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オスカー・ワイルド(仁木めぐみ訳)『ドリアン・グレイの肖像』を読みました。
これはかなりおすすめの小説です。面白いです。おすすめポイントが2つあって、まず設定とストーリーが抜群に面白いこと。シンプルながら、いまだにすごいです。それから、悪徳について深く考えるきっかけになるということ。
以前、スティーヴンスンの『ジーキル博士とハイド氏』を紹介しました。『ジーキル博士とハイド氏』は知っている人は知っている、あれの話ですが、それと同じくらい『ドリアン・グレイの肖像』も知っている人は知っている、インパクトのある作品です。
もし『ドリアン・グレイの肖像』の名前を聞いたことがない人は、ある意味大チャンスです。もうこのブログ記事すら読まずに、文庫本の裏表紙も読まずに、何の前情報も入れずに読んだ方がいいですよ。さあ本屋さんへゴー!
このブログではネタバレてきなことには、あまり触れないようにはしてますが、あらすじ紹介の時にどうしても少しは触れずにはいられないと思うんです。文章的には読みやすいですので、安心して読みはじめてください。
『ドリアン・グレイの肖像』は設定が面白いので、アメコミ原作のこんな映画にも登場しています。『リーグ・オブ・レジェンド』というやつです。
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『リーグ・オブ・レジェンド』は映画的にはそれほどおすすめでもないですが、トム・ソーヤーや透明人間、ネモ船長など、様々な小説のキャラクターが出てくるので、そういった意味で面白いです。
映画を観たよとか、話はなんとなく知ってるやという人も、ぜひ読んでみてください。設定とストーリーも抜群に面白いですが、もう1つ、悪徳を描いた小説という側面があるんです。
人間が堕落して、詳しくは書かれていませんが、周りにひどいことをする。なぜそういうひどいことをする気になったのか、そして悪徳ということ自体が、この世においてどういう意味を持つのか、そういったことを考えさせられる作品なんです。
功利主義のベンサムは、正しい行為は「最大多数の最大幸福」をもたらすものだと言いましたが、自分自身の欲望を求めていっても、それが他人を傷つけたらダメなわけですよね。みんなが自分勝手に生きたら、社会は成立していかない。
ところがもし、何もかも許される人がいたなら? 自分の欲望のままに、自分の権力を行使できる人がいたなら? 自分がそういう立場になったなら、みなさんならどうしますか? 悪徳には甘美な響きがあります。それは客観的に見たら悪の道を歩いていくことで、「最大多数の最大幸福」には反します。あくまで自分自身の欲望が叶えられていくだけです。
でも自分の人生は一度きり。好きなことを好きなようにしたい。好きなことを好きなようにできることこそが、人間にとって一番幸せなことではないかという気もしませんか? ぼくは少しします。なかなかそうできないのが現実ですが。うまく周りと折り合いをつけながらやっていけたら、それが一番いい。
読者は物語を読みながら、そうした色々なことを考えさせられます。こうした部分はストーリーを越えて面白いところです。
作品のあらすじ
物語に登場するのは、主に3人。この3人だけ覚えれば大丈夫です。まずはドリアン・グレイという青年。両親は早くに亡くなってしまっていますが、いい身分に産まれ、類いまれなる美貌に恵まれています。
それから、バジル・ホールワードという画家。ホールワードは、ドリアン・グレイを自分の想像力の源として崇めたて、絵のモデルになってもらいます。
そして、ヘンリー・ウォットン卿という人物。ある意味において、ヘンリー卿はこの小説の中で最も重要な人物です。光文社古典新訳文庫の裏表紙のあらすじには、「快楽主義者」と書かれていますが、「快楽主義者」というのが具体的になにを意味するのか、よく分かりづらいですよね。小説を読んでも、ヘンリー卿がなぜそうした考えを持っているかはよく分からない。
ただ、このヘンリー卿が純粋なドリアン・グレイに悪徳を吹き込むんです。最初は言葉によって。それからドリアン・グレイに本を贈ります。その悪徳が書かれた本は、ドリアン・グレイに多大な影響を与えます。
ヘンリー卿が師匠、ドリアン・グレイが弟子のような関係性です。たとえばトゥルゲーネフの『父と子』におけるバザーロフとアルカージイの関係性に似てますが、一番よく分かりやすいのが、『スター・ウォーズ』における、シスとアナキン・スカイウォーカーの関係に近いです。あれ? 余計分かりにくくなりましたか?
