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O・ヘンリー(芹澤恵訳)『1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編』(光文社古典新訳文庫)を読みました。
こ、れ、は、面白いです! 今日は力入ってます。今年のベストかも知れません。今年のベストということは、今年読んできた本の中で一番面白いということです。
でもぼくはよくそういうことを適当に言うんで、話半分で聞き流してください(笑)。いいんですよねえ、O・ヘンリー。ぼく大好きなんです。
みなさんはO・ヘンリーをご存知でしょうか。O・ヘンリー賞という優れた短編に与えられる賞があるくらい有名なアメリカの作家です。短編を数多く書いた人です。
O・ヘンリーを知らない人でも、「最後の一葉」はなんとなく聞いたことがあるのでは?
病気の女の子がいます。窓から見える木の葉っぱがすべて落ちたら、自分も死ぬというんです。一枚一枚葉っぱは散っていく。そして嵐の来た日に・・・。いやもう書きませんけど、号泣ものですよ。うう・・・。
「賢者の贈り物」も一度聞いたら忘れられません。
若夫婦がいるんです。すごく貧乏なんですが、宝物が2つあります。旦那さんの持っている金時計と、奥さんの長く美しい髪の毛。クリスマスの日に、旦那さんにプレゼントを贈るお金がないんです。
そこで奥さんは自分の髪の毛を売って、金時計につける鎖を買います。髪の毛を切っているから、嫌われたらどうしようと、どきどきしながら旦那さんの帰りを待ちます。やがて旦那さんが帰ってきて・・・。
いやもう書きませんけど(笑)。O・ヘンリーの場合は数ページの短編なので、どんなに小説を読むのが苦手な人でも大丈夫です。本来ならあらすじの紹介などいらずに、「O・ヘンリー面白いよ」で十分なんです。みなさんぜひ読んでみてくださいね。
日本の作家でいうと、星新一に似ています。簡潔かつユーモラスな語り口、そして意外なオチ。星新一は今は児童書でもシリーズが出ていて、かなり人気があるんですよ。『星新一ショートショートセレクション』は和田誠のイラストもかわいらしくていいですよね。
ねらわれた星 (星新一ショートショートセレクション 1)/星 新一
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ぼくが図書館で働いていた時、このシリーズを全部読んじゃった子が、大人向けの星新一の文庫を読むようになっていて、すごいなあと思いました。その子がすごいのはもちろんですが、それだけ読みたい気にさせる星新一がなによりすごいです。
星新一もじっくり読み直してみたいですね。ぼくも3分の1くらいしか読んでないと思います。
星新一ファンを取り込もうと出版社も考えるわけで、同じ出版社である理論社から、こちらも同じく和田誠のイラストで『オー・ヘンリーショートストーリーセレクション』というのが全8巻で出ています。
20年後 (オー・ヘンリーショートストーリーセレクション 1)/オー ヘンリー
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ぼくはリアルタイムでこれを読んでいて、次の巻が出るのがすごく楽しみでした。新刊なのに図書館員であるぼくが借りられたということはつまり、ぼくのいた図書館では人気なかったですね、O・ヘンリー。やっぱり外国が舞台なので、子供からするとややとっつきにくいんでしょうか。
O・ヘンリーを読むなら、この子供向けのシリーズもかなり読みやすいですし、今回紹介している光文社古典新訳文庫のラインナップもかなりいいですよ。おすすめです。
新潮文庫にも大久保康雄訳の『O・ヘンリ短編集』(全3巻)があります。ぼくが読んだ時は、活字がぎっしりしていて若干読みづらかったですが、今はどうなんでしょう。新版など出ているといいんですけども。
作品のあらすじ
さてさて、まずは各短編ごとにざっと触れて、あとから総括的なことを述べようと思います。「最後の一葉」と「賢者の贈り物」は最初に触れたので、除いてあります。
「多忙な株式仲買人のロマンス」
