小説・ ザ・スチュワーデス。

CAの仕事のドラマ度は、私生活にくらべれば、ちいさい。

わたしが、出会った、素敵なCAたちが、この小説のモデルです。

けっこう、イタイ日常が、ここにもあります。


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CA 響子 その15

「そうよ。東洋は、北洋に。北洋は、東洋に。ってことよ。まあ、打率としては、

北洋に軍配があがるわね~、残念だけど」

「なんですか~!それ。もっと聞いてみたいです」

何も知らないさやかが、うれしそうに教官のほうを向いて言った。

わたしは、教官がいったい何を話し出すのかが気になって、すっかり食欲をなくしていた。

ビールがほどよくまわり始めた教官が、楽しそうに話し始めた。

「笑っちゃう話があってね。もえぎ歯科って知ってるかな?みんな」

もえぎ歯科は、都内で最も大きな歯科病院だった。

響子は、すでに青ざめはじめていた。わたしは、西井がもえぎ歯科につとめて

いることを、もちろん知っていた。

そんなことには、もちろんまったく気づかない山岸は、早口で話し続ける。

「そこのドクターと、北洋で飛んでるわたしの友達が、来年結婚するのね。

ほら、あづさちゃんこの前会ったでしょ、あの人よ」

「え、ええ。」

魚の目のように動きがにぶくなった、響子の大きな瞳がわたしのほうを

じろりと、向いている。

「この相手ってのがひとくせあってね。東洋の、わたしの後輩ともつきあってたのね。

わたしの友達は、その男より8つも年上だから、まあ結婚なんてムリだって思ってたらし

い。だけど、尽くしに尽くしてついに結婚まで持ち込んだのよ~。」

その男が、西井なのかはまったくわからなかった。

第一、山岸の後輩と、響子は別人のはずである。

響子も何も聞こうとはしなかったから、わたしは黙って山岸の話しに耳をかたむけた。

「なんでも、開業するにあたってブレーンになってくれたってのが、わたしの友達との結

婚の決めてになったらしいよ。場所探しに、インテリア、医療接遇。彼女は全部、彼のた

めに勉強してたからね~。そこまで尽くせないのが、東洋キャラなのかもね~。

わたしの後輩なんて、送り迎えにプレゼント豪華なデートの連続だって、喜んでたけど

やっぱり、そんなのは続かないもんね。」

いったい山岸は、誰のことを話しているのだろう?そして、響子はどこまで知っているの

だろう?

