9.ホスト | 【作品集】蒼色で桃色の水

【作品集】蒼色で桃色の水

季節にあった短編集をアップしていきます。

長編小説「黄昏の娘たち」も…

 百合子が六本木の店を出た頃。黎明は自分の職場へと向かっていた。

黒のコンバーチブルを店の真ん前に止めるとキーをつけたまま車を降り、表に立っていたポーターに合図を送ると颯爽と店の中へと入っていく。

入口に立っている新人のホスト達が一斉に頭を下げ挨拶をする。

黎明も軽く挨拶すると全員の顔ぶりを確かめフロアの方へと目を移す

「黎さん。おはようございます。今のところ来店しているのはサキさんとあゆみさんと由美さんの三組です。一様連絡受けた通りにヘルプが着いています。あゆみさんが黎さんが出勤したらピンク入れると言っていますが」

黎明はフロアを眺めたまま

「わかった。じゃ、由美、あゆみ、サキの順で席に着くから…サキの処について五分経ったらゴールド持ってきて…それから…五卓は?」

話していた男がそっちへ目をやると

「あぁあれは社長の客でほらカジノとかやってる…」

「判ってる。女の方」

「あっ彼女は六本木のベラルナの子ですよ…結花子さんは龍一さんの指名で何度か来店してますよ。なんか今日は彼女の誕生日らしくって…ロマネがでるかもってさっきから言ってたんですよ」

「ふん、あっそう。じゃ席着くから…お前もヘルプついて、あと俺今日で店辞めるから…そのつもりでがんばれよ…それと、お前、龍一さんと仲良かったよな?あとであの席もヘルプ着かせてもらえ」

そういうと黎明はフロアの入口に立ち暫く見回してから真っ直ぐ由美の待つ席へと向かって行った。

「おいおい、聞いたか?黎さん今日で辞めるらしいぜ」

「嘘?マジで…余所行くのかな」

「否、さっき社長と店長が話すの聞いたけど本業の方が忙しいらしい…」

「本業って何やってるんすかねぇ…もったいないっすよ…余所行くんなら俺ついていきたかったな」

「それは無理だろう…がもったいねぇよな。今一本以上売れる人なかなかいないもんな」

「なんだそんなもんなんですか?俺、前の店で百万位なら売ってましたよ」

「馬鹿か?桁が違うんだよ。そん位一晩で稼ぐよ。そろそろ席立つぜ」

「まだ座ってそんなに経ってないですよ」

「黎さんはだいたいどの席に着いても一五分位しかいないんだよ。伊達にずっと此処でつっ立ってないぜ」

「それ自慢にならないっすよ。あっ本当だ、立った。でもどおりで普段ヘルプにつかない売上の人も席ついてるんですね。俺もつきたいなぁ」

「そんなもん勝手につけるわけないだろう…こっち来る。しっ」

黎明は左手でライターをカチャカチャ言わせながら三人の男の横に立った。

三人はピシッと背筋を伸ばして立ち直した

「君達も席ついてくれるかなぁ、俺今日早く帰りたいから。これからゴールドでるから持ってくる時にそのまま座っちゃって…」

「あっいらっしゃいませ。お一人ですか」

入口にいた男達の一人が茉莉子が入って来た事に気づくと大声を上げた。それと同時に四人の男達が一斉に自分の方へ向き直ったのでびっくりしながらも

「あっ待ち合わせです。高橋さんは?」

「あっ五卓ですね。いえすみません。いらしてますよ。お荷物をお預かり致します」

「いいえ、結構よ」

そうやりとりしている側を黎明は通り過ぎようと思ったとき、女のアップにしている首筋が目に止まった。

よく見ようと思った時に女の方がフロアの方を見ると待ち合わせの相手を見つけたらしくさっさと行ってしまった。

その席はサキの席の隣だったので黎明はついて行きながらある確信をもった。そして女が座った場所を見届けると自分もその側に腰掛けた

「ごめんね。サキちゃん、待たせちゃったね」

サキは先程までの不機嫌さが嘘のように晴れ、今迄話していた男の事を完全に無視し黎明のことしか目に入っていない様子だ

「あのさ…この間頼んだ事なんだけど…あれもういいからさ。ごめんな勝手ばかり言って…で、その事は忘れてくれるかなぁ。その変わりと言ったらなんだけど今日の払いは無しでいいからさぁ。僕達の秘密って事で…今ゴールドくるからさぁ飲もうよ」

