アイルランドに伝わる神話をもとに2014年に制作された映画で日本では2年遅れの公開。青の濃淡で描かれた画が美しい。

 

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『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』オフィシャルサイト
http://songofthesea.jp/

 

来日してインタビューを受けたトム・ムーア監督は朝日新聞でのインタビューで1963年の東映作品『わんぱく王子の大蛇退治』の影響を受けたと話しているらしい。
『わんぱく王子の大冒険』 スサノオの冒険譚をアニメ化した東映動画の傑作
http://www.toei-anim.co.jp/lineup/movie/movie_wanpaku/

 

 

本作は、手描きの画にこだわって制作されている(動画にする作業はコンピュータを使用)ので、下記のインタビューではジブリの『となりの山田君』、『崖の上のポニョ』についても語っている。

 

こども映画サイト---精霊や妖精に対して監督のおばあさんの興味深い話が読めます。
http://www.kodomoeiga-plus.jp/article/472
「私のおばあさんの世代の人たちは、彼ら(精霊や妖精)のことを直接、名前で呼ぶのもはばかられるほど重く扱っていて、“良き隣人”だとか、“良き人々”、“良い友人”と呼んでいました。」

 

高畑勲監督の『かぐや姫の物語』は2013年なので、こちらにも多少なりと影響を受けていると思われる。

 

 

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私はこの映画を何の予備知識も入れず見たのだが、すばらしかったところは、

タイトルにもなっている主人公の女の子シアーシャがうたう「海のうた」が妖精と人の間をつなぎ、「人と妖精をいやす」物語だった、というところ。

 

また、アイルランドにも異類婚姻譚のお話が存在し、(日本では「羽衣伝説」、ヨーロッパでは「白鳥処女説話に代表される」ほとんど同じパターンであることに驚いたしとても興味深かった。

 

映画に出てくる「セルキー」は、海にすむ妖精のことで、大型のアザラシは妖精が水の中を移動するためにアザラシの毛皮をまとっている姿と考えられている。
http://www.globe.co.jp/information/myth-fairy/fairy2.html

 

神話の登場人物は子どもにしかその姿をあらわさない。

 

長い髪の毛の1本1本に物語があるという語り部の精霊シャナキーもとてもユニークな存在だ。海のトリトンに出てくるオオガメのような太古からの歴史をすべて知る存在だが、おどろおどろしくなくおちゃめな感じがよかった。

 

全体として子どもが楽しめるように作っているため、不気味な場面はないのだが、唯一、ただならない雰囲気を漂わす場面がある。セルキーの血をひく女の子シアーシャが、海に魅せられて夜の海に入るところ。


海に入るときの女の子の目が完全に「いっちゃっている」のだ。

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この雰囲気が作品にもっと出てくればさらに奥行きのある作品になっていたと思う。


残念なところも書いておく。
①    「異類婚姻譚」を知っていると話がみえるので、最後まで驚きがない。85分と短いのに見ていて長く感じた。
②    主人公が少女なのか少年なのかブレブレ。私は少女だと思っていたら途中から違うことに気がついた。(後述するが日本の宣伝の仕方に問題がある)
③    あらゆる登場人物の造形に既視感がある。監督は日本のアニメに影響を受けすぎなんでは? シアーシャの丸い顔から西洋っぽさがあまり感じられなかったこともある。(金髪に青い目の父親と息子に対し、セルキーの血を引く娘は黒髪というのはわざと描き分けたと考えられる)。魔女はゆばーばみたいだった。
④    毛皮を着る、脱ぎ捨てることでセルキーになるという「変身」を描いているが、アニメならではのもっと自由な発送で表現できなかったのだろうか。『かぐや姫の物語』で姫の体がどんどん大きくなるみたいな。セルキーと人間の違いを出すために、彼らには重力がないという描き方をしていたが(なみだも上にあがっていく。カラダが浮く場面はX-menかと思った(笑))、なんだろう、妖精や精霊たちが人間とは明らかに違うという雰囲気を出すもうひとひねりがほしかった
⑤    少年の行動が支離滅裂。(あ、男の子ってそうか(笑))途中に森に入り込む動機づけが弱く、シアーシャと離れるきっかけやシアーシャがフクロウに連れ去れる展開も唐突。
⑥    画にこだわっているわりに、物語の一番大事な話をすべてセリフで説明している。冒頭のマカの話や、フクロウのおばあさんのくだり。
⑦    妖精が最後に夫や息子に「I love you」と言ってキスする場面にちょっと笑ってしまった。精霊や妖精にも日本と文化の違いがあるのだと(笑) 
⑧    日本での宣伝の仕方 その1:ポスターと話が違う。女の子の話かと思ったら男の子の冒険譚だった。↓海外版ポスター。こちらのほうが内容に合っている。