わたしは響子の額の影が、その答えを語り始めるような予感がしていた。

つづく


CA 響子 その14

楽しいはずの食事会は、19時から始まった。

普段着に着替えたみんなが、地下の飲茶レストランに集まった。

マンダリンオレンジと、深いえび茶色のシックな空間に、大きなデンファレの生花が

華やかさを加えていた。

大きなラウンドテーブルには、すでに、くらげや鴨の前菜と紹興酒やビールが

ならんでいた。

「え~。オーダーしてないのに。何で並んでるの?」美由紀が言った。

「スタッフメニューってのを、用意してくださってるのよ。裏メニュー。ステイ先には

ありがたいことに、けっこうあるのよ。

だから、おいしいと思ったら、ちゃんとこちらを、宣伝させていただきましょうね。」

山岸教官は、かいがいしくグラスを配りはじめた。

わたしのグラスに、教官がビールをついでくれた。

「申し訳ございません。わたしが先にやらないといけないのに」

そう言っているうちに、みるみるグラスが、黄金色に染まっていく。

「いいのよ。今はフライト中じゃないんだから」

この人は顔のひとつひとつの部分が、穏やかなつくりをしているなと、

横顔を見て、わたしは思った。目も鼻も口も輪郭も、すべてがソフトだが

全体の顔立ちには、強い意思が感じられる。

「じゃあ、みんな。初フライトお疲れ様。まあ、とっちらかったけど、

最初はこんなものです。それと、響子さん。早く治してラインアウトしてね。

乾杯」

「乾杯」

テーブルには、ジャスミンティーの香りも漂い始めていて、

なんともいえない、フライト後のリラックスした時間がながれていた。

湯気があがる大きなせいろのシュウマイが運ばれてきた。

そういえば、今日は緊張のあまり、朝のコーヒーからは、なにも口にしていないこと

にきづいた。

ずいぶんとテーブルに、空いた小皿が増えた頃さやかが、口を開いた。

「教官にひとつ、聞いてもいいですか?」

「いいわよ。あのさ、教官ってのはフライト中だけにしてくれない?」

「え~。山岸さんでいいんですか?」

わたしも、響子もさやかも、そして美由紀も、同じ制服を着て同じフライトをしてきた

のに、山岸教官を職場仲間とはとらえられなかった。まだ、夢の世界にいる人としか

思えなかった。そのくらい、彼女は独特の空気をまとっていた。

「あたりまえじゃない。教官、教官って言われると、今日の反省会になっちゃうわよ」

「それは困ります~。」

東京行きの便で、お客様の前でパンプスが脱げてしまった美由紀が、笑った。

「じゃあ、さやかさん、続けてよ」

「教官は結婚なさってるんですか?」

さやかはいつも、ストレートなのだ。確かに、訓練中に何度も昼食で話題に上ったことだった。

わたしだったら聞かないけれど、誰かが聞いてくれることを待っていた。

「そう来ると、思った。してないわよ、今のところ」

「やっぱり。教官は生活感がないから、きっとそうだと思ってました」

さやかは、ほめ言葉で言っているつもりのようだ。

若さは、時にひどく残酷である。そんなことには、だれもきづいていなかったけど。

鼻の方にむかって、きゅっと上がった唇が愛らしいさやかは、続けた。

「じゃあ、彼氏さんはどんな方なんですか?」

「普通の人よ。まあ、夢をいつも持ってるところが、好きなのかもね」

「へ~。」教官の目じりが、一瞬下がった。この人も恋をしている。

「これから、みんなも出会いがあるわよ。でもね、同業者には気をつけてよ」

パオに、角煮をはさんでいた響子が、顔をあげて、言った。

「え?それって、CAってことですか?」

「そうよ。東洋は、北洋に。北洋は、東洋に。ってことよ。まあ、打率としては、

北洋に軍配があがるわね~、残念だけど」

つづく

CA 響子 その13

響子は客席の、最後方に座ってのオブザーブとなった。


わたしも、さやかも、美由紀も、指導教官の教えには逆らわないタイプだったから


特に大きな問題なく、福岡と羽田を往復。


逆らわず、指示に従えるかどうかのチェックがすなわち、OJTなのだ。


東洋航空は伝統ある会社である。長い時間を経て作り上げられた、マニュアルを


正確に実行することが、この会社での仕事なのだ。


夕刻にはステイ先である福岡に再び、到着した。


空港から、市街地までのアクセスが抜群なので、CA達にとても人気のある


ステイ先でもあった。


山岸教官が、ホテルに向かうタクシーの中でわたしに話しかけた。


「ねえ、この前のライブ楽しかった?」


「ええ。とっても。」


わたしは、助手席に座っている響子を、バックミラー越しにちらりと見た。


