁当の売買がされているんです。売り手と買い手を仲介する生徒がいて、セリのようにして弁当を売買します。内藤は柴本健次郎に呼ばれて弁当がいらなくなったので、売りに出したというわけです。

一体誰が毒を入れたのか? なんのために?

柴本健次郎とクラスの先生の会話から、柴本美雪の死んだ時の様子が明らかにされます。柴本美雪は中絶手術後の朦朧とした意識の中で、こう呟いたらしいんです。「アルキメデス」(75ページ)と。

「アルキメデス」とは一体なんのことを表しているのか?

柴本美雪が妊娠したのは8月の始め頃という推測が成り立つんですが、その頃、柴本美雪は女の子だけの4人グループで琵琶湖に旅行に行っているんです。柴本健次郎は誰が娘を妊娠させたのか、調べさせることにします。

柴本美雪の死。弁当に入っていた毒。そしてある民家でサラリーマンの男性の死体が発見されます。はたしてこれらの事件に繋がりはあるのか? 繋がりがあるとしたら、一体どういう点で?

柴本美雪が最後まで言わなかった、妊娠させた男は一体誰なのか?

とまあそんなミステリです。物語は誰の視点に寄り添うわけでもなく、わりとばらばらの出来事のように描かれます。それはもちろん最後の方でまとまっていきます。

トリックとかはまあともかく、ストーリーとしてなかなか面白いです。「アルキメデス」をめぐる謎は最後まで読ませる力を持っていますし、特に誰が殺したのか、は二転三転する非常に面白い作りになっています。

と言うわけで、わりとおすすめの作品ではあるんですが、『アルキメデスは手を汚さない』はやはり古さを感じさせる作品でもあります。

ぼくが『アルキメデスは手を汚さない』を読みながら連想していたのは、一時期の日活の映画です。日活は石原裕次郎を主演にして、石坂洋次郎の原作をたくさん映画化していた時期があったんです。

たとえば『あいつと私』など。いや、単純にぼくが芦川いづみのことが好きというだけの選定理由なんですけどね。

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『あいつと私』は1976年の作品で、浅田けい子(芦川いづみ)と黒川三郎(石原裕次郎)のラブストーリーですが、時代を強く感じさせるものになっています。

その時代を感じさせる要素としては主に2つで、『アルキメデスは手を汚さない』と共通している部分があります。まず1つ目は性的なものに対してのオープンさが重要な問題となっていること、そして学生運動など権力との闘争がバックグラウンドにあること。

『あいつと私』では、黒川三郎はいきなりプールに突き落とされます。女性に非常に失礼なことを言ったからということで。この時期は秘められているべき性というものが、オープンにされつつある時代なんです。

結婚というものは家同士でするもの、という考えだったのが、男女の自由な恋愛という新しいものが現れてきます。そこに男女平等というか、自立しようという女性が出てきて、強い女性像が確立されていきます。

そこでセリフや考え方などで、性のオープンさともいうべきものが前面に押し出されているんです。誰とでも寝るとかそういうことではなくて、性に関するものをタブーにしないと言う態度です。目をそらさずに真っ正面から見つようとする感じでしょうか。

タブーだったことの反動もあるんでしょうけども、今から見るとわりとどうでもいいことを議論している感じが否めません。もうぼくらにとってはタブーではないものと戦っているわけで、むきになって語られれば語られるほど、かえって青くささのようなものを感じてしまいます。

性的な問題よりも重要なのは、学生運動です。『あいつと私』の中にも学生運動の場面があります。学生運動と言っても、若い世代はピンと来ないでしょうし、ぼくも感覚としては全然分かりません。

まあとりあえず構造を単純化すると、権力との戦いということになると思いますが、実は『アルキメデスは手を汚さない』という小説は、実際に学生運動を描いているわけでも、学生運動が出てくるわけでもないんですが、学生運動の本質を描いた作品なんです。詳しくは書きませんけど。

解説の香山二三郎もこの本が出た当時の時代背景として、連合赤軍の「あさま山荘事件」について触れています。

ちなみに、連合赤軍や「あさま山荘事件」について知りたい方は、映画の『突入せよ!「あさま山荘」事件』がおすすめです。

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わりと深刻で重い映画になってしまいそうなところを、意外とポップな感じというか、いいバランスのコミカル具合で描かれていて、びっくりした覚えがあります。もちろんコメディとかそういう感じではないんですが、単なる退屈な映画ではなく、見ごたえがあってとても面白い映画ですよ。

話を戻しますが、連合赤軍も学生運動も共通しているのは、ある理念を持って権力と戦うということです。この感覚がぼくらにとってはすごく分かりづらいんです。

つまり感情の問題ではないんですよ。「怒ったから殴る」とか「悲しいから泣く」というのなら分かります。しかしそうではなくて、「正しいと思うことのためになにかをする」というのは非常に分かりづらいだろうと。そこがぼくらが最も古さを感じてしまう部分だろうと思います。

『アルキメデスは手を汚さない』には古さがあるからダメと言いたいわけではなくて、その部分を問題として取り上げていて、それが非常にいいところでもあるんです。

理念が感情でほろりと解けていく様は見事としか言いようがありません。ただ、そこのよさを感じるには、ある程度の前提というか、時代背景を認識することが必要なのではないかと思います。

明日は、ようやく読み終わったコナン・ドイルの『シャーロック・ホームズの冒険』を紹介しますのでお楽しみに。