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⑨    日本での宣伝の仕方-その2:日本のタイトル「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」英語のタイトルに翻訳した日本語を付けているだけで安易

 

 

最後に、この映画をみたおかげで古事記のある話を思い出したので書いておきたい。

 

日本の「異類婚姻譚」といえば『古事記』では豊玉毘売命(トヨタマヒメ)の話が有名。

 

豊玉毘売命(トヨタマヒメ)は、海神・大綿津見神(オオワタツミノカミ)の娘。

天孫・邇々芸命(ニニギノミコト)が大山津見神(オオヤマツミノカミ)の娘木花佐久夜毘売(コノハナサクヤヒメ)との間にもうけた火遠理命(ホオリノミコト=山幸彦)と結婚し、鵜茅不合葺命(ヒコナギサタケウガヤフキアエズ、神武天皇の父)を生む。

 

というくだりだ。

 

山幸彦が綿津見の宮(海の世界)のお姫様、トヨタマヒメと恋におち妻にする

トヨタマヒメは山幸彦との子供をみごもる。地上の血をひく子は地上で産まねばならず、トヨタマヒメは浜にあがってくる。お産の時に「自分の姿を見るな」と言うが、山幸彦が見てしまう。そこには巨大な八尋和邇(ヤヒロワニ)がいた。
ワニは今でいう「サメ」のこと。

トヨタマヒメは自らの姿を見られたことで海の世界に戻る。この時に海の世界と地上の世界の境を閉じる。(海の世界と地上の世界の断絶)

子どもは地上に取り残されるが、トヨタマヒメは子どものために妹の玉依毘売命(タマヨリヒメ)を地上へ遣わす。

 

妹を送り出す際、トヨタマヒメは歌を託した。

 

「赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装ひし 貴くありけり」
※赤玉はつけている紐の緒もかがやいているように見えるほど美しい。しかし、あなたはまるで真珠のように高貴に輝いています。

 

その歌を聞いた山幸彦はこのような歌をお返しになりました。

 

「沖つ鳥鴨著く嶋に 我が率寝し妹は忘らじ 世の尽も」
※鴨の寄りつく島でともに寝た愛しき妻よ。私は貴女を忘れはしない。たとえこの世が終わってしまっても

 

このうたをきいて海の中のトヨタマヒメはどう思っただろう。。。

(ソング・オブ・ザ・シーも最後に妖精たちの長く積もり積もった悲しみをいやしたのは、シアーシャのうたでしたね)

 

山幸彦とトヨタマヒメの子ども(ヒコナギサタケウガヤフキアエズ)は成人し、なんと自分を育ててくれた乳母である玉依毘売命(タマヨリヒメ)と結婚。

 

そして生まれたのが
カムヤマトヒワレヒコ、のちの神武天皇です。

 

この異類婚姻譚は、「羽衣伝説」、「鶴の恩返し」など、かたちをかえてさまざまなお話に生き続ける。婚姻はしないものの「かぐや姫」もこの一種といわれています。

 

色々サイトを調べていたら、Wikiには米ドラマ「奥様は魔女」も異類婚姻譚のお話としてカテゴライズしていました(笑)