天蓋を覆い尽くさんばかりな満天の桜。
その花びらの舞い落ちる先に、シェル・レランのシェフ達が持てる限りの粋を尽くした、豪勢な料理の数々。
それを囲うのは勿論、シレーナを初めとするシェル・レランの面々。
歌い、踊り、喋り、食べ。
うららかな春の陽気を祝うかのように、どんちゃん騒ぎを楽しんでいた。
宴もたけなわ。
空の重箱が積み上がりはじめている。
と、そんな時。周りからはやし立てられるように、1人のエルモニーがすくっと立ち上がり、皆の注目を集めた。
それと同時に喧噪がピタリと止んだ。今までの陽気はどこへやら、まるで豪雪地帯の真冬のような、静まりかえった冷たい空気が張りつめた。
・・・エルモニーが喋り始める。
「えっと、えっと・・・みんな、今までありがとう! このシェル・レランで覚えたことや一杯の思い出は、絶対に忘れないよ。」
エルモニーを取り囲む輪の中から、すすり泣く声や、別れを惜しむ声が聞こえる。
「それじゃみんな・・・元気でね。」
エルモニーはそっと、マイク代わりのフライパンをレジャーシートの上に置き、ゆっくりとその姿をスポットライトから・・・。
「・・・ってこら! ライチ君、そこまでしなくてもよろしくてよ!」
バシッ!!!
とそこで、シレーナの突っ込みが入った。
「たかだか一週間、交換留学でグロム・スミスに体験入会するだけではないですか。大げさですわよ。」
「まあ、それもそうですね。ちょっとやりすぎましたね。」
輪の中の1人がそう言い、そしてみんな笑った。
「まあ、いいですわ。ライチ君、シェル・レランの恥にならないように、しっかりやりなさい・・・って、あら?」
シレーナが振り返ると、そこには地面に伏したままピクリとも動かないライチの姿が。
それもその筈、シレーナの裏拳のような突っ込みを肩口へまともに受け、キリモミしながら数メートル吹き飛び、地面へ激突したのだから・・・。
「ったく、酷い目にあったよ・・・イタタタ。」
左肩を押さえながら、ネオク高原を歩くライチ。ネオク・ラングを越え、グロム・スミスのギルドがある高原東部へと向かっている。
「この辺って・・・石や岩がゴロゴロしているな。掘ったら何か出てきそうだな・・・って、これは!」
ライチは一つの大きな岩の前で止まった。
他と何も変わらないように見える岩だが、ライチは一発で見抜いた。
「これは銅の岩だ。これ掘って銅鉱石取れば弾が三発出来るんだよな。」
と、その時。
「ふふっ、違うわよ。最新の製法だと、銅鉱石一つから弾は五発は作れるのよ。」
いつの間にかその岩の上に、少女が座っていた。足をブラブラさせながら、笑顔を浮かべライチを見つめている。
「へー、そうなんだ・・・って君は誰? 誰?」
「私はアルマ。グロム・スミスのギルド雑貨屋よ。貴方がシェル・レランのライチさんね。お父さんに言われて、迎えに来たの。」
「あ、そうなんだ!」
ライチはピョンピョンと猫のように岩を駆け上がると、アルマの前に立った。そして、「シェル・レランのライチです。一週間よろしくね!」と言い、握手を求めて手を差し出した。
「ふふっ、宜しくね。」
そう言って、アルマも手を伸ばした・・・その時。
一筋の閃光が空から降り、ライチとアルマの手と手の間をすり抜けて、銅の岩に突き刺さり。
グワァァァァァンン!!!
それを、木っ端微塵に破壊した。
・・・・・パラパラパラ・・・
空に舞った岩の欠片が、重力に従って三人に降り注ぐ。
そう、三人に。
岩が割れた衝撃で宙に舞い、地面に叩き落とされて尻餅を付いているライチと、宙は舞ったが誰かに受け止められた為に無傷のアルマと。
一蹴りで銅の岩をたたき割り、放射状に散った欠片の中心に立つ体格のよい中年男に。
アルマはその男の腕の中でキョトンとしている。
最初に口を開いたのは、その男であった。
「貴様! 今俺の娘に手を出そうとしたな!! 俺の娘に変な虫はつけさせん! 命が惜しくばここから立ち去れい!!」
「え? え?」
事態が飲み込めずオロオロするライチ。
「お・・・お父さん、ダメよ。ほら、この人はシェル・レランから来た交換留学生よ。そんな言い方してはダメよ。」
「何? ・・・そのシェル・レランの服装、緑髪のエルモニー、武器は中レベルの銃器・・・ふむ、確かにマスター・シレーナが言っていた人物と一緒だな。」
男はジロジロとライチを頭からつま先までじっくり見つめ、そして急に顔がにこやかになった。
「うむ。君がライチ君か。ようこそグロム・スミスへ。俺はギルドマスターのマレウスだ。まあ、一週間という短い期間だが、じっかり我々の仕事を覚えていってくれ。」
そう言って、マレウスは右手を差し出した。
「あ、よ、よろしくおねがいします。」
ライチは怖々と、その右手を握る。すぐに離そうと手を開いたが・・・マレウスの右手は、ライチの右手を掴んだまま。
「ただし・・・ここのギルドには、絶対に破ってはいけない掟がある。それは、俺の娘には絶対に手を出さない、という掟だ。以後、気を付けるように。」
「は・・・はい。」
その台詞を言っているときのマレウスは・・・真剣な顔をしていた。
その後、ライチは無事にグロム・スミスのギルド本部へ到着。部屋も用意され、食事も用意され、風呂も用意され、寝るまでずっと安らぎの時間を過ごしていった。
翌日からの惨劇を知る事も無いまま・・・。
そして翌日。
「ライチさん、ライチさん。朝ですよ、起きて下さい。」
「・・・ん、ぁあ・・・。」
ユサユサと揺すられて、ライチは目を覚ます。視界に飛び込んできたのは、光と、昨日会ったちょっと可愛い女の子・・・と、その後ろで鬼のような表情をしている中年男。
「!! は、はい! 大丈夫、手なんて出してないよ、ね、ね?」
ライチは飛び起きると、ベッドの端へズザザザッと下がる。
「どうしました? 怖い夢でも見たんですか?」
アルマはにっこりと微笑む。どうやら背後に佇むマレウスには気づいていない様子。
「は・・・ははははい、ちょっとシレーナさまに怒られる夢を・・・ね。」
「そうですか。それじゃ、目はバッチリ覚めましたね。」
「「はは・・・そうだね、醒めた醒めた!」
「ふふっ・・・では食堂に来て下さい。すぐに朝ご飯が出来ますわよ・・・でも、シェル・レランの人にご飯を出すのって初めてだから、美味しいか分かりませんけど・・・。」
「いや、そんな事無いよ。だってほら、いい匂いがしてくるもん。この匂いだったら絶対に美味しい料理って分かるから・・・から・・・、早く行こ、行こ、ね。」
後ろのマレウスの表情を伺いつつ、ライチはアルマをせかす。
「そう? それじゃ待ってるね。早く来てね♪」
ライチに手を振って、アルマは部屋を出る。アルマが振り返った瞬間に天井に張り付いたマレウスも、着地するとライチを一瞥してから部屋を出た。
その目には明らかなメッセージが込められていた。
「・・・・・・はー・・・怖いよー。」
ベッドの中、溜息をつくライチであった。
しかしこの出来事でさえ、まだ序章にすぎない。
本当の恐怖は、この後に待ちかまえているのであった。
(第35章 完 → 第36章へ続く)