この短編集が音楽のアルバムだとすると1曲目、あるいは野球チームだとするとトップバッター。この短編で残りの短編を読むかどうかが決まってしまうと思うんですよ。そうした重要な役割を果たす短編なんですが、その期待に応えてくれる小気味いい短編です。まさにスマッシュヒット。主人公は株式仲買人。仕事が忙しく、夢中で働いています。株を扱っているので、一分一秒を争うんですね。ある女性が秘書の面接にきますが、もう素晴らしい女性秘書がいるからと追い返します。そしてまた仕事に戻ります。ふと仕事のわずかなスキに、自分が女性秘書を恋していることに気がつきます。時間はないけれど、慌てて告白に行く株式仲買人。ところが・・・。
「献立表の春」
主人公はタイピストの女性。タイピストというのは、タイプライターを打つ仕事です。つまり手書きの文章を活字にするようなものだと思ってください。ある料理屋のメニューをタイピングしている時に、去年の夏のことを思い出します。田舎を旅行した時にある農夫と恋に落ちたんです。春になったら結婚しようという約束をしたけれど、連絡が取れなくなってしまっています。果たして彼女に幸せはやってくるでしょうか。「犠牲打」
ある作家の話です。ある出版社では、読者に近い目線を持った人に判断してもらいたいといって、一般の人に原稿を読んでもらって、評判がよければ雑誌に掲載することにしています。ある作家は自分の原稿を読むであろう女性に目をつけます。ロマンティックな内容の原稿だから、女性がロマンティックな気持ちになれば、原稿はきっと採用されるに違いない。そう考えて女性に近づきます。そして・・・。「赤い族長の身代金」
ぼくが一番好きな短編です。ある2人の悪党が悪だくみをするんです。ある町の大金持ちの子供を誘拐しようと。ところがその子供が悪ガキで、洞窟に連れて行くと怖がって泣き出すどころか、大喜びするんです。「おい、待て、憎き白人野郎。この大平原じゃ泣く子も黙る”赤い族長”の陣地に、きさまは無断で入ってこようと言うのか?」(51ページ)とインディアンごっこをはじめて、悪党2人を相手に大暴れ。子供の父親に身代金を要求すると・・・。なんともおかしい短編です。好きですねえ。「千ドル」
他の短編と読後感がやや異なる短編です。ハートウォーミングという感じよりは、主人公と同じように口笛を吹きたくなる感じです。少しさみしいような、切ないような、それでいて誇らしいような。主人公は遊び人というほどでもないですが、お金の使い方が荒い若者。千ドルの遺産を相続することになります。ただ1つ条件があって、何に使ったかを弁護士にしっかり教えなければならないんです。果たしてどんな使い方をしたのでしょうか。「伯爵と婚礼の客」
これまた面白い短編です。喪服を着ている女性がいるんです。彼女に求婚者が現れます。女性は婚約者だった伯爵を亡くして、傷ついています。男は彼女を献身的に支え、いつしか彼女の心も解けて、2人は結婚することになります。結婚式に町の大物が出席してくれることになるんですが、男は困っています。町の大物に出席してほしくない理由があるんです。果たしてその理由とは・・・?「しみったれな恋人」
百貨店の売り子と画家で億万長者の男との関係を描いた傑作です。2人には考え方の違い、環境の違い、身分の違いがありますよね。それでも恋に落ちた男は女の心をつかもうとします。うまくいっていた2人。いよいよ意を決してプロポーズをします。男は、自分と一緒だったらこんなことができると夢のような生活を語りかける。男の情熱的な言葉に女は果たしてどう答えるのか。「1ドルの価値」
これも有名な作品です。判事の元に刑務所にぶち込まれた犯罪者から復讐を匂わせる手紙が来ます。命を狙われる判事と検事。検事は判事の娘と恋人同士なんです。検事は1ドルを偽造した男を裁く裁判を手がけています。その男には偽造した1ドルを使わなければならない理由があったんです。それでも犯罪は犯罪ですよね。やがて、検事と判事の娘に命の危機が迫ります。「1ドルの価値」が明らかになるラストにぐっときます。「臆病な幽霊」
幽霊が出るという屋敷を舞台に繰り広げられる物語。ある女性が幽霊が出るという部屋に泊まります。そして幽霊の話をする。女性が幽霊の話をする裏側にもう1つのストーリーが流れているわけで、技巧としてかなり興味深い作品だと思います。「甦った改心」
