6月に旦那ちゃんが「第1回男性が不妊を語る会」に参加し
そのご縁からNPO法人Fineの理事の方々とお会できる機会でき
その時に夫婦揃って会報誌へ原稿を依頼されるという( ̄□ ̄;)
物凄いスピードで話が進んで行きました( ´艸`)
その時の原稿がついに会報誌となり
私の手元に届きました
私たち夫婦が不妊治療に対して思うこと、感じてきたこと
そんなことを夫の立場から、妻の立場から、それぞれ書きました。
今頃いろんな人の手元に届き
私たちの綴った文字が、どう受け止められるか
ちょっと不安ではあります( ̄ー ̄;
では、まず私が書いたのを紹介しますね。
今までブログで書いてきたことばかりだけどね( ´艸`)
『夫と歩む不妊治療』 妻かのん
きっとこれを読む誰もが過去に感じたであろうように、
私も結婚すればすぐに子どもができると思っていました。
多くの人が簡単に、普通に成しえていることが、
私にはできないという現実が私を本当に苦しめました。
子どもも生めないのに生きている価値があるのか、
女として妻として、人として存在する意味がわからなくなったことも、
夫や夫の両親に対しても申し訳ない気持ちでいっぱいになり
「はずれクジをひかせてしまった」と感じ、離婚を考えたこともありました。
自分の親が、親戚や近所の人との孫の話題に混じれない様子をみれば
胸が引き裂かれそうな気持ちになり、
親から先祖から受け継いできた命を私で止めてしまう責任に耐えられず、
消えてなくなりたいと思ったこともあります。
今までの人生では夢や目標など、
大抵のことは自分の努力によって手に入れることができると教えられてきたし、
実際にそうやって叶えてきた夢が多くあります。
だから子どもができないということは、人生において最初で最大の挫折でした。
世の中にこんな苦しい悩みがあるのかと、
なぜこんなにも望んでいろんなことを我慢して、
努力をしているのに叶えられないことがあるのかと、
人生は不公平だと神様を恨んでいました。
友人の妊娠をしれば心から祝えない、羨ましくて真っ直ぐに顔も見られない。
芸能人の妊娠でさえ心中穏やかではいられない。
そんな心の持ち主だから神様は私を母にしてくれないのだと自分を責め、
嫌いになり、全てにおいての自信を失っていきました。
その頃の私は将来が不安で怖くてたまりませんでした。
できるかできないかわからないまだ見ぬ子どものために大金をつぎ込み、
貯金はなく、夢だったマイホームなんて手に入れるどころじゃない、
いろんなことを我慢して、治療を最優先するために仕事を辞め、
これで子どもができれば報われるけど、子どもができなかったときの私には、
仕事も貯金もマイホームも何も残らない。
それが本当に怖かったのです。
ある時、その不安を夫にぶつけて泣きました。
すると、夫は今まで見せたことの無い悲しい顔で
「俺がおるだけじゃあかんか?」そう言いました。
私はその言葉で私の中の何かが変わりました。
こんなにも私を思ってくれる大切な存在がいるのに、
辛い不妊治療を一人で頑張っているような気持ちになり、
真っ暗な長くて出口の見えないトンネルを一人で彷徨っていると思っていました。
でも私が真っ直ぐ勇気をだして一歩踏み出せるように、
いつでも後ろから支えていてくれていた夫。
足元の石ころを私が踏まないように、段差でつまづかないように、
いつでも気を配っていてくれた夫の存在に、このときようやく気がつくことができました。
私は不妊治療にのめり込むあまりに、純粋に子どもが欲しいという気持ちを忘れ、
自分の存在価値を見出すため、劣等感を埋めるために子どもを得ようとしていた気がします。
夫婦あっての子どもなのだということ。
そのことに気がつけてから、私は今でもあの頃と変わらず、子どもも貯金も仕事もないけど、
夫がいてくれるだけで不安に思うことはなくなりました。
そしていつでも私と一緒にいてくれる夫に対して
感謝し、尊敬し、信頼の気持ちが溢れてくるようになりました。
~後編へつづく~
私たち夫婦もこの7年間にはいろんなことがありました。
それでも仲良く、一緒に夢に向かって頑張っていますo(^▽^)o
今いろいろ壁にぶち当たっている人
悩んでいる人
ちょっとでも、これを読んで希望をもってくれたら幸いです。