ともかく、悪徳をそそのかす側と、純粋な心を持ちながら、悪徳に染まっていく側がいるということです。
物語はホールワードのアトリエから始まります。美しい肖像画を見ているホールワードとヘンリー卿。ホールワードはその肖像画が自分の最高傑作だと言うんです。芸術家としての心を奪われ、魂込めて描いている作品であると。
ヘンリー卿はその肖像画に描かれている美しい青年の名前がドリアン・グレイだと知ります。ところがホールワードは、ドリアン・グレイとヘンリー卿を会わせたくないと思っているんです。純粋無垢なドリアン・グレイにヘンリー卿の影響を与えたくないから。
そこへ、執事がやってきます。ドリアン・グレイがやって来たことを告げに。
ヘンリー卿はドリアン・グレイの美貌と若さを賛美し、同時にそれはいつか失われるということを告げます。そんなことを考えたこともなかったドリアン・グレイに。そう言われなければ、いつしかそういうものだと受け止めていたかもしれないのに。ドリアン・グレイが衝撃を受けた場面はこんな風に書かれています。
ドリアン・グレイは驚嘆して目を見開きながら聞いていた。彼の手のライラックの小枝が砂利の上に落ちた。毛に覆われた蜜蜂が飛んできて、しばらくあたりを飛び回っていた。やがて蜂は放射状に集まっている小さな花の上をあちこち這いまわりはじめる。ドリアンは、きわめて重要でおそろしいことや、どう表現していいかわからない新しい感情を見つけたとき、あるいはぞっとするような考えが不意に脳裏に浮かんできて降服を求めているときに、人が些細なものに集中しようとして抱く奇妙な関心を持って蜂を見つめた。しばらくすると蜂は飛び去っていった。ドリアンはそれが真紅の昼顔の斑点のあるラッパ状の花の中にもぐりこんでいくのを見た。花は一瞬、小刻みに震え、それからゆらゆらと大きく揺れた。(51~52ページ)
ドリアン・グレイは完成した自分の肖像画を目にして、その美しさに心打たれます。そしてある願いを口にします。この願いについては伏せておきますね。
やがて、肖像画はドリアン・グレイのものになります。ドリアン・グレイはそれからも、ヘンリー卿との距離を縮めていきます。
そしてドリアン・グレイは恋に落ちます。相手は若く、美しく、魅力的な女優、シビル。シビルはドリアン・グレイのことを「プリンス・チャーミング」と呼び、自分の情熱のすべてを注ぎます。身分の差はありますが、愛しあう2人。
ドリアン・グレイは自分の恋人を紹介したくて、ヘンリー卿とホールワードを劇場に連れていきます。演目は『ロミオとジュリエット』。ところが、ジュリエットを演じるシビルの演技がとても下手くそなんです。それはそれはひどいもので、ドリアン・グレイはびっくりする。
シビルは演技が元々下手だったわけではなくて、ドリアン・グレイを愛して、本当の愛を知ってしまったがために、作り物の愛情の演技ができなくなってしまったんです。今までは劇場での演技がシビルのすべてだったので、ジュリエットの気持ちになって、ロミオを愛することができた。ところがもうロミオは単なる作り物にしか見えないわけです。
がっかりし、幻滅したドリアン・グレイ。そこからある出来事が起こります。残酷で悲劇的な出来事が。ドリアン・グレイが家に帰って、ふと自分の肖像画を見ると、奇妙に変化しているように感じられます。口元に残酷さが浮かんでいるような・・・。
ドリアン・グレイと肖像画の関係に触れるのはそこまでにしておきます。ここでドリアン・グレイはある選択を迫られます。そして、ある方向に大きな一歩を踏み出します。そう、悪徳の道に。後半、ドリアン・グレイのキャラクターは大きく変化します。
やがて起こるさらなる事件。そして「プリンス・チャーミング」の存在を探す謎の影。悪徳の道を歩んでいったドリアン・グレイの奇妙な運命はいかに!?
とまあそんなお話です。設定、ストーリーは『世にも奇妙な物語』みたいな感じで、ユニークかつ幻想的で引き込まれますし、悪徳について考えさせられるのも面白いです。
興味を持った方はぜひ読んでみてください。かなり面白い小説ですよ。おすすめです。