こちらも代表作の1つ。凄腕の金庫破りがいるんです。足を洗って靴屋をやっています。ある女性と恋に落ち、結婚することになります。そんな金庫破りを執念深く追う刑事。ある時、恋人の家族の子供が遊んでいる内に、金庫の中に閉じ込められてしまうんです。酸素がなくなってしまえば、命が危ない。金庫破りは道具を使えば金庫を開けられますが、そうすると刑事に捕まってしまい、女性とは2度と会えなくなってしまいます。果たして金庫破りの決断は・・・?「十月と六月」
シンプルで面白い短編。大尉がある女性に結婚を申し込みますが、女性は年齢差を気にして結婚に踏み込めないんです。大尉は言葉を尽くして女性に愛を語りますが・・・。「幻の混合酒」
女性の前だと赤くなってもじもじして、天気の話しかできない若者の話。一方で2人の男がお酒を作ろうとしています。大体分かりますよね。女性の前であがってしまう男とお酒です。この組み合わせで一体どんな物語になるのか。ベタですが、面白いです。「楽園の短期滞在客」
ブロードウェイの高級ホテル。お金持ちが集まるホテルで、2人の大金持ちの男女が恋に落ちます。旅先での豪華な暮らしを話し合う。乗らなければならない船が出る日が近づいてきた時、マダムが1ドル紙幣を取り出して、思いもよらぬ告白を始めます。「サボテン」
面白くも悲しい話です。ある種の教訓を学べる話とも言えます。恋に落ちている男女。男は女にプロポーズします。次の日、女はサボテンを男に贈ります。果たしてサボテンの意味とは一体?「意中の人」
この短編もぼくは相当好きですねえ。ある男が探偵に女の住所を突き止めさせます。女の元を訪ねて行った男は、自分の家に来てくれるように頼むんですが、女はなかなか色よい返事をしません。男の家にはもうすでに他の女がいるわけで、そこに割り込むわけにはいかないというんです。男は女を追い出すことを約束して家に帰ります。そして・・・。「靴」
とてもユニークかつユーモラスな話。南の国で領事をしている男の元に故郷から手紙が来ます。暑くて適当に返事を書きます。すると、大量に靴を仕入れた男がやって来ます。南の国でみんな靴を履いていないというから、これはビジネスチャンスだと意気揚々。その商売人の娘のことが好きな領事は大量の靴をどうすればいいかと頭をひねって・・・。「心と手」
これも代表作の1つかつ、一度読むと決して忘れられない話。O・ヘンリーの真骨頂とも言える作品だろうと思います。ある電車の中、刑事と囚人が座っています。手錠で繋がれた2人。そこへ女性がやって来ます。刑事の昔の知り合いなんです。2人は親しげに話をします。そして・・・。「水車のある教会」
ある神父が粉屋だったころの話。水車で粉挽きをして幸せに暮らしていた一家。ところがある時、幼い娘が行方不明になってしまいます。やがて神父になった男の元にたまたま1人の女性がやってきます。この女性が娘だったらいい話なんですが、ちゃんと別に両親がいる女性。この女性に困ったことが起きて・・・。「ミス・マーサのパン」
傑作中の傑作です。パン屋で働いている女性。毎日パンを買いにくる男がいるんです。なにをしているかは分かりませんが、汚れている指先などから、売れない画家だろうと見当がつきます。安いパンしか買えないんです。女は段々男のことが気になってきて、ある時こっそりパンにバターを塗ってあげます。少しでも満足の行く食事ができるように。果たして2人の恋の行方は?「二十年後」
警官が夜の町を歩いていると1人の男と出会います。その男は20年前に再会を約束して別れた親友と会う約束をしたというんです。待ち合わせ場所のレストランはもうなくなってしまっていますが、ともかく20年ぶりの再会を心待ちにしています。やがて待ち合わせ相手がやってきて・・・。「警官と讃美歌」
寒い冬の日。男は〈島〉に行こうと考えます。つまり、ちょっとだけ悪いことをして警察につかまってしまえば、3食の食事と暖かい寝床が用意されるというわけです。ガラスに石を投げて割ります。ところがまさかガラスを割った犯人がぼんやり警察が来るのを待っているわけはないと思うから、警察は怪しげな男を追いかけて行きます。傘を盗んだり、ナンパをしたりするがうまくいかない。やけになった男はやがて・・・。とまあそうした23編が収められています。いずれも甲乙つけがたい面白さですが、ぼくが特に好きなのは、「赤い族長の身代金」と「警官と讃美歌」ですね。みなさんはどの短編がお好きでしょうか。
