書評 『起業ってこうなんだ!どっとこむ 』 | ブギウギ・チャイナ・オンライン(番外編)

ブギウギ・チャイナ・オンライン(番外編)

~浮生偸不得半日閑之偶亦博客乎~

 プレジデント誌06年4.3号  に 『起業ってこうなんだ!どっとこむ 』(藤田晋・米倉誠一郎)についての書評を掲載した


 「ライブドア・ショック」で、日本社会ではベンチャー企業に対する眼差しが多少、厳しくなるのではないかと思うこの頃である。だが、ホリエモンがやっていることと、他がやっていることとの区別や整理も必要であろう。


 もともと、ベンチャー経営は資金調達が必要である。そのために、上場を図り、株価が上がることによって資金を賄い、それを本業に投資するというのは、どの国でもごく正常な経営手法である。だが、上場で儲かったからといって、その資金を運用してさらに儲けを図ろうとなるとすでに正常の域から脱しており、あまつさえ儲けが出ているようなみせかけまでしてしまうと、まさに犯罪となってしまうのである。


 ベンチャーという言葉は、確かにもともと冒険という意味合いもあるが、それは無茶とは大違いである。ベンチャーだからこそ、実は、より堅実さが必要なのである。ライブドアの堀江貴文元社長と同世代の、サイバーエージェントの藤田晋氏は、かつて最年少社長として、東証マザーズ上場を果たしたことでその名を馳せた。しかし、ライブドアとの大きな違いは、「最年少」といわれながらも、実は本人はいたって堅実であるというところである。本書は、藤田社長が起業経験や経営観を巡り、経営学者の米倉誠一郎氏と対談する形式で構成されている。それを読んでその印象がさらに深まった。ベストセラーにもなった『渋谷ではたらく社長の告白』を通じて、藤田氏の起業ストーリはよく知られているが、本書の後半部分で披露される、経営者としての藤田氏の組織運営の一端は、実に生き生きとしていて、ベンチャー企業の経営者として、大変興味深いのである。


藤田 晋, 米倉 誠一郎
起業ってこうなんだ!どっとこむ

 たとえば、藤田氏の会社ではJ1、J2、J3という事業制度を採用している。簡単にいえば、採算性によって事業を昇格させる仕組みであるが、この制度は、社員に六カ月ほどの期限を与え、達成する目標や許容する赤字の下限を明示し、一つの新規事業を任せるのである。このようにして、事業を育てると同時に実に見事に人材も育成していくのだ。藤田氏自身はまったくのゼロからスタートして、四苦八苦しながら事業を立ち上げた経験の持ち主である。だから、潜在力のある若者に対して、「やればできちゃう」という実感を持っているのだ。だが、無茶は絶対にさせず、きちんと達成目標とチャレンジ期間や赤字の下限を設けるのが、藤田氏の堅実なところである。藤田氏の堅実性は、人材の採用にも現れている。なにしろ十数回にわたる同社の就職セミナーでは、すべて自ら応募者に語りかけ、一〇〇人以上の新規採用者全員の名前を覚えてしまう人なのである。そして、このように集めた若い人材にはいち早く、前述の新規事業を任せるのである。普通の日本企業では若い人に事業運営を任せるなんて、まずありえない。


 だから、本当に自分に自信があるのなら、大企業に拘る必要はない。仕事をきちんとまかせてくれるベンチャー企業のほうがやりがいがあるし、人間としての成長も速い。だが、経営手腕を見極める鑑識眼も必要であろう。無茶をするベンチャー経営者についてしまったら、運も尽きてしまう。堅実型経営者は往々にしてカリスマではない。カリスマ的なリーダーは、ぐいぐいと引っ張る力はあるかもしれないが、無茶な方向まで引っ張られてしまうと社員はたまらないのだ。堅実型経営者は一見、天才肌ではなくカリスマ性もなさそうだが、逆に、そのような経営者が率いる組織のほうが持続力がある。演技や話術で、世の中の人々を一時的に惑わすことができても、それはいつまでも続かない。企業経営とは、ステークホルダー全員に長く支持されることが肝要である。これは、長い目でみれば、どの国でも結局は同じであろう。本当に優秀な人材が集められる能力とは、かならずしもカリスマ性ではないと思う。


 一連の不祥事で、日本社会全体に落ち込みムードが漂っているが、一人の中国人としては、これを期に堅実型のベンチャーが日本社会を明るくしてくれると、期待を寄せたいところである。


最新の人気blogランキング