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1.新人アルバイト募集してます

『未経験者・学生大歓迎! 異世界の役所で働いてみませんか? 優しい先輩と上司があなたを優しく優しく指導します!』



「……なんて紹介文で人が来るわけあるかぁ! 何でこんなチラシを作ったのよ私の馬鹿馬鹿馬鹿―――――!!!!」

 大量のチラシをアスファルトの地面に叩き付けてヘリオドールは絶叫した。時刻は午後四時で場所は住宅街。買い物帰りの主婦が訝しげに彼女へ視線を送りつつも、関わりたくないので足早に通り過ぎていく。
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審人物扱いした原因は外見にもあった。黒いとんがり帽子に全身すっぽり包んだ菫色のローブを身に付けた姿はどこから見ても魔女だ。髪をピンク色に染めた若い女性がコスプレをして、チラシを道端に叩き付けていたら誰だって引くだろう。避けるだろう。ご丁寧に目には金色のカラコンも装着済みである。その場に崩れ落ちたヘリオドールに視線を向けても声を掛ける猛者は、この閑静な住宅街には存在はしなかった。
 ちなみに髪も目も生まれつきこの色だ。

「大体どうして私がこんな事しなくちゃならないのよ……」

 少し前まではこんな魔法や魔物が存在しない世界にまで来て勧誘活動をしなくても、いくらでも応募者はいた。むしろ、職員の誰かが辞めて空席が出来るのを待っていたくらいだ。
 それが新しい所長になった途端、この有り様である。

「あんのクソエロジジィが……!!」

 老若男女問わず愛されてきた穏やかで優しい前の所長の有り難みがよく分かる。強大な魔力を誇り、数年前までは城で大臣として働いていた新所長はとんだスケベジジィだった。

 子供のような性格をしていて女性職員の胸や尻を撫でて揉むのは日常茶飯事。シャワー室を覗きに来たり帰宅しようとする職員の家に指導したいと言って押し掛ける時もある。
 被害は女性職員だけではなく、男性職員にも起きていた。社内恋愛が発覚すれば自分が面白くないので、若くてモテそうな男にさりげない嫌がらせを繰り返した。
 結果、まともで外見の良い職員は次々と退職していった。

 これはまずい。危機感を覚えた古株メンバーが所長を注意した。

 すると、「所長のわしに逆らうの? ん?」だ。殺意が芽生えたヘリオドールが首を絞めようとするのを仲間達が必死に止めた。誰も所長を上司だとは思っておらず、死んでくれと願っていた。
 止めたのは本気を出した所長相手では、ヘリオドールでも敵わないと悟っていたからだ。返り討ちに遭うだけなら未だしも、謀反を起こした罰としてえげつない事をされるかもしれなかった。

 こうして役所からは大量の辞職者が発生した。今では残っているのはヘリオドールなどの所長の嫌がらせセクハラに対抗出来る術を持つ者、年配の職員。それとスケベ心満載で所長を尊敬し、数少ない女性職員に手を出そうして返り討ちに遭っている喪男ぐらいだ。
 所長は所長で自分が原因なのに、「若いピチピチの女の子が欲しいのぅ。募集するのじゃ!」と言ってのけた。二十三歳のヘリオドールの怒りは再び頂点に達した。

 求めている人材は若い女性だけではなく、男も含まれている。そう、あの所長に対抗出来るような精神力の強い男が。

 そんな訳でヘリオドールは単身こちらの世界にやって来て募集をかけていた。だって元の世界で男に募集をかけても、所長の名前を聞いただけでみんな逃げていくのだ。近寄ってくるのは職場でのセクハラが認められていると思い込んでいる変態共。
 どうせ死にはしない職業であちらの世界、『アスガルド』の事は少しずつ教えていきながら、仕事も教えていけばいい。と思っていたのだが、現実は非情だった。

(何が『頭大丈夫ですか?』よ……何が『現実と妄想の区別がつかないんですか?』よ……)

 この世界『ウトガルド』の人間にはアスガルドの事を理解する気など毛頭なかったのだ。ハローワークに申請しようとすれば、ヘリオドールの格好を見て門前払い。街中でビラ配りをすれば笑われて、妙な男達にはナンパをされる。
 魔法も魔物もこの世界ではフィクションに過ぎないのだ。誰もヘリオドールの話を真剣に聞いてくれる者はいなかった。

 分かっていた。仕事柄よく二つの世界を行き来しているヘリオドールもこうなる事は薄々気付いていた。
 アスファルトに散らばった大量の手作りチラシを見下ろして魔女は溜め息をついた。酷い空回りぶりだと自嘲めいた笑みを浮かべる。

 帰ろう。失意のまま、チラシをまとめようとした時だった。

「学生でも役所で働かせてくれるんですか?」

 少年の声と共に、にゅっと上から伸びてきた手がチラシを拾い始めた。

「へ……」

 呆然とするヘリオドールの代わりにチラシを片付けていたのは、黒い鞄を肩に掛けたブレザー服の学生だった。黒髪に黒い目。ピアスも付けていない見るからに真面目そうな少年だ。
 無表情で何を考えているか分からないのがちょっと怖いが。

「あ、ありがとう」
「いえ、道端で踞っていたから熱中症かなって思ったんです」

 確かにローブは中に熱が隠って暑いが、そんな事魔女や魔術師なら当然だ。と言っても暑いものは暑い。ヘリオドールが苦笑すると、少年は鞄からペットボトルを取り出した。

「これまだ開けていないんでどうぞ」
「え、いいの?」
「はい」

 少年が無表情のまま差し出したスポーツドリンクを、ヘリオドールは一気飲みした。こっちに来てから何も飲んでいなかった。500mlペットボトルがあっという間に空になる。

「生き返ったぁぁぁ……! ありがとう、正直喉はカラカラだったのよ!」
「それは良かった。で、ところであなたの持ってるこのチラシ……」
「あー、気にしないで。恥ずかしいから見なかった事にして」
「僕働いてみたいんですけど」
「マジで!?」

 ヘリオドールはほぼ空になったペットボトルを握り潰しながら期待と困惑の入り交じる声で叫んだ。





 これは剣を持たず魔法も使わない普通の男子高校生による爛れ腐敗した職場の再生物語である。