2014年 インドネシア旅行・10 散歩
一昨日の「ちょっと真面目な話(笑)」の続き、というか、補足。
理研CDBのユニットリーダー女性研究員だけが単独で研究不正、と断罪されたおかしな結論であるが、
当該論文をちょこっと覗いてみた。
http://dx.doi.org/10.1038%2Fnature12968
Obokata, H.; Wakayama, T.; Sasai, Y.; Kojima, K.; Vacanti, M. P.; Niwa, H.; Yamato, M.; Vacanti, C. A. (2014-01-30). “Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency”. Nature 505: 641?647.
http://dx.doi.org/10.1038%2Fnature12969
Obokata, H.; Sasai, Y.; Niwa, H.; Kadota, M.; Andrabi, M.; Takata, N.; Tokoro, M.; Terashita, Y.; Yonemura, S.; Vacanti, C. A.; Wakayama, T. (2014-01-30). “Bidirectional developmental potential in reprogrammed cells with acquired pluripotency”. Nature 505: 676?680.
その前に、、、、
こういう学術論文、研究論文、というのは、必ず「著者」がいて、その著者の「掲載順」が、実は非常に重要なのである。
例えば、上記のネイチャー掲載論文の「著者」は、
Obokata, H.; Wakayama, T.; Sasai, Y.; Kojima, K.; Vacanti, M. P.; Niwa, H.; Yamato, M.; Vacanti, C. A.
の順に並んでいる。
もう一方は、
Obokata, H.; Sasai, Y.; Niwa, H.; Kadota, M.; Andrabi, M.; Takata, N.; Tokoro, M.; Terashita, Y.; Yonemura, S.; Vacanti, C. A.; Wakayama, T.
の順である。
研究論文を書いて投稿する際、
その研究のメインの研究者または最もその研究に貢献した研究者が、著者の一番目になる。
(これを、第一著者、または、First author (略してファースト)、と呼ぶ)
その研究に、第一著者の次に貢献した研究者が、著者の二番目になる。
(同様に、第二著者、または、Second author (略してセカンド)、と呼ぶ)
同様に三番目、四番目、、、、と続き、
著者の最後に名を連ねる研究者は、最も貢献が低かった者、ではなく、、、、、実は「その研究論文に対する責任者」である。
なので、たいてい、論文には「この論文内容に関する連絡先」として、著者の最後に名を連ねる者つまり研究責任者の連絡先とメールアドレスが付されている。
ということは、この2本の論文について、
第一著者、つまり、メイン研究者は、いずれも「Obokata, H.」であるが、
研究責任者は、それぞれ「Vacanti, C. A.」と「Wakayama, T.」である。
この2名に研究不正の責任なし、として、第一著者となった女性研究員だけに責任をなすりつける、というのも、到底意味がわからない納得し難いものである。
この話は、ここまでにしたい。
本ブログは、私のドタバタ旅行記をメインとした、おちゃらけブログなのでwww
「2014年インドネシア旅行・10 散歩」 2014年3月5日
スラバヤの朝・・・・
宿泊ホテルであるミッドタウン・ホテル(Hotel Midtown) の15階からの、市内の眺め。
インドネシア第二の都市ではあるが、首都ジャカルタほど、高層ビルが林立しているわけでもない。
それでも高層ビルも増えつつある感じ。
(第三の都市メダンには行ったことないけど、ジャカルタ、スラバヤ以外の都市は、見事に高層ビルがほとんどない。ホントに平べったい感じに見える。)
スラバヤのほうが、ジャカルタよりも空気もキレイだし、渋滞もジャカルタほど酷くはない。
でも、ジャカルタ以上に、見所が少ない・・・・苦笑
スラバヤには、スラバヤ動物園という東南アジア最大級の動物園があります。
当然、インドネシアで最大規模です。
しかし、(日本の新聞でも時々載ってますが)スラバヤ動物園は、今は動物版アウシュビッツ収容所状態。
