1998年 ホワイトデー <2> | Snow white ~さよなら 先生

Snow white ~さよなら 先生

はじめまして 日記という形で、香川先生との出逢いから別れの3年半を回想させていただきます。 

先生の運転する車は 隣県にある街のインターをおりて

交通量の多い国道に出ました。

「・・・ 買い物しよう。」

うとうとしていた私の目が覚めました。

「え?  なに?」

あわてた様子の私をチラッと見て 先生が笑い出しました。

「ほんま よう寝とったなぁ 

カナ ヨダレくってるで。」


先生が 自分の口元に手をやりました。

「嘘っ!」

びっくりして 口元を手で押さえる私が可笑しかったのか

笑う声がさらに大きくなりました。

「嘘々 ヨダレなんて大嘘や。」

むぅ (-""-;)・・・

「ゴメン・・・ もうすぐ着くから機嫌直してな

カナの好きなもん 何でもこうたるから

今日は 買い物しような?」

ふくれた顔をのぞき込んできました。

「もので釣らんといてよぅ!」

「ゴメンな でもこれは本気なんや

バレンタインのお礼に カナが欲しい思うもの・・・」


先生に お金の負担をかけたくなかったので

その言葉をうれしく思いながらも

少し複雑な気持ちでした。

「そんなら CDが欲しいなぁ・・・」

今BGMで流れている ドリカムの昔のCDでした。

それまではあまり関心がなかったのですが

ボーカルの吉田美和さんの声が 伸びやかで

ある日 歌を聴いた時

元気をわけてもらえるような気がしたのです。

「CD? そんなんでええんか?

俺は 服でも買おうかと・・・」


そんなの とんでもないです。

去年みたいに 5万以上も遣わせるわけにはいきません。

「そんなんええよ  うち今一番欲しいのはCDやし。」

そう言うと 先生は正直ホッとしたようでした。



車をコインパーキングに入れたあと 

私達は手を繋いで 街を歩きました。

CDを買ってもらったあと 先生の靴下を見に行きました。

薄いピンク色とか 見ていて楽しいものに目がいきます。

プライベートで履くのもいいなぁと 明るい色も混ぜて

全部で3セットほど買いました。

「このあとは どうしようか?

どっか 行きたいところはあるか?」


腕時計を見たあと 先生が訊いてきました。

私は 先生と一緒ならどこでもいいので

特に ここへ行きたいという場所はありませんでした。

「う~~ん 特には無いけど

あっちゃんには 行きたいとこあるん?」


逆に訊き返して 先生の顔の方を見上げたら

しきりに 自分の髪を何度もなでています。

「どこに行きたいん?」

もう一度訊いたら ぐっとからだを引き寄せられました。

「・・・さっき 来る時車の中でゆうたやろ?」

来る時 車の中・・・

鈍い私は 頭の中で思考がつながるのに時間がかかります。

「あっ!」

先生の行きたがっているところ それはラブホテルでした。

「えっ  え・・・  まだ陽も高いし明るいよ。」

焦ったせいで 訳の分からないことを口走ってしまいました。

それを聞いた先生が 大声で笑い出したので

周りにいた人達の視線が 先生の方に集まりました。

「あっちゃん そんなに笑わんで 

人が・・・  見てるし。」


先生を引っぱって 無理矢理歩き出しました。

「ちょっ・・・   カナ  わかったって

待って。」


途中で手を離して スタスタと歩いて行く私を

先生が追いかけてきました。

私は簡単に追いつかれました。

なぜなら あるお店のショーウィンドゥに釘づけになって

そこで立ち止まっていたからでした。

「カナ どうしたん?」

とても細かい ゴールドのボールチェーンに

ひと粒 真珠がついたネックレスでした。

決して目立つようなデザインでないのに

私を 惹きつけてしまいました。

くい入るようにそれを見つめる 私の隣で 

並んで見ていた先生が お店のドアをあけました。

「カナ おいで。」

「え・・・」

中に入った先生が すぐにお店の人に声をかけました。

「すみません 表に飾ってあるちっちゃい真珠の

あのネックレス 見せてもらえますか?」


「ちょっ・・・  あっちゃん そんなんええって

買うわけやないのに 見せてもらうやなんて。」


店員さんが1人 こっちに歩いてきて

ガラスドアの鍵をあけて そのネックレスを取り出しました。

「どうぞ こちらであわせてごらんになって下さいね

鏡がありますので。」

戸惑う私の手を握って 先生が店員さんについて歩き出しました。

「あっちゃん・・・」

「ホワイトデーの贈り物ですか?」

店員さんが 満面の笑みを先生に向けています。

先生も 負けないくらいの笑顔でした。

「そうです 彼女がすごく気に入ったみたいで

僕も   似合うかなって・・・」


もしかしたら とんでもなく高いかもしれないのに

先生はいったい 何を考えているんでしょうか?

「あっちゃん ええって!

すみません あわせなくていいです。」


食い違う私達の意思表示に 店員さんが困った顔をしました。

「カナ  このネックレス気にいったんやろ?

値段のことを気にしとるんやろうけど つけてみ?

つけてみて あわんかったらそれまでの縁やし。」

先生の顔を見上げると そこには

私の大好きな 優しい目をした先生がいました。

「・・・つけるだけやからね。」

鏡の前でつけてもらったら 私が恐れていた通りでした。

好みのもの ど真ん中ストライクでした。

「カナ 素直にゆうてくれよ

気にいったか それともイメージと違うか?」


値段もわからないのに 迂闊に気に入ったなんて言えません。

嘘をついて 「思っていたのと違う」 そう言おうと思いました。

先生と店員さんが何か話しています。

そのあと 先生が何か考え込んでいます。

きっと 値段を聞いたのだと思います。

そしてそれは 決して安くはなかったのだと思います。

「悪いんですけど・・・」

「じゃあ これください  このままつけて帰りますから。」

私の言葉は 威勢のいい先生の声に消されてしまいました。

「えっ! ちょっ・・・」

「めちゃ似合ってる きれいやんか

俺が気にいったんや カナもほんまは気にいったんやろ?

金のことなら 気にせんでええから。」


「でも・・・」

まだ抵抗する私の耳元に顔を近づけてきて

先生が ひと言ささやきました。

「俺の 嫁さんになる人っていうしるしや ええやろ?」

そんなことを言われてしまったら NOと言えません。

その言葉に ノックアウトされてしまって

ボ~ッとなっている私をしり目に

先生は店員さんと話をしながら 会計を済ませているようでした。

『俺の 嫁さんになる人っていうしるし』

心の中で この言葉を反芻するたびに

胸の鼓動が 大きくなってくるのでした。




ちなみに このネックレスのお値段ですが

私があとでいくら訊いても 先生は教えてくれませんでした。

「そんなことは 気にせんでええから

大切にしてくれたら それでうれしいんや」


目を細めて 笑うだけでした。

だから今でも 私は知らないでいます。