あまりこの話題を大きくしたくなかった。


バックミラーにうつる彼女は、相変わらずきれいだったけれど、


大きな二重まぶたの上が、少しくぼんで影になっていた。


「今日は、ライブってわけにはいかないけど、みんなも初ステイだし、


ごはんでも、食べにいこっか?」


「いきます!」まず最初に、さやかが声をあげた。


ホテルに到着した。ここは、うすいピンクとグリーンを基調にした、女性好みの


かわいいホテルだった。下のレストランのパンやスイーツ、飲茶などどれをとっても


なかなかのものだった。博多の駅までも歩いていけるところもお気に入りだった。


「わたしは、お部屋にいてもいいですか。」


響子が、ちいさい声で言った。


「そうよね。響子さん。ごめんなさい。わたしすっかり忘れてたわ。


歩くのつらいもんね。じゃあ、さっきのは、撤回!下のレストランで、


大飲茶会にしましょ。それなら、大丈夫?」


「はい。それなら。」


響子は、上手に愛想笑いを作り終えていて、わたしは、ほっとした。



何が、響子に起こっていたのかはわからなかったのだけれど。




楽しいはずの食事会は、19時から始まった。








つづく

CA 響子 その12

4日後、わたしたちの、訓練フライトが始まった。

午前8時発の、福岡行きが、わたし達の記念すべき初フライトとなった。

当日、一緒に初フライトを迎える、さやかと響子、そして、同じく同期の

美由紀と、早めに社員食堂で落ち合った。

コーヒーを飲みながら、みんなとテーブルを囲んだときわたしは、

本当に自分の夢が、実現したのだと、実感した。

制服に身を包んだ、3人は、不安でいっぱいの新人CAには見えなかった。

どこからみても、東洋航空の立派なCAに写っていた。

コーヒーカップのロゴも、スプーンも、すべてが、わたしがこの会社の一員

であることを、あらためて思い出させてくれた。

そのとき、ライムのジュースを飲んでいたさやかが、響子にはなしかけた。

「響子。昨日、新橋の駅に、いなかった?わたし、待ち合わせをしていて、

なんだか、ここには、似合わない人が立ってるな~と思ったら、響子だったの。

ブルーの、ニット着てたでしょ?」

「うぅぅん。ちょっと、用事があってね」

響子の血色のよい、頬が、にわかに、色を失っていた。

わたしは、とっさに、西井の姿が浮かんだから、話題を変えることにした。

「そろそろ、ブリーフィングの準備に、いかないと。今日の教官は、だれだろうね~」

3Fのオフィスに着いた。

わたしたちの、教官を探すことにした。

訓練中は、毎回、違うインストラクターがわたしたちを、グループ単位で指導してくれる。

どんなインストラクターに、当たるかが、最大の関門でもある。

この、評価で訓練所を卒業できるかが、決まるのだ。

「ちょっと~!わたしたち、超ラッキーかも。山岸教官って、出てる」

福岡便の乗務員リストに、山岸教官の名前をみつけた、

美由紀が、満面の笑みで、走ってきた。

「やった~。これで、初フライト、初ステイは、安泰だね」

「あなたたち、声が大きいわよ」教官が現れた。

救難訓練部では、いつも、つなぎを着ていた、教官が、今日は制服を

本当に、上手に着こなしていた。制服は、着こなすものなのだと、

教官の姿をみて、わたしは知った。

勝手の知れた、教官との初フライトで、みんなは、喜びをあらわにしていた。

うしろで、うなだれる響子のすがたになんて、だれも気がついていなかった。

つづく

CA 響子 その11

左の目から、大きい涙の粒が、いまにも落ちそうだった。

響子の心を、揺さぶる人間は、今は、西井しかいないはずだと、わたしは

思った。

「痛みはどうなの?」

「うん。まあ、そこそこ。足の痛いのは我慢できそうだけど、ここがね。」

響子は、胸元を指差した。

「いったい何があったの?」

「窓からね、見えたの。拓也と、ちょっと老けた女の人がモノレールに

乗ってるところ」

訓練所は、モノレール沿いにある。

窓を開けていれば、こちらからも、むこうからも、中の様子が見渡せる。

わたしは、まったく驚かなかった。

カフェでみかけた、あの女性にちがいない。山岸教官の、あの友達にちがいない。

響子は続けた。

「それでさ、わたし、その場で、携帯に電話したの。そしたら、彼がでてね、

今、名古屋に学会に来てるから、きるぞって」

なんて、西井はタイミングの悪い男なのだろう。

移動の多い人間とはいえ、なぜ、あの年配の女性と、こんなところに

頻繁に現れるのだろうか?

