47.神殿 | 【作品集】蒼色で桃色の水

【作品集】蒼色で桃色の水

季節にあった短編集をアップしていきます。

長編小説「黄昏の娘たち」も…

 ヴラドが神殿へと降りて行くと、神殿内にはラドウが作った無数のヴァンパイア達が犇めきあっている。

ヴラドは中を見渡すとラドウは高いところに設えられている玉座に腰を下ろし見下ろしている。

玉座の周りには二十四脚の椅子が並べられている。

その上には一つずつだが何らかの物が並べられているヴラドは信じられないという面もちで一つ一つの椅子を見て回り始め、ある席で足を止めると古びた髪飾りを手にとった

「流石ですね。それが一番気になりますか?」

「これは…」

「そうです。貴方があの日兵を挙げて城から出ていくときにマリアンナがつけていた物です。他にもありますよ。父ヴラド二世の剣に老ミルチャ公の杖、母マーラのもある。お懐かしいでしょうツェペシュ(串刺公)ああこの呼び名はお嫌いでしたね。私がつけた中ではお気に入りなのですが…良いものをお見せしましょうか」

ラドウが指を弾いてヴラドの見つめている席に指をさすと、マリアンナの姿が現れた。

ヴラドは幻だと判りながらも見つめずにはいられない。

ラドウはヴラドの反応を楽しみながら今度は自分達の従兄弟にあたるシュテファン大公

「今、もっとも身近にいて欲しい人間でしょう…貴方はこの私よりシュテファンの方を愛していた」

そして次、ヤノシュ・フニャディ

「この男は偉大なる父ヴラド・ドラックと長兄ミルチャを殺した男。確か貴方は師と仰いでおられましたね。ほら、あそこの席で父と兄が貴方を睨み付けている…ああ母の涙は見てられない」

ラドウは面白がりながら自分達と同時代の関係の深い人物を次ぎから次へと出現させていくヴラドは中央まで後ずさると玉座を囲むようにして三体の女神像と台座に一つの壺が置かれていた。その壺に手をやると、ラドウは一層目を輝かせると

「二十四人目が現れましたよ…おおマリア。貴方の哀れな二番目の妻ではないですか…あなたを陥れた女が最後に現れるとは」

「ラドゥー。五百年もたった今でもそんなに私が憎いか…」

「ツエペシュ。貴方の手が今触れている壺の中身がお判りか?スナゴウの湖で溺れ死んだ小ヴラドですよ。私の指図で実の母に殺された。哀れな私の甥」

ヴラドは目を真っ赤にさせるとラドウに突進すべく飛び上がると

「まだ早いですよ」という言葉と共に跳ね返された。

ラドウは右手に聖書を持つと

「この状況が何だかわかりませんか?」

ヴラドは周りを見渡した。

中央の玉座その下にはクリスタルのタイルが引いてある。そして四つの生き物…壺から浮かび上がっている息子が聖書の一文を唱えている。七つの松明。死から甦った二十四人の長老…

「ヨハネの黙示録」

答えが気に入ったと肯くと聖書を膝に乗せ両手で三角の形をつくりながら余裕を見せている

「これから七人の使者がやって来る。神を復活させる為にね…何もしらずにやってくる白い馬、黒い馬、青白い馬何に跨ってくるのやら」

ヴラドは意識を集中させてラドウの前に立つとラドウの幻影は姿を消した。

「百合子は何処にいる?」

「大切に預かっていますよ。お会いしますか?私は一向に構いませんよ。でもその前に一つ窺って宜しいですか?私にはどうしてもわからないことがある。何時から我らは同床異夢になってしまったのでしょうね…そうだ!昔、父の前でよくしたように剣でお相手願いましょうか。今回は昔の様には行きませんよ。父上がこの場に居ないことが残念でなりませんが…私も成長しましたからね。さあ、私の愛しい子供達よ、お前達は食事に行っておいで」

ラドウの言葉で波が引くようにヴァンパイア達は姿を消して行った。

「さあ、場所が開いた。この剣をお使い下さい。エリュテュアは怪我しないようにあっちに行っておいで…(ずっと黙って後ろに立っていた結花子が離れると)さあツエペシュかかってきたまえ」

ラドウは余裕をもってヴラドと対峙した。二人はまだ人間だった少年の頃のように剣を交え始めた。ただ違うところは二人が壁を走り宙に浮いたりしながら怪力乱神に戦っていることだけだった。

