文化庁のアンケートの元ネタを読む | 音楽リスナーとPCユーザのための著作権パブコメ準備号

文化庁のアンケートの元ネタを読む

文化庁の「著作物の利用についてのアンケート調査」について、copy & copyright さんが気にかけていらっしゃるので、基となる『チャレンジする東大法科大学院生―社会科学としての家族法・知的財産法の探究』(商事法務 2007)も図書館で見つけたことだし、読んでみました。以下、文体とか書式とかむちゃくちゃだけどそのまま。


法も社会学も統計も、別に専門的に学んだわけではないですけれど、なんだかなと思う。ここで感じている疑問が、統計的にキャンセルされるようなものだとも思えないし。


とはいえ、調査・分析は院生の人たちということになっていて、まあ、未熟だなあと思うところも多々あるのですが、発想としては、すごく面白いものだと思います。 偉そうに言わせてもらえば院生にしてはGJ。最近の著作権まわりのいろんな議論を追っている人と、統計に社会調査をちゃんとやってる人が、一度ちゃんと批判的に読んでいれば、もっといいものになるのになあ。以下、ぐだぐだと書きますが、ま、現時点で官庁が人様の手を煩わせてやるようなもんではないと思いました。


本は
http://www.shojihomu.co.jp/newbooks/1484.html

このへんから始まってるのかな。

2002年度研究成果 法創造教育方法の開発研究 -法創造科学に向けて ...
http://www.meijigakuin.ac.jp/~yoshino/clmp/result/result2002.htm
立法事実アプローチによる法的ルールの評価と選択
http://www.meijigakuin.ac.jp/~yoshino/clmp/files/2002oota.pdf
規範の進化モデルと世論
http://www.meijigakuin.ac.jp/~yoshino/clmp/files/2003oota.pdf

今回のアンケートに至る過程としては
過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第5回)
議事録
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/05/gijiroku.html
著作権保護期間に関する意識調査について(太田氏発表資料)(PDF形式(242KB))
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/05/pdf/shiryo_06.pdf

意識調査自体への反応としては

Copy & Copyright Diary
文化庁が「著作物の利用についてのアンケート調査」を実施
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20081107/p1
文化庁のアンケート調査に対する懸念
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20081107/p2
文化庁が著作権に関する国民意識調査を実施
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20081011/p1
文化庁のアンケートの概要
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20081113/p1

万来堂日記2nd|文化庁のアンケート結果はまだでてないから、元になった調査を読んでみよう!(1)
http://d.hatena.ne.jp/banraidou/20081120/1227195396


んじゃ、いきます。

まず、この調査の目的としては「著作権法制,現状の法制度と国民の著作権意識の乖離の有無を探究したい」「法改正の方向を探る基礎的資料を提供したい」と委員会で述べられています。

本のほうでは、著作権意識について調査に関する章の「はじめに」のところで
「法制度が国民の意識と乖離したものとなれば、その法制度は国民から支持されず、結局失敗に終わるだろう。したがって、国民の意識を踏まえた、バランスのとれた政策が形成される必要があり、その前提として国民の意識を正確に把握する必要がある」(p.103)

とあります。資料を見ていると、なんだかややこしい話が続いていますが、立法事実というのは、法律を作る際に、法を必要とする事実がないといけないわけで、その「事実」を指すのだけれど、立法の正当性や合理性を支える諸事実としてではなく、法的価値基準や法規範の正当性や合理性を支えるものとして、また立法に限らず、法の改正や裁判過程での法の解釈までを含む概念として用いられている、とされています。非常にラフな理解としては、法を作ったり、運用したり、考えたりする際に、その背景となる事実や意識などの総体をまとめてしまった概念として「立法事実」というものを再定義する。そこで、コンテキストとしての国民の意識を知るために社会調査を行うことに有用性があるわけですが、もちろん、これは恣意的な理由付けにも繋がりかねない。「一部の企業や省庁などの行う『社会調査』や『統計的分析』の中には、『ためにするもの』であるとの批判を免れ得ないようなものもないではないが、それらは社会調査の誤用・濫用である」(pp.15-16.)。


