大豆・・・ミツキ商会から購入(第41章 参照)
 湧き水・・・レクスール川のグリードルから採取
 コットンの布束・・・ビスク西の裁縫屋で購入
 ソウルオブヤマト・・・シェル・レランに在庫有り。シレーナがガルム回廊から大量に持ち帰ってきたらしい。
 とうがらし・・・ヌブール村で購入
 オルヴァンの肉・・・武装コックに狩ってきてもらった
 ソウルオブシルクロード・・・マオより借用(第40章 参照)
 
 キッチンカウンターの上に、全ての材料が並べられた。その前に立つのは、マスターシェフ包丁と気まぐれフライパンを構えたライチ。
 そして厨房には、この珍しい料理を一目見ようと集まった、お祭り好きのシェフ達。
 今まさに、ここレストラン「シェル・レラン」で、ダイアロス初となる「中華料理」が作られようとしていた。
 数十の視線を受け、ライチはゆっくりとその手を動かし始めた。
 棚からボウルを取り出し、水を張る。
 そして。
 カウンターに置かれた小さな丸い食材、大豆を摘むと。
 そのボウルの中に、ポチャンと投入。
 「・・・えと、これを一晩浸けておきます。今日はこれで終わりー。」
 ・・・一瞬の間が空いて。
 「「「「「・・・って、それだけかよ!!」」」」」
 シェフ全員の声が、見事にハモった。


 そんな事がありながらも、翌日ちゃんと豆腐は完成。続いて麻婆豆腐も完成させた。
 その物珍しい赤い料理に、シェフ達が群がってくる。
 「これが中華料理というやつか。確かにドラキアにもダイアロスにも無いタイプの料理だな。」
 「赤いのは唐辛子デスか。豆腐の淡泊さが辛さを和らげて、ほどよい味に仕上がっていそうデスね。」
 「これは挽いたオルヴァン肉かな。粒々で柔らかな食感が想像出来るぜ。」
 シェフ達はあれこれと批評する。
 と、その中で「美味しそうだなー、食べたいなー。」と呟くシェフが一人。
 何を隠そう、作った本人。ライチであった。
 ライチは皿の前で一人、じっとそれを見つめる。
 周りのシェフ達の会話が、だんだんと遠ざかっていく。
 視界がどんどん狭まり、頭がボォーッとしてきて。
 その目に映るのは、ついに麻婆豆腐だけになった時。
 
 「「「あーーーー!!!」」」
 周りにいたシェフ達が声を上げた。
 
 早業だった。
 懐からスプーンを取り出し、麻婆豆腐を掬い、食べるまで、僅か0.5秒の出来事だった。
 「美味しい! 辛くてトロトロで、食べた事のない味!」
 ライチは再びスプーンを麻婆豆腐の中へ突っ込み、そして食べる。
 皿を引き寄せ、誰にもとられないよう身体でガードする。
 その目は既に野生の猫のそれだった。
 「ちょっとライチ君、それはお客さんに・・・。」
 そう言いかけたシェフを「ぎにゃああ!!」と威嚇して、相手が怯んだ隙に更に食べる。
 掬う、食べる。掬う、食べる。
 周りが唖然とする中、ライチのスプーンは進み。
 「・・・あれ?」
 皿が空になってようやく、ライチは我に返った。
 「・・・あ、食べちゃった。」
 
 シェフ達の視線が、まるでフローズンビームのように冷たくライチに突き刺さる。
 「・・・えと、えと。」
 その空気を感じ取ったのか、ライチは辺りをキョロキョロしてオロオロと。
 「えと、あの、だ、大丈夫だって! だってほら、実は失敗したときのために、豆腐もオルヴァン肉も唐辛子も2つあるんだよ。だからだから・・・あと2つ作れるから、問題なーし。さて作ろうかなー。」
 そう言って、ライチはフライパンを手に取った。
 と、シェフの一人が言う。
 「だったらライチ、2つ作って1つは俺たちに試食させてくれよ。」
 ライチは少し考え、そして答える。
 「うーん、いいよ。ソウルオブシルクロード、もう少し使っちゃってもばれないと思うしー。」
 と、それを聞いた他のシェフが言った。
 「なあなあ、だったらもう少し多く作ってくれよ。オルヴァン肉なら俺が沢山持ってるしさ。」
 更に他のシェフも言う。
 「おお、いいなそれ。大豆だって、あの、名前、あれ、ええっと、そうそう、桜吹雪商会から買えばいいし。」
 「あ、私、豆腐持ってるよ! だからすぐ作れるわ!」
 「拙者、ヌブールまでテレポできるですよ。1分で唐辛子買ってこれるですよ。」
 流石にライチは躊躇する。
 「ええー、でも・・・そんな使ったら無くなっちゃう。」
 と、誰かがライチの耳元で囁いた。
 「でもライチ君。沢山作れば、君もまだまだ食べられるんじゃない?」
 それだけで、ライチの自制心はガラガラと崩れ去った。


 机の上には無数の麻婆豆腐。
 シェフ達はスプーンを取り出し、それぞれの言葉で品評しながら、それをむさぼり食う。
 ライチもまた「美味しい! 美味しい!」と言いながらそれを食べ。
 いつの間にか酒が出てきて、宴会が始まり。
 夜が更けていった。


 そして。
 「ほう、これは私が思ってた以上アル。」
 箸を動かす手を休めず、マオは賛辞の言葉を続ける。
 「辛さも、食感も、火の通り具合も秀逸ネ。いや、流石はシェル・レランアル。こんな美味しい麻婆豆腐、国でも滅多に食べられないアルよ。」
 「はは・・・ありがとです。」
 ライチは多少引きつった笑いを浮かべる。
 「ふう、美味しかったアル。ごちそうさまアルよ。」
 マオは満足そうな表情を浮かべた。
 「おそまつさまでしたー。えっと、あ、あのー。」
 ライチは懐から、巻物を取り出してマオに差し出す。
 「えと、あの、これ、ソウルオブシルクロードです。返しますね。」
 「はい、確かに受け取ったアル。そうアルな、また頼む時があると思うから、その時は宜しくアル。」
 その言葉に、ライチは一瞬ビクッとした表情を浮かべ。
 「えっと、あはは・・・そうですね、その時はまたよろしくー。じゃ、えと、僕はこれでー。」
 ライチは逃げるように、その場を後にした。
 「・・・どうしたんアルか・・・まあいいアル。」
 マオはそう言って、ソウルオブシルクロードを懐に仕舞った。
 それの使用回数が、残り1回ということに気づかないまま・・・。
 (第42章 完)