一昨日の「平清盛」でさ、魔王化のシーンの時、一瞬だけ、崇徳さんの御膳が映ったんだ。御膳はお米がカピカピでネズミが這ってた。それを足蹴にしながら、崇徳さん、『勝手に』のたうち回ってた。おれにはそんな風に見えた。
“上皇さんがいらした時は、最初どんなもんだしたらええかわかんなかったけど、今日はご馳走作りまっせー!“とか
崇徳さんが歌を吟じてたら、
“歌の事はようわからんけど、ええ調べですわ!“
とか言ってた讃岐の現地の人が作ったんだろうね。
その人には、魔王化してく彼がどんな風に見えただろうね。
彼が魔王化してる最中も、きっと、ある時期までは、黙って、ご飯は作ってあげたんだろうね。
夫婦だったよね。
二人は、京からはるばる来て、里心でないように、あわよくば讃岐が好きになってくれるように、
精一杯もてなしてたんじゃないかな。だから悲しかったんじゃないかな。
“もったいないなー…“
おれはそんな風に思った。香川は歌いにいった事があってよ。
海も山も飯(特にうどん。)も北海道や沖縄とまた違った雰囲気があって、おれは楽しかった。
また歌いにいきたいと思う。機会ありゃ住んでもいい。
瀬戸大橋すごかった。
おれのDNAは半分、関西人だしさ。
瀬戸内海はさんでご先祖の土地眺めるのも楽しかった。
すべてはこのエロジジイが
ハーレム作って、こんなうらやましいことばっか、自分勝手に散々繰り返したツケを子供達が支払されたって最悪な形なんだが。
おれが思う平清盛像自体は、その生い立ち故にもう少し屈折してるイメージなんだが(※HPコラム参照)、
こんなして、その生い立ちを逆手にとって生き抜くってやり方だってあったはず。
あの讃岐の人たち、こんな風に”いつもにこにこしててほしいなー!”って思ってくれてたはずよ。
そんな目の前の思いやりすら見えなくなったら、
おれ的に言わせてもらえれば、
その人の人生は、そこで【論外】だな。
おれよ、最悪な状況の時こそ、なんとか、【笑える方向】にもっていきたいって性分だよ。
時になんとしてでも。
別に、人に笑ってほしい、とかじゃなくて、おれが大爆笑できればそれが最高!☆
”あながちそんな自分の方向性、間違ってはないな。”って思えた、そんな回だったよ。