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34:毒蠍

翌朝の事だ。
僕はとても早くに目が覚めた。

窓から見える空はうっすらと赤く、この時間帯は僕らの見る朝焼けとそう変わらない景色にも思える。
初めて着た東特有の着物に違和感を覚えるが、寝床は僕らの使うベッドとあまり変わり無い形で、装飾が異国風であっただけなので、寝心地は良かった。

ベルルはベッドのシーツを握りしめ、身を丸くして眠っている。
ディカは居ない。昨晩、僕が入国手続きの書類を書いていた時は、じっとそれを覗いていたのにリーバイス 503
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、夜寝る時にはもう居なかったんだよな。
マルさんたちに聞いてみると「ああ、大丈夫よ」と言うので、心配しつつも眠りについたのだ。
最近ディカを本当の子供の様に扱ってしまう時があるが、ディカも大魔獣だしな。

少し濃い朝焼けの空と連なる山をぼんやりと見ていたら、ぐねぐねと動く金色の帯を見つけた気がした。








「初めまして、リノフリード・グラシス様。お久しぶりでございますベルルロット様」

仰々しい態度の、でもどこか顔色の悪い青年が、長く黒い衣を引きずって僕らの前に現れた。

「私、現魔王様にお仕えする大魔獣が一、毒と法を司る大サソリのスカー・アステリスカと申します」

丁寧に名を名乗り、袖を揃え深く頭を下げたスカーさん。
大魔獣らしい何とも言えない威圧感があり、切れ長の瞳の下の濃いクマと毒々しい雰囲気、低い声から恐ろし気な印象を受けた。流石はサソリの大魔獣と言った所か。

「東城への入場の許可が下りました。魔王様がお待ちでございます。ご用意ください」

ただ、淡々とした国の役人らしい態度のおかげで、何とかこちらも逃げ出さずにすんでいると言う感じである。現魔王に仕えているのは、このスカーさんと、以前海を泳いでやってきたミスティさんと言う事になる。
毒針持ちなところは似ているな……とか。

あれ、なんかスカーさんが来たら大魔獣たちがみんなどっか行ったな。



山のふもとまで牛車で移動する。
ふもとから見上げる山は思った以上に高くそびえ立っていて、まさかここを歩いて移動するのだろうかと思ったら、その牛車がフワリと浮いて空を駆けたので、思わずベルルと顔を見合わせた。
浮遊感に少々冷や汗。

「ご安心を。この牛は魔王様に仕える魔獣です。……大魔獣ではありませんが、空を駆ける特殊な牛ですので」

スカーさんが僕らの様子を横目に、そう教えてくれた。

「この国に連なる黒い壁の様な山を“門山(もんざん)”と言うのは一般的ですが、魔界では果てに連なる山という、ままの意味で“果連山(かれんざん)”とも呼ばれます。頂上は平たい台地となっており、東城がそびえ立っております」

山の説明を聞いた後、ひゅっと、空気が冷たくなった。
ベルルは来ていたコートをぎゅっと抱いて、ぶるっと震える。

随分高い所まで来たんだろう。

「ベルルロット様、申し訳ありません。城の中は温かくしておりますので」

「い、いえ。大丈夫よスカーちゃん」

「……」

ベルルは流石に、スカーさんに対して略称を用いなかった。単純に縮める必要も無かったのかもしれないが。
ただ、ちゃん付けは凄まじい違和感があるが、スカーさんも特に何も言わなかった。


僕はベルルの腰を引き寄せ、彼女が少しでも寒くない様背をさすった。



「……」

でかい。
第一印象は、これに尽きる。
そして、広い。黒い。赤い。

リーズオリアの王宮なんて比じゃ無い。
いったいこの城で、どれほどの者たちが働いているのか分からないが、平たい山頂に、いくつもの建造物を積上げ、建てられた巨大な城は、まるで一つの街であるかのようだ。きっとふもとのトウヤの村より大きい。

城門が開けられ、僕らは城へ招かれた。
城内だと言うのに、赤く高い柱が連なり大通りを形成している。
大通りから細いいくつもの通路に別れていて、様々な小城へ繋がっている様だ。

ゆらゆらと衣を揺らして移動する人々は多いのに、ただただ静かで、トウヤの村以上に不思議な場所だと感じる。
面白いと思ったのは、大通りを魔獣や魔人達が普通に移動している事である。
東の最果ての国は、人間界でもあり魔界でもあると言われているから、このように二つの世界の種が共存している訳である。

「あの、スカーさん。ここで働く人々は、13年前の魔王交代から変わったのでしょうか」

僕はふっと出てきた疑問を、スカーさんに尋ねてみた。
スカーさんは表情を変える事無く答える。

「13年前の魔王討伐の際、処分されたのは“関係者”のみで、それ以外の官は皆そのまま働いております。私が管理しておりますので」

「……なるほど」

関係者、とはどこからどこを示すんだろうか……
流石にそれを、ベルルの前で聞く事は出来なかった。






「やーっと来たか、リノ、ベルルロット」

通された部屋に、レッドバルト伯爵が居た。
僕はじとっとした瞳で彼を見て、小さくため息。

「何がやっと来たかーですか。あなたが先に行ってしまったんでしょう」

「仕方が無いだろう。なんか急に行きたくなったんだ。ん~、ここの温泉と酒がたまらなく懐かしくなって」

「……」

レッドバルト伯爵の側には、眼鏡をかけたメイド姿のカルメンさんがいて、おほほと笑っている。
伯爵は僕の小脇に居るベルルの頭を撫でた。ベルルは少しばかり肩をすくめ、鈴の様な声で挨拶をする。