サキは少し不満げだが二人の秘密という言葉でもう約束などすでに忘れてしまっていた。

「サキさん。ドンペリニオンなっなんとゴールドありがとうございますっ」

先程の三人の男達が登場した。


 茉莉子はバブルがはじけてからもう何年も経つというのにベラルナと同様あの頃のままの雰囲気をしている店内をキョロキョロと見回していた。結花子の方は六本木で働き出す前は新宿で働いていたので、当時からこの店には何度も顔を出しているらしく生き生きとしている。

「茉莉ちゃん、最近良いことあったでしょう?」

と結花子が耳元で話しかけてきた、茉莉子も合わせて小声で

「まぁね。この間の土曜日クラブに行ったらさぁ…一人ね」

「えっ一人で行ったの?危ないよ外人ばっかじゃん。六本木でしょう」

「まぁいろいろあってさっそしたらさぁ」

「ちょっと高橋さん聞いてよ。茉莉ちゃん一人でクラブ行ったんだって」

「えっ店移るの?」

「違うよ。踊る方の!これだから親爺はっになるんだよね」

茉莉子は結花子と高橋がギャーギャー言っている中、一人だけテンションが違うなと思いつつも内心は百合子といい、みんな彼の話を聞いてくれないことに嫌気がさしてきていた。

「へー踊り好きなんだ」

と隣に気取って座っている男が話し掛けてくる

「別に…」

「えっクラブ行ってたんでしょう?何処の」

「ああ忘れた。お化粧室って何処?」とそっけなく聞くと立ち上がり、自分で店内を見回し、見つけると「あっ判った。いいよついてこなくて。お客様の水割りでも作ってたら」

立ち上がった茉莉子を見て結花子は何処へ行くのか聞いてきたのでいちようトイレと答えると

「大丈夫?元気ないみたいだけど…退屈?茉莉ちゃんの好みの子いないか…」

「そう言う目的じゃないから」

そう言うとトイレへと向かった。

 黎明は同席しているヘルプに合図を送ると席を立ち、歩き出した。

直ぐ後ろに茉莉子が歩いてきている。

黎明がわざと立ち止まると茉莉子は彼の背中に当たってしまった

「あっすみません」

茉莉子はそう声を掛けると直ぐに黎明を追い越し歩き出した。

黎明もそれに続く。

トイレまで来た時に

「エキストラ・ヴァージン・オイル見つけたかも…」と呟いた。

茉莉子は突然耳元で声が聞こえたので怪訝な顔で振り返った

「はぁ?そんなの頼んでないけど…オリーブオイル?」

黎明は茉莉子の顔を間近で見た瞬間体が凍り付いたように感じた。

「何よ。そこどいてくれない…中に入れないんだけど」

黎明の頭には茉莉子の声が全然入っては来なかったが黎明は無意識的に

「俺、今から帰るんだけど、送って行くよ。こういう処好きじゃないでしょう」

「はあ?」

黎明はまだ茉莉子の顔に見とれながらも気を取り直し

「何だったら場所変えて飲み直してもいいし…でも俺は車だから量は飲めないけどね」

「あなた誰?高橋さんの係じゃないわよね。こういうのってルール違反じゃないのかなぁ…ホストも永久指名制って聞いたけど、枝だと関係ないわけ?でも、私はそう言うことは嫌いだから…悪しからず」

茉莉子は黎明が立ちふさがっている所を潜り抜けてトイレへと入った行った。

茉莉子は自分でも初対面の相手にどうして八つ当たりみたいなことを言ってしまったのかと反省しながらしばらく洗面所でこのまま帰ってしまおうかと考えながらも今日は結花子の誕生日だからそうはいかないと考え直し席へと戻った。