いや、響子は、やはり、守られている。そう、わたしは、確信した。

西井と、響子を引き裂く、何か、強いものが動きはじめているのだ。

「ねえ、彼とは、今後もやってけそうなの?」

「うん。この前も、開業場所を見にいったのよ、一緒に。親にも会って、もらったし」

響子の父は、秋田で大きな酒蔵を経営している。

一人娘の響子は、本当は、家をつがなければならない立場だった。

しかし、東洋のCAになったことは、小さな田舎町では、知らぬものはいなかった。

開業歯科医師との結婚が決まりかけていると聞いて、父は大喜びをしたらしい。

「わたしは、とても、仕事を続けていけるタイプじゃないの。ちゃんと、守ってくれる

人と、静かに暮らしたいの」

彼女の自己分析は正しいと思った。自分が見えていないことは、悲劇である。

「それは、わかる。そのほうが響子には、向いてると思うけど。でも、このままだったら、

響子、病気になっちゃうよ」

響子は、モンブランの栗をつつきながら、答えた。

「拓也はね。わたしと会ってるときは、決して電車になんて乗らせないわ。

モノレールなんて、わたしには似合わないって必ず、車で来てくれる。あのおばさんは、知り合いなのよ。」

この話をもっとも信じていないのは、響子自身だと、わたしは思った。

同時に、ずいぶんと、鼻につく物言いをする響子のことが、わたしは、

少し嫌いになっていた。

一生懸命に訓練を受けていた響子の姿は、本当に美しかったし、わたしは、

美貌と、知性を兼ね備えていることに、憧れを抱いていた。

いや、もともと、嫉妬していたのだろう。わたしを含め、なぜか、響子に

積極的に話しかけるものがいなかったのも、


きっと、響子への羨望があったからにちがいない。

「そうなんだ~。じゃあ、友達なのかもしれないね」

わたしは、こう答えるのが精一杯だった。

「わたし、OJTフライトは遅れちゃいそうだけど、あづさたちの、福岡便で

オブザーブ(見学)させてもらうことになるみたい。初フライトは、一緒ってことだね」

4日後、わたしたちの、訓練フライトが始まった。

つづく

CA 響子 その10


響子からのメールだった。


「あづさ、今どこ?」


あまり、普段メールしてこない響子のことが気になって、


直接電話してみることにした。


「どうしたの?こんな時間に。」


「私さ、くるぶしの骨を折っちゃった」


「え~!!どうしたの、どこで?」


「訓練所の、階段から落っこちたの。ちょっと、ぼんやりしてたみたい」


「入院はしてないんでしょ。西井さんには、連絡したの?来てもらいなよ」


「したんだけど、つながらなくって。いつものことだけど」


響子には、女友達は少なかった。


わたしは、響子と親しくなるまで、彼女には、男友達がたくさんいて、


いつも、ちやほやされている、印象を持っていた。だから、


わたしに電話が来たことが、とても意外だった。


「実家には、心配かけるし電話してないんだけど。OJT(訓練乗務)も遅れちゃうかも」


と、だんだん声が小さくなってくる。


「わかった。じゃあさ、ちょっと、そっちにいくね」


わたしは、良輔の車で、彼女のマンションまで送ってもらうことにした。


彼女の住所が、同期名簿で、自由が丘になっていたことを、わたしはよく覚えていた。


わたしたちの訓練給では、決して、住める場所ではない。


駅から、細い道を少し入ったところが、彼女のマンションだった。


テレビインターフォン越しに、響子が姿を見せた。


「ごめんね。実家の子が多いし、わたしさ、あんまり仲良しがいないから。


東洋には」


広いリビングには、大きなアルフレックスのソファが、陣取っていた。


ローテーブルの上に、東洋の赤のエマージェンシーマニュアルが、


開かれたまま、おかれている。


「お茶でも、入れるね」


「いいよ。足痛いでしょ。」


わたしは、おみやげに急いで買った、グラッセリアのケーキの


箱をあけた。


