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あれはもう20数年前の出来事ですが
某舞踊研究所のアシスタントのようなことをやっていた頃
師匠がある町の団体から町のお祭りで踊るよさこいの振り付けを依頼されて
数人の弟子が同行して
団体の方々に振り付けをすることになりました。
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会場に行くと
たくさんの人
よさこいとはいってチームではなく
その地元の街の人たちの有志の皆さんが
誰でも参加できると言う団体でした。
高齢の男性も女性も若い人も子供たちも
踊りを習ったことがない普通の人たちが
そこで作ったオリジナルの音楽に合わせた
その町だけのよさこいダンスを習う日。
私は前に立って振り付けの順番を
踊ってみせると言う役割で
先生がマイクを持って指示を出し
たくさんの人が一生懸命汗をかいて
踊りを習っていると言う風景です。
ある程度振り付けが進んで
さあ皆さんで踊ってみましょうと言う段階になり
皆さんに対して背中を向けて踊っていた私は
初めて振り返って
皆さんの踊っているところを見ました。
子供の時からバレエやダンスを習ってきて
長いこと踊りを習っている人の
踊りしか見たことがなかったことに
その時まで気がつきませんでした。
そしてその日
初めて
町の皆さんが踊る姿を見たんです。
その時の感動が
すごかった。
圧倒された。
まず背丈も体型も違う。
年齢も違うし
例えば手の上がり方1つ
足の幅1つ違う。
ある意味バラバラ
小さい子の動き
高齢者の動きそれぞれが
それぞれのできる範囲の中で
一生懸命踊っている姿を見たときに
なんでしょう。
衝撃が走ったんですよ。
今までたくさんいろんな上手な人のダンスを見てきました。
しかも上を目指してきたわけです。
子供の時から上手な人を追い越したい。
東京に出てからも前に
1列でも前に行きたい。
選ばれたい
次のチャンスはものにする。
スターみたいな先輩みたいになりたい。
揃ってるのが良いと言う世界
世界大会で目の前に
世界のダンサーたちが来たり
そういうのたくさん見てきた。
たくさん見てきたのに!
私はこの
ある町の
老若男女が集まるこの踊りに
魅了されてしまったのです。
それは踊りの出来不出来うんぬんではなく
大地と人のつながりと言うんでしょうか?
多分古代人々は
嬉しい時や悲しい時
雨が降って欲しいとか
たくさんの恵みを前にして
踊っていたじゃないですか。
そんなことを彷仏とさせる
大地とつながるエネルギー
その場所で暮らしている人たちの踊りと言うのは、
こんなに大地が喜ぶんだ!という感じ
ダンスの基礎を習って
姿形も似たような人たちだけが踊る
今の世の中って
それがいいと
そうでなきゃいけないと思われています。
私だってそう思って習ってきたんだけど
上手になりたくて習ってきたんだけ
れど。
なんか違う。
何かが私の中で
切り替わってしまった瞬間でした。
そうして私はその後
お祭りダンスを依頼されて
次々創るような仕事をするようになります。
広報で募集した
ダンス未経験の皆さんと
大人も子供も
みんな一緒に