O・ヘンリーの短編は基本的にはハートウォーミングな作風が多いです。つまり心があったかくなる話。意外なオチというだけではなくて、それがすごく読んでいて幸せな気持ちになるラストなんです。
技法的に言うと、いわゆる叙述トリックというやつがよく使われています。叙述トリックというのは、文章で作者が読者を騙すものです。一番分かりやすいので言うと、男だと思わせてずっと書いていて、実は女だったとかそういうことです。
描かれている物事が実は真相とは違っていて、そこにびっくりさせられるわけです。中には構造が見え隠れする短編もあって、オチが分かってしまうこともあるんですが、それでもやっぱり面白いです。何度読んでも楽しめる作品が多いのは、どことなく突き放したようでありながら、ユーモラスな語り口が魅力的だからでしょう。
O・ヘンリーは本当におすすめなので、みなさんぜひ読んでみてくださいね。
おすすめの関連作品
それではリンクをいくつか。
ぼくはこの短編集を読んでいて、思い出していたのは手塚治虫の『ブラック・ジャック』です。手塚治虫は神様のように持ち上げられすぎなところがあって、なんの批判もされなさすぎだと思ったりもしますが、『ブラック・ジャック』はやはり相当面白いです。まだ読んだことのない方はぜひ読んでみてください。
ブラック・ジャック The Complete seventeen Volume set 全17.../手塚 治虫
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『ブラック・ジャック』は基本的なベースは復讐譚です。ある爆発事故で母親を亡くし、自分はツギハギだらけになってしまいます。その爆発事故を起こしてしまった人々を見つけ出し、裁いていくというのがストーリーラインとしてあります。ほとんど忘れ去られてますけど。
自分を助けてくれた医者に憧れて、ブラック・ジャックは無免許ながら凄腕の医者になります。膨大なお金を請求するダークなキャラクターでありつつ、根底にはあたたかな人情味があるんです。突き放すようで助け、助けるようで突き放す、複雑なキャラクター。ピノコという娘のようなキャラクターとのやり取りも愉快で心温まります。
『ブラック・ジャック』の内容に触れているスペースはないですが、1つだけ言っておきたいのは、『ブラック・ジャック』には省略の美学があるということです。今のマンガと比較すると、コマとコマが時間的にも内容的にもかなり飛んでいます。ところがそれがかえって効果的なんですね。これはぜひ読んでみてください。
『ブラック・ジャック』もO・ヘンリーのように、基本的には短編の集まりです。すごく面白いマンガですので、機会があればぜひぜひ。
映画をいくつか。O・ヘンリーに似ているハートウォーミングさといえば、かなり古いですが、やはりフランク・キャプラ監督だろうと思います。3本簡単に紹介します。『素晴らしき哉、人生!』『スミス都へ行く』『オペラハット』です。
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『素晴らしき哉、人生!』は三谷幸喜監督の『ステきな金縛り』に少し出ていましたね。自殺をしようとした男の前に天使が現れて、自分がいなかった場合の出来事を見させられるという物語です。
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『スミス都へ行く』は、政治に関心のない若者が、ひょんなことから政治家になり、こんなことはおかしいよということに立ち向かって行く物語です。
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これが一番おすすめかもしれません。『オペラハット』はある田舎者が、莫大な遺産を相続することになって、都会にやってきます。ゴシップを仕入れようと腹黒い女性記者が近づいてきます。この2人のラブストーリーでもあります。都会と田舎が対比構造になっていて、純粋な心とまっすぐな姿勢が胸を打つ感動作です。アダム・サンドラー主演で『Mr.ディーズ』としてリメイクもされていて、そちらも面白いです。
フランク・キャプラ監督はぼくがとても好きな監督なので、ぜひ観てみてください。どれも心があったかくなって、ぼくらに希望と勇気をくれる映画です。