ふむふむ。では、著作権意識の調査を見てみることにする。

留置調査で400人を対象とするが、サンプリングで「著作物の利用の頻度や用途につき、全体的な平均像に近い構成になるよう、調査対象者を選定」(p.107)している時点で、この調査の意義は既に損なわれているといわざるを得ない。「先行研究が乏しく」て「本調査に直接利用できない」(p.105)という状況であれば、やむをえない部分があることも理解できるが、それはすなわち「著作物の利用の頻度や用途につき、全体的な平均像」が得られていないということでもある。ここで得られた調査結果を国民の著作権意識を表すものとして受け取ることは難しく、たとえばパブコメ参加者のような偏りが予想される他のサンプルとの比較対象に用いることはできないだろう。サンプル全体の性別や年齢構成などは明らかにされておらず、図18からいくらか推察されるところからは、本調査が20歳以上を対象としていると思われるが、20歳以下であっても著作物の利用は行われており、「全体的な平均像」とは乖離することは明らかであろう。著作権意識が低いとされるグループ3の特徴として若年層が多いことがあげられているが、平均年齢は30台後半であり、たとえば中高生を指すわけではない。ただし、いくらか概観を示すこと、以後の調査や分析の是非について検討するための素材として、調査・分析の方法論を築く叩き台としては有用ではあろう。

さて、調査は著作権意識に関する質問(Q1-13)から、回答者を「厳格型」「事案型」「ルーズ型」の3つのクラスタに分類し、年齢など、その他の質問から得られる情報と合わせて、以下のような背景と意識が浮き彫りになったとする。
① 厳格型グループ:年齢が高く,無職層が多く,法に対する姿勢が肯定的
著作権意識:慎重厳格
② 事案型グループ:学歴,収入,生活満足度が高く,年齢は中年から若年に分布が多い
著作権意識:事案の悪質度合いに的確に対応した回答
③ ルーズ型:若年層が多く,学歴,収入は高くなく,生活満足度も高くなく,一般的遵法意識も弱い
著作権意識:ルーズで薄弱な保護意識

ところが、これらの分類や特徴づけは、適切なものとは言えない。

まず、

「著作権意識」とは、法的な知識の有無の問題ではなく、著作権を尊重する傾向や態度を指す。そこで、回答の選択肢は「非難されるべきと思う」と「非難されるべきではないと思う」の間の5段階尺度とした。このように「非難されるべき」か否かを問うことで、法的な判断をひとまず脇においた「社会的に許容されると思うか」が回答に表れるように配慮した。(p109.脚注4)

とされている。質問状では以下のようになっている。


まず、著作物の利用に関する意識についてお聞きします。Q1からQ13の文章について、あなたのお考えをお聞かせください。

これは法律についての知識を問うものではありません。
あなたの常識に照らしてどうお考えになるかを、お答えください。

Q1.大学生のAさんは、2万円で購入したワープロソフトのCDを10枚コピーし、秋葉原の路上で、1枚3千円で10枚全部を販売しました。Aさんは、ワープロソフトのメーカーから許可を受けていません。
Aさんの行為は非難されるべきだと思いますか、それとも、非難されるべきではないと思いますか。

1───── 2 ───── 3 ───── 4 ───── 5

非難されるべき    どちらともいえない     非難されるべきではない


まず、「非難」というのは、一般的には「欠点・過失などを責めとがめること。非として難ずること」(広辞苑第二版補訂版)、「相手の欠点や過失を取り上げて責めること」(大辞林 第二版)という、比較的厳しい表現であって、正しくない行為や脱法行為であると判断することと、その行為者を「非難」することの間には、かなりの隔たりがある。ひょっとしたら刑法周辺での使われ方から、それほど強い表現であるとの意識なく言葉を選んでいるのかもしれないが、そうした語法に親しんでいる回答者は多くないだろう。

ここで問われているのは、他者であるAの行為をどう評価するか、であって、回答者自身がその行為を行うかどうかではない。質問作成上、Aと回答者を同一に置くことは難しいとしても、他者のふるまいについて厳格であったり寛容であったりすることと、本人が自らの振る舞いについて厳格であったり寛容であったりすることは、一致しないことも多い。ここで集められた個々の判断は、自身が著作権に対してどのように振る舞うかというこではなく、自身から切り離された他者の行動についての判断であって、それはつまり、設問に現れた行為が社会的に非難されるべき行為か否か、という判断である。回答者自身と、その判断の厳格さや寛容さを単純に結びつけることは適切ではない。


「『非難されるべき』か否かを問うことで、法的な判断をひとまず脇においた『社会的に許容されると思うか』が回答に表れるように配慮した」とあるが、『社会的に許容される』かどうか、非難するかどうかの判断には、法的な判断も重要な要素となるのであって、「法律についての知識を問うものではありません。」とする程度では、法の知識自体も「あなたの常識」に含まれているのだから、法的な判断を脇に置くという効果を得られているとは言えない。