紅茶の、いい香りがしてくる。わたしは、やっぱり、響子の骨折の原因を、


西井とむすびつけたくなった。


「響子らしくないじゃない。階段から落ちるなんて。いつも冷静なのに」


「わたしだって、取り乱すことくらいあるわよ」


強い口調で、響子は言った。


左の目から、大きい涙の粒が、いまにも落ちそうだった。


つづく











CA響子 その10

天王洲の駅についた。直結するホテルの入り口に、ひとりの女性が立っていた。

こちらを向いて、手をふっている。

大きな、巻髪が、白いスプリングコートの襟元を、美しくかざっている。

わたしは、目をみはった。

あの、女性だ。西井と、第二ターミナルのカフェで話しこんでいた、

あの、CAらしき女性が、そこに再び現れた。

あの時より、ずいぶんきれいに見える。

わたしは、唖然とした。

立ち止まるわたしに、教官は、

「相変わらず早いな~!あれが、友達なのよ。そうそう彼女も、わたしたちの仲間よ、

彼女、北洋で飛んでいるのよ。じゃあね!」

教官は、風のようにいなくなった。

こんなところで、再会するなんて。わたしは、響子のことが、また気になりはじめた。

ライブの後、良輔と、カシータで、食事をしながらくどくどと、ことの

顛末を話した。おしゃれな場所でも、ふだんと変わらず、おいしそうに、ぱくぱく

食べる良輔を、わたしは気にいっている。

彼は、フューチャータイムズという、英字新聞の駆け出し記者をやっている。

人の話を聞くことが、仕事だからか、いつもわたしの、話を根気強く

聞いてくれるのだ。

パーティに行ったということは、はじめての彼にたいする、隠し事だった。

わたしは、西井が3人の女性とつきあっているという想像を、彼に話した。

「あのさ、テレビの見すぎじゃないの?だいたい、歯科医なんだから、

そんなことって、よくあることだろ。その響子ってのもさ、どうせ、動機が不純

なんだから、そのくらいは覚悟すべきだよ。でもさ、CAってこわいよな。

なんで、そんなにつながるわけ?あづさも、くだらないことばっか言ってないで、

ちゃんと、働けよ」

CAの世界は、せまい。

CAと知って、近づいてくる人たちとの交流は、確かに広がる。

世の中には、一定数、CAであるわたしたちを好む男性が存在する。

彼らにとっては、わたしたち自身のことより、「CAである」という、事実が大切

なのだ。わたしたちCAの中にも、「ステイタス」を、男性に求める者がいる。

利害関係は、一致するのだ。

利害関係は、心を伴いにくいから、会社の枠など、超えてしまう。

CA同士が、つながっているという、良輔の見立ては、あながち、まちがってはいない。

せまい、世界で、同じ人物が、同じようなことを繰り返す。

カシータを出た時、メールの受信音が、鳴った。

つづく



CA響子 その9

響子の、額の影が、いっそう、目立っていた。

この状況に、釈然としないものがあるから、きっと響子は、わたしに

この話をしたのだろう。おおむね、心に、何か、思うことがあるときに、

女性はおしゃべりになる。だれかと、このわだかまりを、共有したくなるのだ。

次の日。救難訓練のテストが、おこなわれた。

わたしは、赤ちゃんを抱えた若い女性、響子は足の不自由な、お年寄りの

お客様の配役を、指示された。仲良しのさやかは、CA役、それも、

ドアサイドで、救難訓練のメインとなる、脱出指示を担当することになった。

こんなとき、童顔で、頼りなげな、さやかが、大きく見える。

英語の指示も的確だった。

最終の乗客がスライドから、すべりおりて、さやかも、あとにつづく。

「ぎゃあっ~」

もっとも、ふだんのさやかに近い声で、彼女は、頭から、スライドに滑り込んだ。

「あ~!!」「さやかさん!!」

バランスをくずして、頭からすべり降りた、さやかを、山岸真美子教官が、とっさに、

スライド下で、しっかりと、キャッチした。

さやかは、無傷だった。

「間違った指示をお客様に、お伝えすると、このような、おそろしい脱出となります!

