美しい者の毒々しさと孤独感に焦点を当て女の生き方を鋭く切り取る。
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『ホワイト・オランダー』 2002年アメリカ
監督・出演:ピーター・コズミンスキー 原作:ジャネット・フィッチ
【story】 父親を知らずに育った15歳のアストリッドは、美しく才能豊かなアーティストの母イングリッドを無条件で崇拝していた。深い信頼関係を築いていたはずの母娘ふたりの生活は、ある夏の日、突然に終止符が打たれた。母イングリッドが恋人殺しの罪で投獄され、終身刑を言い渡されたのだ。天外孤独の身となったアストリッドは福祉事務所に引き取られ、それから3年の間、3人の里親の元を転々とする運命を背負わされることに。独善的な母親が刑務所の中からでさえ娘に押し付けてくる利己的な愛、離れて暮らすうちに母親の愛が完璧ではなかったことにやがて気付いていく娘。母親の毒々しい強い愛の呪縛から逃れたいと願うようになる娘は、もう2度と会わないと母に別れを告げ・・。

シネマな時間に考察を。-w5.gif ◆過去に秘密を持つ、凛とした美しさを咲き誇る強い母、イングリッド。母の美しさとアーティストとしての才能に憧れる15歳の娘アストリッド。事件後、福祉施設に移った彼女の最初の里親となるのは、派手な美貌の元ストリッパーでクリスチャンとなったスター。売れない女優で心優しいが、不在がちの夫との生活に不満と孤独を抱える2番目の里親、クレア。福祉施設から引き取った子供を商売に利用する、3番目の里親はロシア系移民のレナ。5人の女性達それぞれの視点を実に繊細に、静かながらにも力強く浮き彫りにし、女の人生をシリアスに見つめたヒューマン・ドラマ。5人の女優達の演技力、それは芝居ががった演技というのではなく、内側から滲み出る孤独感や様々な葛藤、愛を求めて止まない女心を見せつけられた。観客は、ただひとりの主人公の人生に寄り添うのでなく、女として生きている以上、起こりうるそれぞれの人生を静かに見つめ、それぞれの気持ちを察し、女である以上、強く美しく生きていかねばならないのだと思い改めさせられる。 しかし同時に、強すぎること、美しくありすぎることは時として自らを、そして愛を向けるその人をも滅ぼしてしまうことになる“毒”となりうるのだ、ということも。
シネマな時間に考察を。-w4.gif ◆最初の里親、スター。過去の罪滅ぼしに教会に通い、神を信じることで救われたと言って、同じ年頃の娘がいるにもかかわらずアストリッドを里子に迎え入れる偽善的な面を持つ女性。アストリッドはスターに影響されて洗礼を受け、十字架のペンダントを胸につけるようになるが、刑務所にいる母は目ざとくそれを指摘し、「自分の頭で物を考えずに宗教に頼るような人物を信じてはダメ」と諭す。自分の元を離れて別の女性と暮らすようになった娘が他人の価値観に染められていく様子に気が気じゃない母親の気持ちはよく分かる。それにしても絶対的な自信を含むイングリッドの口調には恐ろしい程の力がある。しかしこの時のアストリッドはまだその母親の呪縛に疑問を持っていない。面会の帰り道、彼女は十字架のネックレスを引きちぎった。一方スターは、同棲相手の男にアストリッドが色目を使っていると勘ぐり、再び酒に溺れるように。美しい外見を持つがゆえに日々年を取っていく自分に不安が募り、若さと美を同時に持つアストリッドに激しく嫉妬したのだ。そしてとうとう発狂したスターは、アストリッドを銃で撃ってしまう。命は助かったが里親を失ったアストリッドは、2番目の里親の元に引き取られていく。
シネマな時間に考察を。-w2.gif ◆海辺の大きな家に住む、気立てが良く人当たりの優しい女優のクレアは、里子に迎え入れたアストリッドとは友達同志のような、姉妹のような柔らかで穏やかな関係を築いていく。アストリッドはクレアを優しい女性として見ていたが、密かにクレアと手紙のやりとりをしていた母イングリッドは、クレアを面会によこし、彼女の弱さと脆さをズバっと指摘、娘にはクレアのような弱い女と一緒に居てはダメ、今すぐ家を出なさいと忠告する。その晩、夫に強気で訴えるクレアだったが、夫が家を出てしまい、取り残されたクレアは睡眠自殺を図った。「あなたは彼女の自殺の見張り番だったのよ」と言う母の冷徹さに耐えられなくなったアストリッドは「もう2度と面会には来ない」と言い捨て、再び福祉施設に舞い戻る。この頃になるとアストリッドは気付いていく。母の独善的で一方的な愛の形を。手に入れられないものなど何もなかった母は、娘の人生も当然その手の中に所有しておきたいのだ。自分は母の所有物ではない。自分には自分の生き方やモノゴトの考え方を選択する権利があるはずだと。そして同時に、里親となる女性達もまた、善意だけで里子を受け入れるのではないことにも気付いていく。そうして彼女は3番目の里親を自分で選ぶことになる。