この調査では、法と国民の意識の乖離の有無を調べようとしているのだから、回答者が「法でいけないと定められているから、あるいは法によって罰則を受けるから、このような著作物の利用をするべきではない」という判断をなすことを回避する必要があり、また、そのような前提で分析を行う必要がある。「自身の考えとしては非難に値しないが自分の法的知識に基づけば適法ではないから非難されるべき」という判断で回答をする者も、「現行法上は適法だが、非難されるべき(であって、何らかの対応を希望している)」という考えで回答するものも同じ答えに属してしまう問いは、調査の結果を不確かなものにするのは、明らかであろう。回答者が、現行法でどのように扱われるかを知らず、またはたとえ現行法では適法であることを知っていたとしてもが、行為としては非難すべきであるという回答が集まってはじめてその国民意識と法の乖離を見出し、これを広義の立法事実として受け取ることができる。


個々の質問の内容については、後ほど改めて検討することとする。

前述のとおり、この調査では三つのクラスタに分け、全体にそれぞれを「厳格型」「事案型」「ルーズ型」と名づける。


既に述べたとおり、問いの形式から、厳格な回答を寄せているグループが厳格に著作権法に従った行動をしているというような関連性は導く事ができない。ところが、ここでは「著作権保護意識の低い層を特定するため、これらの回答につき非難されるべきでないと回答する傾向のあるグループを括りだし、そのグループの特徴を検討」してしまう。このような予断の下、「全般に非難すべきでないと回答するグループ3」は、「著作権侵害を許容する傾向にあるもののグループ」であると捉え、「ルーズ型」とネーミングされる。グループ3に属する回答者は、「著作権侵害を許容」しているのではなく、著作物の利用に関して寛容であるのであって、「『著作権侵害に過度に寛容』という意味でのルーズな者が相当数含まれている」わけではない。著作物の利用に寛容であることを、現行法の著作権の規定から設問にある行為が侵害に当たるからといって「著作権侵害」としてしまうなら、結局のところ法の知識を問うているのであって、国民の著作権法の理解を調査し、その理解の不足を見出しているに過ぎない。当然、ここでのネーミングは「寛容型」であるべきである。


なお、このグルーピングに際して、「たとえば、Q13の高価な予備校テキストの複製について」、1/3が「非難されるべきでない」あるいは「どちらかというと非難されるべきでない」とこたえていることを挙げ、「こうした、侵害行為に過度に寛容な者が増えれば、著作権保護政策が骨抜きになってしまうおそれがある」と述べられているが、この講座の費用が500万円であろうが500円であろうが、現行著作権法上侵害かどうかの判断に変わりはない。このQ13の行為については、「高価」なのはテキストを得るために受けなければならない講座の費用であり、テキスト自体の価格は明らかではなく、テキストの複製を得ようとしている5人は、その金額の負担量から講座自体には価値を置いていない(講義を受けているAと受けていない4人の負担額の違いは、コピー代分のみである)にもかかわらず、必要以上に「高価」な講義を受けなければテキストを得ることはできない状況にある。Aが独自に講座を受けてテキストを得て4人に貸与し各々が自分のために複製をした場合や、Aが自身の勉強のために4部を複製した後に友人の依頼を受け対価を得て複製物を譲渡した場合であれば、適法であることを考えれば、この問いについて、非難されるべきではないという判断をすることは、必ずしも否定すべきではないだろう。

これに対して、「厳密型」では、Q5を引き合いに出し、年賀状での漫画の模写について3割以上が「非難されるべきだ」「どちらかというと非難されるべきだ」と回答していて、「悪質でない著作物利用についても『非難されるべきだ』と回答する傾向があると述べているが、「厳密型」の4割ほどが、中学生のAさんが図書館で調べものをして本の1ページをコピーして持ち帰るという適法な行為を「非難するべき」「どちらかというと非難するべき」としていることを挙げていれば、読者の印象は変わるだろう。


著作権意識に関する質問であるQ1-13以外に、著作権意識を説明するための項目を作るにあたって、以下の考慮および年齢や学歴などのデータを利用するとしている。


著作権法に関する知識の乏しい者は、保護意識も低いのではないかと考えられる。また、実際に著作物を広く利用しているものは、著作権を尊重すると考えられるが、その一方で、インターネットなどで気軽に利用する者には、著作権意識の鈍磨が生じることも考えられる。さらに、社会的に保守的な層は、著作権違反にも厳しいのではないかとも考えられる(p.111)。