生で、見られてみんなは、ラッキーよ。さやかさんに、感謝ね」みんな、試験が終わった

開放感で、思いっきり、笑った。

試験で、とんでもない失態をしたかと、真っ青になった、さやかが、いつもの

さやかに戻っていた。

後は、訓練乗務を残すばかりだ。

羽田のトレーニングセンターを出て、天王洲アイルまで、山岸教官とご一緒した。

山岸教官は、わたしたち憧れの存在だった。

どんな、失敗をわたしたちがしても、受け止めて、はげましてくれる。

わたしは、彼女自身をはげまして、受け止めている男性は、いったいどんな人なのかと、

思っていた。

動き出したモノレールで、緊張しつつ、わたしは教官に聞いてみた。

「教官、今日はデートですか?」

訓練服である、つなぎから、うすいモスグリーンのワンピースに着替えた教官

は、本当に魅力的だった。わたしは、自分が若いことを、このときばかりは、

恨めしく思った。それほど、彼女は、成熟したおとなのおんなだった。

「今日はね、学生時代の友達と、食事なの。長い付き合いなの。あづさちゃんくらいの

頃からの知り合いだから。デート?試験も終わったもんね」

「はい。わたしは、天王洲で、ライブがあるんです。」

「そうなのね。彼、大切にしなさいよ。出会いは大事にしないと。とくにCAはね」

そういった、教官は、ふと、モノレールの外に、視線をうつした。

天王洲の駅についた。直結するホテルの入り口に、ひとりの女性が立っていた。

つづく

CA響子 その8

「この前さ、例のところで、拓也が女の人と会ってるの、目撃しちゃったの」

やっぱり。わたしは、おもった。

ついこの前まで、西井さんと呼んでいたのに、拓也と変わっている。

「例のところって?」

「ホテル西洋銀座だよ。ティールーム」

ここは、わたしたちが、よく訪れるホテルである。スコーンのおいしさは、

格別で、よくクルー仲間をみかけるスポットでもある。

「へ~。でもさ、友達かなんかじゃないの?」

「ちがう。わたし、その子のこと知ってるの」

「子?」わたしの頭に浮かぶ女性と、子、は結びつかない。

「知ってるって?」

「北洋のクルーなのよ。この前の、パーティに来てた。」

「へ~。じゃあ、わたしたちくらいの年なの?」

「うん、同じ学年だって」

「ずいぶんくわしいんだね。何で、知ってるの、その人が北洋のCAだってこと」

「拓也の一言でわかったの。(君の会社のチームは、何人編成なの?)っていうひとことで。」

どうして、人間はボロがでてしまうのだろう。

わが東洋では、何千人といるCAが、十数名づつ、分けられている。

そのひとかたまりを、グループと呼んでいた。

北洋では、それが、チームと呼ばれるのだ。

西井が、北洋のクルーとなんらかの接点があることに、CAなら一瞬にきづく。

おいしそうな、餃子が運ばれてくる。響子は、お皿をおしのけて、

わたしの、顔にちかづいてきて、話した。

「わたしもさ、あそこで、拓也と待ち合わせしてたの。そしたら、彼、日を間違ってたら

しくって。わたし、すぐに状況がわかったから、なにも言わず、出て行ったの」

「よく、動揺しなかったね。」

「したわよ。でもね、かれが、北洋の子とつきあってるってことは、わかってたし」

「でもさ、そんなの、平気なの?」

「平気じゃないけど、わたしが、本命だから。遊びなのよ、あっちは。

彼くらいの男をつかもうと、思ったら、そのくらいのリスクは負わないとね」

北洋航空は、東洋航空と肩を並べる、ライバル会社だった。

