『夜のアルバム』 | small planet

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日々の散文。
もしくは 独り言。

底知れぬ 深く漂う「夜」に似合うスタンダードナンバーがちりばめられたアルバムである。

私が好きな曲。リリィが歌った「私は泣いています」を彼女が小西康陽のアレンジで歌う。
ベース音が心地よく、スウィングしながら泣いているように、語るように歌い上げる。
独特のかすれた声がリリィとは違った風合いを産み出して、若者の「恋心」には真似のできない『情』を見せつけている。

良くシャンソンに登場する、『待つ女』的な雰囲気がいい。

かつて私の母は、幼い私にたったワンフレーズだけこの曲を歌って聞かせた。

「私は泣いていますベッドの上で」

この一言は、当時の私にたいし持ち得る限りの想像力を使わせた。
そして私はこの曲が何年たっても忘れられない。
たいして歌のうまくはない母は、よくこのようにして自分が気に入った曲を、たったのワンフレーズだけ私に歌って教えた。
無論、教えようと思ったわけでも、聞かせたかっただけでもなく、ただ自分が歌いたかっただけであろうが。

こんな調子であるから、年端もいかない私は、なんだかよくわからないが、歌というより、キャッチフレーズ的な一言だけを耳にとどめ
格好の良い「言い回し」を好む子供に育ったのである。
いわゆる「こまっしゃくれ」なガキんちょだ。
母は、会話のちょっとした返答のなかでイカしたワンフレーズをちょいちょい引用した。
だから私は、しっかりと母親に見習い、『かっこよいフレーズ』を自分なりに探すことを覚えた。

その「格好の良さ」は、自分的なものなので他人にはわからないこともしばしばある。
母は、他人にたいしては控えめな人ではあったが、独自の好みを持っていた。
時代はGSブームだって言うのに、絶対にビートルズを聴かない女子だった。天下のビートルズに対して
『ママには、何がいいのかわからない』とさえ言っていた。
私の世代は、みんな『グーニーズ』が大好きだった。なのにだ、私ときたら成人近くなってもそれを見たことがなかったし、その面白さを想像することも知らなかった。
なぜなら、母が教えてくれたのは『男と女』というあの名作だけだ。
母が好んだのは、イギリスよりもフランス・パリだ。
私はというと、どちらも好きだ。

そんなことを思い出しながら、矢代亜紀の『夜のアルバム』というのを堪能する。
先日10月23日で母が他界してから5年になった。時間の流れをあまり実感できない。

時代は、たくさんの華やかな流行歌が横行しているというのに 私はどれ一つチョイスしようとせず、矢代亜紀のスタンダードジャズを好み
「時代」にとらわれずに生きることが恰好よいだなんて思っている。

これは、まぎれもなく「母の面影」だ。

間違えなく、私はあの人の娘である。
そして妹たちもまた同じ。

ただそれだけのこと。