繰り返しになるが、著作権意識の回答で現行法において著作権侵害に当たる行為を非難すべきでないと回答をした者を、著作権侵害に過度に寛容であるとみなすことは、この考えを検証することなく当てはめているに過ぎないことを改めて確認しておこう。


著作権法に関する知識としてQ14-17、一般的な遵法意識としてQ19-22が設けられている。

Q14は著作権法という法律があることを知っているか、Q15は条文を一部でも読んだことがあるか、Q16は学習の有無についての問い。Q17では、「他人の著作権を侵害した場合、侵害をした人にはどのような不利益があると思いますか」と問われ、回答としては「1.」が「損害賠償を請求されることもありうるし、犯罪になることもありうる」、2.では賠償請求はありえるが犯罪になることはない、3.はどちらもない、4.はわからない、という選択肢が用意されている。説明なしに、「犯罪」が単に「罪を犯すこと」ではなく、法律用語として「刑罰を定めた諸規定に示された一定の構成要件に該当する有責・違法の行為」(広辞苑)という意味があり、損害賠償と異なる内容を指すということが理解されているとは思えないということは指摘しておく。それよりも、この問いについての分析において(pp.133-134)、「グループ2が、他のグループに比べて、正答の回答が顕著に多いことがわかる」とされているが、図23によれば(数値は示されていない)、正答率は78%、82%、80%と、「厳格型」よりも「寛容型」の方が高く、3グループの差を見ても「グループ2が、他のグループに比べて、正答の回答が顕著に多い」という表現には疑念を抱かざるを得ないとしても、この問いにおける分析の文脈においては「寛容型」が法の知識に欠けるわけではなく、指摘したとおりこの結果が法の知識に結びつかない可能性があるとしても、法による規制があることを踏まえて、なお寛容であろうとしていると分析されるべきだろう。


一般的な遵法意識としての問いQ20、Q21を見てみよう(Q19は「法」という言葉への印象を選択するもの、Q22は紛争における交渉態度などを問う)。

本文中「(iii)法一般に対する意識について」では、○2「必ずしも法を守る必要は無い」、○3「法を守るのは時にばかげた事である」という見出しの下で、グループ3が他よりも顕著に「賛成」と答える比率が高く、法遵守意識が低いことを指摘する(「○2」などは丸数字を指す)。ところが、問いの文章は、


Q20 「法のとおりに生きると損をすることがあるから、そのような場合には必ずしも法を守る必要はない。」という意見について、賛成ですか、反対ですか。あなたの意見にもっとも近いもの1つに○をつけてください。

Q21 「法を破っても見つからないと思われるとき、法を守るのは、ときにバカげたことである」という意見について、賛成ですか、反対ですか。あなたの意見にもっとも近いもの1つに○をつけてください。


となっている。Q20における「法のとおりに生きると損をすることがある」ということは、文章上は自明な前提とされているが、これは自明ではなく、賛成意見を出す者は、この前提を共有し、かつ、これが理由になるという条件の下では、法を守る必要がないこともありうるという意見である。反対意見のなかには、損をするからという理由ではないが、法を守る必要はないと考える者もあるだろうし、「法のとおりに生きると損をする」という前提について、たとえば「法のとおりに生きると損をするように思うが長期的には得になる」と考える者もいるだろう。この二つの設問から導かれるのは、遵法意識が低いということではなく、Q20については、「法のとおりに生きると損をする」という認識を持っているであろうこと、そのような条件下において法を守ることが適切ではない場合もありうると考えていること、Q21については、見つからない範囲であるということが、法を守らない理由となりうると考えているということ、それは時に「バカげたこと」とみなされるほどのことであるということだ。


回答者は、法の専門家ではなく、すべての法を理解しているわけではないし、問いの中で用いられている「法」を厳密にすべての法と捉えるべきか、一般的にイメージされる範囲のものとして受け取るべきか、は、明らかではない。加えて、この「法」は、日本の現行法を指しているとも限らない。たとえば、緊急避難的な状況において「法」を守るかどうか、禁酒法や戦時下の諸法などについて、思想信条などを犠牲にして見つからない状況で法を守ることがバカげていないかと考えてみるならば、この問いに賛成と答えることはありうる。これは「遵法意識が低い」のであろうか。