ライバルは、会社間のことだけではなく、わたしたちCAの私生活にまで

影響するのが、面白いところだ。

「でもさ、気にならないの?これから、わたしたち、外地に出て、留守も多くなるし」

「わたしは、本命だってことが、わかったの。かれ、怒ってホテルから出て行ったわたし

を、追っかけてきたの。あの子を置いて。でね、京橋の駅のところで、プロポーズしてく

れたから」

「え?そのときに?」

「うん。あいつは、まとわりついてくる、ただの女だよ。結婚してほしいって」

なんだか、西井がとてつもなく悪い男に見えてきた。

羽田の女性のことも、頭から離れなかった。

「なんだ~!それならよかったじゃない」わたしは、とりあえずは、響子が喜びそうな

一言を、口に出してみた。

「うん、まあね」

さめた、スープから、すっかり湯気はきえていた。

響子の、額の影が、いっそう、目立っていた。

つづく


響子 その7

CAは、CAを見抜く。空港でなくても、街角でお茶をしていても、同じ空気をまとった

女性を、探し当てることができる。

空のにおいを、まとってしまうからかもしれない。

自由と、誇りのにおい。

わたしは、薫が手前に座っていることに、きづいたから、西井に声はかけなかった。

薫と、店をでるときも、まだ、西井と女性は、話しこんでいる。

ひじをついて、話す女性の姿が、西井に心をゆるしているように感じられた。

わたしは、そんなよけいなことを、響子に話すなどという悪趣味は、幸い持っていなかっ

た。モノレールの駅に向かうあいだ、薫の話を、ほとんど聞いていなかった。

聞いていないのに、適当にあいづちがうてるほどに、わたしは、ある意味成長をとげてい

た。薫は、東和物産の一般職についていた。あこがれていた、ファッションブランド

のプレス希望だったが、夢がかなうことはなかった。

まだ、おたがい、社会人になって日が浅い。けれども、夢がかなったわたしと、かなわな

なかった、薫には、微妙な境界線ができはじめていた。

わたしは、楽しい訓練のはなしを、薫にはしなかったし、薫もことさら、CAのことには、

触れなかった。

薫は、わたし意外の友達にも、こんな風に、何も聞かないのだろうか?

ふと、横並びで、さっきのお茶について、語っている薫の横顔をみながら、

わたしは、考えた。

救難訓練を、明日にひかえて、わたしたちは、訓練所で居残りをしていた。

ひと段落つき、訓練所をあとにして、自宅のものは、帰路を急いでいた。

一人暮らし組である、わたしに、響子が、声をかけてきた。

「ねえ、今日、先約あり?」

「あるわけないよ。明日、テストだもん」

「よかった。ごはん、食べてかない?」

「そうだね」

わたしたちは、ちょっと、足を伸ばすことにした。

東洋航空のCAが、穴場にしている店である。おおよそ、東洋のCAのイメージとは

似つかわしくない、この、ちいさな中華料理店を、教官に教えてもらったときは

驚いた。本場の餃子を食べさせるこの店は、東洋のかつての社長が、愛した店としても

有名だった。世界中をフライトするうちに、シンプルなおいしさのありがたみを

知るためか、こういった小さな店の、情報にも事欠かないのが、CAの世界である。

オーダーを終えると、ビールとウーロン茶が運ばれてきた。

響子は、酒豪である。コップに注がれた、ビールをいっきに飲み干す響子、

の、額に、あの、たてじわがあらわれていた。

「最近、どうなの、プライベートは?」

わたしは、なんとなくいやな予感がして、ウーロン茶に手もつけず、口火をきった。

つづく