家まではもう随分近づいていた。あと少しだけ我慢すれば、この空間から解放される。
「次の信号を右に入ってください」
あたしは運転手に道を告げた。
三回ほど家までの道のりの説明をすれば、すぐに見慣れた黄色の壁と緑の屋根が見えてくる。
あの黄色い家です、と運転手に言ったら、きちんと門の前に横付けしてくれて、車のドアが開かれた。
「……送ってくれて、ありがとう」
言いたくなんてなかったけど、一応は、蜂谷蒼生にお礼を言った。
二秒ほど待ったけど返事がなかったから、あたしは膝の上の封筒を掴んでタクシーを降りた。
礼儀として、車が出るまでは見送ろうと思っていたら、思っているうちに彼はタクシーから降りてきた。
何で?
無表情なまま、彼はあたしの前に立つ。
「おい」
「は、はい」
「親にはちゃんと話しとけよ。あと、もし頭痛とか吐き気とか出てきたら、救急車呼べ。それと、酒は飲むなよ」
「え、と……お酒は飲みません。未成年だし」
「……」
「……」
「……」
これって、一応心配してるの?
タクシーは走り去っていった。家の前でまた二人きりになってしまう。
何だか帰りづらい。でも早く帰りたい。
「じゃあ、あの、あたし……」
帰るね、と切り出そうとしたときだった。
蜂谷蒼生のずっと向こうに、黒のマウンテンバイクに乗った隼が見えた。
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