「ごきげんよう、レッドバルト伯爵様っ」

「ああ、ごきげんよう。いつも愛らしいなあ、君は。んん~、めんこいめんこい。グラシス家の資産では大した贅沢も出来ないだろうから、おじさんが何でも買ってあげるよ」

「……余計なお世話ですよ伯爵」

確かにレッドバルト家の資産に比べたら今のグラシス家なんて大した事無いが。
ベルルはまるで孫の様な扱いを受け、目を点にしていた。

スカーさんが「ではこちらでしばらくお待ちください」と言って部屋を出て行った。
スカーさんが言葉を発するとどこか緊張感が漂うが、彼が部屋を出て行った所、今まで隠れていた大魔獣たちが皆ボフンと音を立てこちらに現れた。

「ふう、やっと行ったか」

サンドリアさんなんて額の汗を拭っている。
マルさんも、ローク様でさえ、どこかホッとして。

「いったいどうして、今まで出て来なかったんです」

「馬鹿野郎。お前、あいつが俺たちにとって何なのか分かってないだろ」

「……スカーさんですか?」

「そうだ、あの血も涙も無い……」

身震いをしたサンドリアさんは、大層喉が渇いていた様で、テーブルの上の誰とも知らぬお茶の椀を持って、グビグビ飲む。

「あ、それ私の」

伯爵がさり気なく告げると、サンドリアさんはお茶を吹き出した。何だか慌ただしいな。

「確かに何となく厳しそうな雰囲気はありましたが、でもローク様まで……」

「馬鹿め小僧。スカー・アステリスカはアリアリア様の次に古株だ。そして奴は、大サソリの大魔獣にしてこの“東の最果て”の国の最高官吏であり、最高裁判官。大魔獣としての力より、“権力”を持つ大魔獣と言った方が良い」

「けんりょく?」

ベルルが首を傾げた。
僕はとりあえず、その意味を考えてみる。しかし良く分からない。大魔獣が裁判官をしていると言うのがなかなか想像つかないが……
マルさんがサンドリアさんの隣で、ぺたんとテーブルに伏せてしまった。

「スカーの毒は大魔獣に有効で、魔王様を裏切ったり国を揺さぶる大失敗をした大魔獣を、処分する事が出来る存在なの。要するに、私たち大魔獣にとっては死神みたいなものね」

「……」

まさか、大魔獣の中にそんな存在があったとは。
そしてそんな偉い大魔獣であったとは。僕は最近大魔獣と言う大いなる存在に慣れ過ぎていて、スカーさんにもごく普通に話しかけてしまった気がする。もっと畏まるべきだったのでは……

「しかしそのかわり、スカーは歴代の魔王への絶対服従の呪術を施されていて、この東の最果ての国を出る事を許されない。ある意味で、一番信用の出来る大魔獣だ」

ローク様は窓辺の椅子に腰掛け、その足を組む。
なるほど。魔王にとって、これ以上無い信用出来る大魔獣なのか。

「とはいえあの毒虫め。ちらちらとこちらを伺いおって。我々の揚げ足取りをしようとしているのだ。いつか衣をつけてカラッと揚げて、オイスターソースで食ってやる……っ」

「……」

ローク様は長く赤い爪をギリギリと噛んでいた。

すると突然、音も無く気配も無く、再び部屋の扉が開かれ、大魔獣いわく死神のスカーさんが現れた。
切れ長の瞳を更に細め、大魔獣の様子を見渡し、袖の中から取り出した分厚い本に何やら記帳しながら告げる。

「サンドリア、減八点。客人の茶を飲む。……マルゴット、減四点。主の前でだらしない態度を取る。ロークノヴァ減二十点。口は慎め。……以上だ」

パタン。

スカーさんはそれだけを言って再び僕らに頭を下げ、扉を閉めた。
が、これに絶句したのはやはり大魔獣たち。伯爵とカルメンさんはクスクス笑いを堪えているが。

「……いったいどうしたの、みんな」

ベルルがいよいよ心配し始めた。一連の出来事が理解出来ていないのだ。

「くそうっ!! あの野郎!! 血も涙もねえ!!」

サンドリアさんがテーブルに拳をぶつけ、悔しそうに叫んだ。
ローク様はゆらりと、禍々しい魔力を揺らめかせ、赤い瞳を爛々と光らせている。これは随分とお怒りだ。
マルさんは一番減点が少なかったからか、少しがっかりと肩を落としているだけであるが。


後からやってきたアリアリア様に聞いた所、大魔獣の功績は点数制で、それを管理しているのがスカーさんらしく、何か不祥事の際は点数を引かれるんだとか。
これには進退のラインがあり、それを下回ると魔王様に仕える10の大魔獣という位から引きずり落とされるんだとか。
長い最果ての歴史上、大魔獣の交代には様々なドラマがあれど、実はこうやって点数が無くなって立場を追われた大魔獣も居るらしく、なかなかシビアな世界なんだなと、切なくなったものだ。

ただ、魔王交代の後も混乱なくこの国が機能したのも、スカーさんの冷徹管理っぷりがあったから……なのかもしれない。

大魔獣とはそれぞれ色々な役割があって、実に面白いものだ。