そもそも、著作権法は、著作権者に非常に強い権限を与えているため、多くの局面で侵害行為は発生している。たとえば職場で仕事に使う文書を複製することは、現行著作権法上は適法ではないことを踏まえれば、この問いに対して「反対」と答えることは難しいはずだ。本調査の対象が著作権法であり、特にQ1以降で権利制限に関る事例を扱っているのだから、そのような状況を考慮に入れないことは適切ではない。

以上のことから、たとえばpdf資料に現れる


⇒国民の間の著作権意識を向上させるには,ルーズ型の層をターゲットに,啓蒙活動が必要
⇒ルーズ型層は単なる啓蒙ではなく,刑事制裁等の具体的な広報が必要かもしれない

という意見は、根拠がない。むしろ、著作権を侵害した場合の不利益は周知が進んでおり、不利益があることを知った上でなお寛容であろうとする意見が得られているなかで、刑事制裁などの法改正や広報が有効はいえないだろう。むしろ、著作権というもの自体の周知はある程度進んでおり、保守的な層とされる「厳正型」に対して適正な利用についての周知が必要な段階に進んでいると受け取るべきではないか。本分析では、著作権に対して寛容な意見を持つ者であっても、法の知識が欠けていることは示されておらず、寛容な意見を持つものが権利侵害を行う傾向にあることも示されていないにもかかわらず、刑事制裁を持ち出すのは、社会調査の誤用・濫用とすら言えない。


では、Q1以降の問いの回答結果についての分析を見てみる。設問の要素の組合せに用いた(作成段階で考慮した)要素は、対象ジャンル、営利目的の有無、行為の対象、結果の大きさ(数)、行為態様だとされる。


Q1-13で扱われている行為は、ほぼ著作権法の権利制限に関する行為である。表1では「各質問項目の内容・特徴」として、「行為」「相手」「数」「営利性(利益)」に分けているが、少なくとも設問を考える時点で、3-step testや米国著作権法のフェアユースで挙げられている内容、たとえば、「使用の目的および性質(使用が商業性を有するかまたは非営利的教育目的かを含む)」「著作権のある著作物の性質」「著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量および実質性」「著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響」「未発行かどうか」「権利者に不利益があるか、不当な不利益があるか」といったあたりは視野に入れておく必要があっただろう。もっとも、「相手」や「数」、「営利性(利益)」といった項目の扱いがこれでは、望むべくもない期待ではあるだろうか。

a1

図30では、各項目が違法かどうかについて書かれている。「違法」というのは、明確に定義された法律用語ではないはずで、これが何を指すのかは明らかではない。著作権者に告訴の意思があるかどうかは示されていない。おそらくは現行法に規定されている権利を侵害していることを指すと思われるが、それほど容易に判断できるものではない。権利の濫用も考慮しなければならないものもあるだろう。調査で考慮されていた要素と違法かどうかをまとめた表と、筆者なりに要素を考えて、ちょっとアレンジしなおしたやつも用意してみた(なお、「損害」については、設問から推察される、複製物を入手していなければ正規に購入したとした場合の売り上げ上の金額を記したが、価格などa2 によって正規の入手経路では購入しないことは考えられるし、著作権者あるいは著作隣接権者の損害とは異なる)。


ざっと思いつくものを挙げると、Q3ではコピー先がMDまたは音楽用CD-Rなのかデータ用CD-Rなのか、Q5は同一なキャラクターと捉えられるとしても本質的な部分を感得するだけの類似性があるのか、Q9ではパブリシティ権の問題はあるとしても、ドラマの本質的な部分を感得できるか、俳優の演技に創作性が認められるか、Q4についてでも画質などについては考慮する余地があるだろう。Q7では複写をしたとは書かれていないが、1000枚それぞれに雑誌から切り抜いたものを貼り付けていた場合はどうなるか。Q2ではコピーをしたのが誰か、1ページの内容が何かということについては、ガイドライン上の問題が生じうる可能性がある。


Q11の映画が日本で公開されておらずDVDでの販売もない映画で自ら字幕を付けてアップロードしていたら、どういう意見がつくだろうか。たとえば、再放送の見込みのないテレビ番組のアップロードはどうなるか、研究や職務のために自分が使うための複写はどうか、といった問いでは、どういう答えが得られるだろうか。