「ラドウ。お前は本気であんな魔女達の戯れ言を信じているのか?」

二人は剣を討ち鳴らしている

「ええ、勿論ですよ。私達で聖書を完成させるのですよ。世界を造り替えるのです。そして新約でも旧約でもない本物のバイブルを作り上げる。兄さん…貴方は今迄何を見てきたのですか…愚かな人間達の所業を見なかったとでも仰るのですか?私達が手を下さなくとも何れにしても滅びるだろうが、そうすれば同時にこの楽園すらも失くなってしまうでしょう…それをくい止める為だ。何が悪い!」

ヴラドはラドウと戦いながらも百合子の血の匂いを捜していた

「貴方はよもや忘れたのではないでしょうね。あのオスマン・トルコでの恐怖と屈辱、抑圧の日々を…人間達が僕達に何をした。まだ少年だったこの私に…」

ラドウは先程までのにやけ顔は何処かへ行っていた

「あの時代では仕方がなかったのだ。お前にも判っているはずだ。我が一族だって同じ事をし領地を広げて行った。変革の時代には大量の血も必要だったのだ…それでも人間は生きてきた。どんな状況からでも立ち直り、それ以上に進化していっているんだ。私はそれが太陽の光よりも美しいと思う事が出来る。お前にはどう見える」

「どう見えるだって?今ここへ向かって来る奴らと同じさ…自分達のエゴの為に我らを滅ぼしに来る敵だ。彼奴らだって自分達の為なら平気で動物を殺す。我らも同じ事だ」

ヴラドは間合いを詰めながらも黎明達が到着するまで時間を稼ごうとしていた

「魔女達の方はどうだ?彼女達の目的は本当に復活する為だけだと思うか」

ラドウは剣を振り回しながら

「さうさ。彼女達は私達よりも長く、それも暗黒の中で過ごしてきたんだ。今では石化してしまって自由に動くこともできない。そんな彼女達が一番望んでいることは自由さ。そして我々が望んでいることも昼夜関係なく自由に闊歩する事。互いの利害は一致している。そして、あの日誓ったようにミルチャを復活させる」

「お前は奴等に騙されているんだ。奴等は復活したら最後、我々を滅ぼすだろう。復活さえすれば我々に用なんかない!彼女達は我々のように生き血を啜らなくても永遠に行きていけるんだ…我々と血を交わす?きっと近くに寄ることさえ許されないだろう…それに奴等は私達の力を求めてはいない。その証拠に彼女達はヴァンパイアの娘ではなく人間の娘、それもサバタリアンを求めているではないか?我が一族と血の婚礼なんかするつもりはない。第一向こうは三人、私達は二人…一人足りないではないか。ミルチャは五百年も前に死んでいるんだ」

「それには問題なんかないさ。もう一人仲間を増やせばいい…そんなに心配なら、こうすることにしましょう」

ラドウは踵を返すと百合子を連れて来るとヴラドがそれ以上近づけないように剣先を向けた。

「この娘を我らの仲間にする。兄上にはできないでしょうからね。私がする。いつか感謝する日が来るだろう…エリュテュア、兄の剣を取るんだ」

じっと見つめていた結花子はヴラドから剣を受け取ると無表情のまま窮鼠噛猫の意を持ちラドウに近付くとその剣をラドウの腹部に突き刺した。

同時に仕込んであった注射器も差し込んだ。

ラドウはそれらを余裕で避けられたにも関わらず結花子の思うようにさせた。

震えながらラドウに近づいてくる結花子の頬を手でなぞると自分から突き放し、腹を押さえながら玉座へと戻った。

結花子は突き放された衝撃で壁に全身を打ち付けられた。

百合子は床に倒れ込んだ。

ヴラドは百合子を抱き上げると

「どうして…」

「彼女が君を助けた」

「結花子が…」

そういうと百合子は結花子の元へと駆け寄った。

「大丈夫?何で…あんな酷いことを言った私を」

結花子は打ち身に耐えながら

「理由なんてないわよ」

二人はヴラドに従い角の方へ移動すると身を寄せ合いながら二人の兄弟を見守った。

「兄さん。これでやっと対等と言ったところでしょう。人間とは本当に愚かな生き物だ。昨夜迄はあれ程罵詈雑言を吐き合っていたかと思えば身を以て助ける…弱い生き物だ。そうは思わないかい」

ヴラドはラドウのいる玉座まで上がると胸ぐらを掴みながら

「だから、強いのではないのか?我ら兄弟とて昔は同じであったのではないか」

「じゃあ兄さん。助けて下さいよ。兄様、僕に力を貸して…はっはっはっ」

ラドウは自分の幼い頃の声色を使って戯けて見せている

「ラドゥー。私達は長く生き過ぎた。もう終わりにしょうではないか」

その時、神殿内がぱっと明るくなり

「その通りだっ!もうお前達は終わりだ。塗炭の苦しみをあじあわせてやる」

黎明達が神殿の入口に立っていた。