「遅かったね。帰っちゃったのかと思って、今見に行こうと思ってたんだよね。だって茉莉ちゃんて怒ると勝手に帰りそうじゃない」

全然心配していたようには見えないと思いながらも流石図星をついてきた

「そんな事ないよ。まぁたまにはあるけどね…」

そこへ定員の一人が近寄って来ると

「あのう茉莉子さんは?」

まだ立ったままでいる茉莉子が

「私ですけど…」

「お電話が入っておりますのでこちらの方へいらして頂けますか?」

茉莉子は訝しげながらも電話口へと向かった

「come sta?posso prenotare qui?」

「はっ?えっとスクーズィえっとノン!あっソーリー。えっとー………誰?」

「ははは、ごめんごめん。思った通り真面目な子だね。直ぐ出てこられる?出て来ればすぐわかるから、じゃね。あっそうだ俺は日向黎明。日に向かう朝日って意味、いちよう本名なんだけど…。それにもうその店のスタッフじゃないから念の為。あと、一緒にいるお友達には俺の事言わない方がいいと思うよ。人の話はちゃんと聞かない癖してこういうことになると出しゃばる子っているじゃない…君の為だよ。じゃ、待ってるから早くしてね」

茉莉子は受話器を握りしめながらあっけにとられ、近くにいた定員に

「黎明って誰?」と聞くと

「あぁ、先程お化粧室の前で話していた奴ですよ。そこの写真にもある。ここのナンバーワンホストですよ。今日迄ですがね…」

茉莉子はやっぱり先程の変な男かと思いながらも席へと戻った。

席に戻ってからもやっぱり自分だけテンションが合わず浮いたままでいるし、あの電話から一時間が過ぎていたのであの訳の分からないイタリアかぶれ男も帰っているだろうと思いようやく決心をつけて

「結花子。盛り上がってる所、申し訳ないんだけど私そろそろ失礼するわ。明日同伴だし…レハエルも心配だし…午前中銀行も行かなきゃなんないから…ごめん。あと誕生日おめでとう」

言い訳を散々並べたのに関わらず

「あ、いいよ。じゃ明日ね」

結花子はあっさりと答え

「えっ茉莉子ちゃん帰るの?せっかくこれから話でもしょうと思ってたのに」

そう言いながら高橋が仰々しく財布を取り出すと一万円札を取り出し

「ほい、車代。そんな事行って六本木に飲みに行くんじゃないの?」

「行かないですよ。まっすぐ帰ります。それにいいですよ気を使わないで下さい。楽しかったですし…」

と車代を辞退していると、すかさず結花子が万札を横からかすめ取ると茉莉子の鞄へと押し込みながら

「折角なんだから貰っておきなよ。気をつけてね。外まで送って行こうか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう。高橋さんもありがとうございます。じゃ、お先に」

茉莉子は頭を下げると出口の方へと向かいながらカルティエの時計を見た。

四時を既に過ぎているのを知ると溜め息をつきながら外への階段を上り始めた

「茉莉子さんお疲れですね。元気がある時にでもまたいらして下さいよ。タカシはいつでも待ってまーす。携帯とか教えて欲しいなぁ」

ずっと隣に座っていたホストがここぞとばかりに話しかけてくる

「茉莉子さん、タクシーですよね。この時間帯流れ悪いんですよね。で、番号教えて下さいよ」

茉莉子はしつこいこのタカシというホストに対して不機嫌さが頂点に達しようとしている時に背後から

「タカスィー。お前、店戻らなくていいの?送りに時間かけ過ぎなんじゃない」

「げっ」

「黎さん。もうとっくに帰ったんじゃなかったんですか?あっ茉莉子さん、すぐ車ひろいます」

「あぁいい、いい、お前店戻れ…俺が彼女送って行くからさ…まっ頑張れや」

と手で払うような仕草をしてから茉莉子の肩へと腕を廻して車の方へと連れて行きながら

「早かったじゃん。女の子が『げっ』なんて吐かない方がいいよ」

「私に何の用」

「fel:ce di conoscella.marico」