珈琲の香りと紫烟の中で・・・・・
夢は枯野を -競輪躁鬱旅行ー   伊集院 静 1993年



 作家、作詞家、CMディレクター、他さまざまな顔を持つ伊集院静さんの「競輪旅打ち戦記」です。1987年(小倉)~1989年(一宮)までの「特別競輪」(現G1)や「記念競輪」(現G3)などを旅打ちしながら綴っています。「旅打ち」と言っても競輪の話ばかりでなく、その土地で出会った人や、一緒に同行していた加納典明さんの事、競輪選手との交流などいろいろ楽しめます。

 この旅打ちを始める2年前に、あの夏目雅子さんが亡くなり、まだ悲しみの中を彷徨ってる伊集院さんの姿が、文章としては一切書かれていませんが、読んでる人にはすごく伝わってくると思います。

 しかし、競輪を知らない人や最近競輪ファンになった人には、文中に出てくる「競輪選手名」がわからないと思うので、面白さが半減してしまうかもしれません。でも、それを抜きにしても、伊集院さんの文体から伝わる上品な語り口や、文章から滲み出る伊集院さん自身の物静かな雰囲気などは十分楽しめるのではないかと思います。


 1991年(平成3年)高松競輪場で第34回オールスター競輪が開催された時、トップスター選手の迫力あるレースを目の当たりにし、大興奮だった当時21歳の私は、選手に握手して貰おうとレース終了後に裏門で選手が出てくるのを”待ち伏せ”してました。「ミスター競輪」中野浩一選手がアートネィチャーをつけずに出てきた事や「怪物」滝澤正光選手がすごく大きかった事など、いろんな思い出がありますが、中でも一番思い出に残ってるのは、裏門からひょっこり顔を出して「滝澤君!明日頑張れよ。」と言った伊集院さんでした。一瞬しか顔を見れなかったのですが、滝澤選手に話しかけた優しい口調とステキな笑顔は今でも私の脳裏から離れません。