シネマな時間に考察を。-w3.gif ◆ロシア系移民のレナは里子に引き取った数人の女の子を非合法な商売に利用する女性。金持ちの家のゴミをあさり、品物をフリーマーケットで売りさばく。レナや他の女の子に影響され、アストリッドはブロンドの髪を黒く染め、真っ黒のメイクに真っ黒の服を身に着け、煙草をくわえるようになる。しかし確かにレナによって彼女には生きていく上で必要な逞しさを身につけたようでもあった。あれ以来母の元を訪れていないアストリッドだったが、裁判の証人として娘に証言を望むイングリッドの弁護士に引き連れられ、変わり果てた格好で母と再会することに。これにはさすがのイングリッドも目を丸くし、「ここを出たらこれまでのことをつぐなうわ」と彼女らしくもないことを言う。しかしアストリッドは実の母親の懇願を「トレード」と呼び、さっさと彼女の元を去っていくのだった。ところで、福祉施設にはイラストの得意なポールという少年がおり、彼はいつでもそっとアストリッドを見守ってきた男の子。彼女もまた彼には心を開き、友情に似た関係を築いていたが、クレアの死に傷つき施設に戻ってきた時にはポールにさえも向き合わず、そのまま彼はNYへ行ってしまった。そして今、彼の存在の必要性を感じたアストリッドはNYまで彼に会いに行く。アストリッドが初めて施設にやってきた日に彼女の絵をほめるポール、スターの家から施設に舞い戻ったアストリッドを海辺に誘って語り合うポール、クレアの家に行くことになった彼女に一緒にNYへ来てくれないかと申し出るポール、以前の面影もないほどに変わり果てたアストリッドとNYで再会した時も優しく出迎えたポール。母親の元を離れ、里親の元を転々としながら一緒に暮らす女性達に影響されて見た目も言葉遣いも変っていったアストリッドとは対照的に、彼だけはいつでもずっと変らないまま、最初と同じ優しいまなざしでアストリッドを見守っていた。移り気で繊細で変りやすい女にはやはり安定感のある男が必要なのだ。ありのままの自分を受け入れてくれる広い心の男性が。作中におけるポールは静かなる存在だったが、そういった落ちつきのある男性的な存在を象徴していたのかも。
シネマな時間に考察を。-w.gif ■イングリッドを演じたミシェル・ファイファーは、凛とした強さと美しさを全身に漲らせ、まさしくホワイト・オランダーの花そのもののようであった。■オーディションで選ばれたというアストリッド役のアリソン・ローマンも素晴らしい。大物女優に1歩もひけを取らない堂々とした演技で、多感な少女が3年に渡るシリアスな運命に翻弄されながら変貌していく女性の姿を見事に演じ切っていた。■女の繊細な脆さを抱えながらもギリギリのところでバランスを取りながら明るく振る舞うクレアの役柄を演じたレニー・ゼルウィガーはまさしくハマリ役だった。■アストリッドを見守り続けるポール役の青年は、『あの頃ペニー・レインと』で注目されたあのパトリック・フュジットが扮している。

■構成としては、所々に見られる「省略法」が効いている。また、事件の様子を必要に応じてフラッシュバック的に挿入する手法で、アストリッドとイングリッドの共有する秘密を誇張し、一種のスリルと不安を掻き立てられる。アストリッドがなんとなく記憶にある女性の顔を度々スケッチする場面があるが、その女性が誰であったのかを知ることになるシークエンスも見応えがあった。ただ、裁判での証言をめぐる母と娘の“トレード”の部分がどういうことなのか個人的に理解できなくて残念。冒頭と最後に映し出されるアストリッド作の“トランクのオブジェ”、これはもっとじっくり見たかった!この他にもアーティストの母イングリッドが手掛ける様々なアート作品も興味深く、見るだけで楽しめる。女性達はブロンドヘアの美人ぞろいで、キーワードとなる夾竹桃も白く美しい花。だがこの作品が描くのは、そういう美しいものが持ち得る毒々しさと孤独感に焦点を当てて女の生き方を鋭く切り取っており、それにはきっと、全女性達へ向けた人生サバイバル的な応援メッセージも込められているに違いない。女である以上、強く、優しく、美しく。愛し、愛され、生きていく。


2003年2月26日OS劇場にて鑑賞