年間何十頭もの動物が奇怪な死に方をしており、管理が最悪な状態だそうで。
そんなとこ、当然、行きたくもないわけで・・・・・。
ミッドタウン・ホテルの朝食バイキングの評判がよかったので、楽しみにしていたのですが・・・・・
思い切り寝坊をかまし、起きたら朝10:30。
朝食は10:00まで・・・・
1階のレストランに行ってみるも、すでに片付けられた後(苦笑)
仕方なく、また、トゥンジュンガン・プラザ(Tunjungan Plaza) の5階フードコートへ。
ナシ・リウ(Nasi Liwet・左)と、クイティオ・ゴレン(Kwetiau goreng・右)
とりあえず麺ものが食べたくて、焼きソバならぬ焼きクイティオ(米麺)を。
あと、メニュー表にナシ・リウが載っていたので、2年前にソロ(Solo)のレセハン(Lesehan)で食べて 以来で懐かしかったので、つい注文。
しか~し・・・・・
クイティオ・ゴレンは、米麺のくせにコシが全然なくて、箸でつまんだだけでプチプチ切れる・・・・
そんなコシのない米麺、当然、美味くないわけで。。。。
ナシ・リウも、ただのココナッツ飯、しかも、味気もクソもなく、パッサパサ。
2年前にソロ(Solo)で食ったナシ・リウ とは味も雲泥の差(苦笑)
こりゃあ、自分で作ったもの(その1 、その2 )のほうが断然美味いわ・・・・(-""-;)
トゥンジュンガン・プラザのフードコート、結局、当たりは全然なし(苦笑)
まだ昨年のスラバヤ のほうが、全然マシ・・・・汗
文句言いながらも、腹ごしらえをして、、、、
炎天下(と言っても真夏の大阪・東京よりは断然マシ)を東に、スラバヤ・グブン駅に向かって歩いてみました。
観光案内所。
特に目ぼしい情報なし。
さらに東へ歩くと、プラザ・スラバヤ。
ちょっとばかり、この中で休憩。
クールダウンして、また東へ、あとちょっと歩いたところに、、、、、
昨年、行きそびれた場所、
Monumen Kapal Selam
Monumen:モニュメント Kapal Selam:潜水艦
つまり、潜水艦モニュメント。
この小さな小屋が、入場券売り場。
たしか、6.000,‐ルピア(約60円)か、8.000,‐ルピア(約80円)程度。
なぜか、この旧式潜水艦に遠足?社会見学?に来てる中学生・・・・
(とりあえず、この中学生御一行のあとについて私も艦内に。)
この旧式(というか、第二次大戦前後の主流の型)潜水艦の正体は・・・・
潜水艦Pasopati号
旧ソ連製・ウィスキー級SS型通常動力潜水艦
(スカルノ時代末期、インドネシアが共産主義に傾きかけてソ連(当時)に接近していた経緯から、ソ連から14隻がインドネシアに輸入された)
中に入ってみました。
艦首側、前部魚雷発射室。魚雷発射管が4門。
とにかく、中は、狭い!!
(こんなクソ狭い密室に兵員54人(最大)詰め込んで、何日も海に潜ってたら、精神に異常をきたすって。)
一般兵員居住区
当時は通常、兵員は3交代制で、この粗末なベッドも1つで3名が交代で使用・・・・
こりゃ、キッツいなあ・・・・
歴代艦長、、、、っぽい。
Rumah Komandan (艦長室)
艦長には個室があるけど、これも、狭っ!!
戦争映画ではよく見てた、水密区画を行き来する穴。
区画間はこの穴を行き来する。戦闘中や爆雷被弾中はここを締め切ってしまう・・・・
腰の悪い私がこの穴をいくつも通り抜けるのは、ホントにツラかった・・・苦笑
音響解析室??
また(通るのに)疲れる穴・・・・
司令室と潜望鏡
機関室
最後の通り穴・・・
(通り穴がいかに小さいかわかっていただけるかと・・・・)
艦尾側、後部魚雷発射管室。魚雷発射管2本。
(旧式潜水艦は艦首と艦尾に魚雷発射管を設けるのが主流でしたが、現代の潜水艦は艦首に集中させている型がほとんど。)
潜水艦内の見学って、意外と疲れる・・・・・
(館内は一応、冷房は効いています)
再び散歩・・・・
スラバヤ・グブン駅(Stasiun Surabaya Gubeng)に到着。
本当は、時間があれば、ここから列車に乗って、高原都市マラン(Malang)とか、スカルノの墓と記念館があるブリタール(Blitar)に行きたいのですが、それは、またの機会に。。。
この駅の周囲には・・・・・
「焼肉のハナマサ」が一軒あるくらい(苦笑)
引き返し、先ほどのプラザ・スラバヤ内のダンキンドーナツで休憩していると、急に雲行きが怪しくなってきたので、慌ててタクシーを捕まえてホテルに帰投。
(ホテルに戻ってしばらくすると、予想通り、激しい雨が)
つづく・・・・
(次回、スラバヤからバンドゥンへ)