すでに述べたとおり、これらの問いは、現行法での扱いとは切り離されて考えられるべき事柄である。「非難されるべき」として他と比較して明らかに多くの意見を集めているのはQ11、Q1、Q4となるが、これらは、不特定の公衆を相手とし、これらの映像やソフトウェアを必要とするものは適正に購入する事ができるという点で一致している。このような場合には、権利侵害となるという理解は、広 く得られていると捉えられるだろう。その上で、さまざまな要因が加わることで、非難されるべきではないという意見が現れる。


これは、国民の感覚として公正な利用かそうでないかという調査に他ならない。直接の代替物が存在しない場合や、権利者を探したり許諾を得る交渉をすることが困難と思われる場合の限定的な使用などについても、このような国民の感覚を知ることは、重要だろう。つまり、今検討されている日本版フェアユースに向けて、このような調査は、その大枠を提供してくれるものとなるはずだ。


ここでいう「立法事実」というのは、法を修正することも視野に入れたものであるのだから、国民の感覚と法の齟齬についての解決策は、厳罰化だけではない。現行法では侵害となるもので、国民の感覚として非難するべきではないという結果が得られるものについては、容易に想像することは難しいけれども権利を付与しておかなければ著作者が不当に不利益をこうむる事例があるとか、なぜ法で規制されなければならないかということについてきちんとした説明がなされるべきだ。もちろん逆もまたしかり、でしょう。


文化庁アンケート

さて、この調査と、ほぼ同じ内容の調査が、パブコメ協力者に対しても行われている。残念ながら、パブコメを投稿した人たちへの調査は、社会調査としてまともなものにはなりえないし、事前の調査との比較も意味を成さない。

ろくに告知されていなくて、そこそこ著作権関連の知識を持っている事が前提とされている、けっこうな分量のテキストをいきなり読まされて、議論の経緯を追うための誘導もろくにされてないような募集に意見を投じる人が母集団なわけだ。

まあ、事前にアンケートをとることは明らかにされていたので、なんらかのルートで、既存のビジネススキームのなかで利益を得てきてそれを守り、あわよくば利益を増やしたいと考える権利者さんや、権利を扱う団体さんの職員さんや、利害関係のある人たちが、個人として意見を出していたりはするでしょう。そうではない考えの権利者さんほかもいらっしゃるでしょう。それから、そうしたところとは関係なく、われわれの文化的な営みは創作的な表現なしに行われることはないという意味において自らも著作権者であり、すでに、または潜在的にその権利から利益を得ることもある、著作権についての意識の高い人々が、意見を出しているのでしょう。となると、クラスタに分けるとしても、前回調査とは別物。今度は、ある程度著作権法の知識がある分、Q1-13での問いに、どういうつもりで答えているか、問いが求めているものが何かという推測によって答えは異なってしまう。あ、むしろ、知識があれば「どちらともいえない」を選ばざるをえないところも多いかも。

ああ、そうそう。保護期間。

現行の保護期間(個人死後50年、団体公表後50年、映画公表後70年)は「おおむね長い」という結果が出ていて、延長を希望する者は「かなりの少数派」という結果が出ている。

パブコメ協力者へのアンケートでは、接木されて、問題が増えていますが、既に指摘されている論点を示し数で計るという、先行する調査の本来の目的とは異なる、単なるアンケートとなっています。母体に偏りがある集団で、これを問うてどれほどの意味があるのか。

これこそ、広く国民に問いかけてみるべき問いかもしれません。その際には、保護期間を調査の対象として、Q1-13に類する形に置き換えていくのがよいでしょう。「写真に写った祖父が着ていた着物の柄が珍しいのでネットで公開したいのだけれど、撮影者がわからないので、そのままアップロードしました」とか。もちろん、長い保護期間を設定している欧米諸国は、日本よりも自由に使える範囲が広いということを示した上で、ですね。たとえば、米国での延長をめぐる裁判(Eldred判決)や、他国のフェアユースの状況を示す必要はあるでしょう。

今村哲也「著作権の保護期間延長と表現の自由についての小考」
http://www.21coe-win-cls.org/english/activity/pdf/7/17.pdf
著作権法における権利制限規定の拡充について
http://thinkcopyright.org/Report_fairuse.pdf


というわけで、これはMIAUとか、知財本部のほうで、ちゃんと質問票作り直して調査するのがいいんじゃないかなあ。文化庁は、今回得たデータを、個人情報等には配慮する必要があるけれど、とにかく生に近い形で提示するべきでしょう。それを使ったからといって、分析といえるようなものは得られないけれど、手法をブラッシュアップさせるステップとして使えると思います。