論文 参考用

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090904/204012/


活路を開いた新規事業

ネット宅配レンタル事業が急成長
「青い封筒」で250万点を全国配送

ツタヤオンライン

DVD・CDの宅配レンタルサービス「TSUTAYA DISCAS」が急成長している。
前年比50%増を上回るペースで会員を増やし、定額制のビジネスモデルで着実に収益を上げる。
ネットとリアルを併用する「過渡期ビジネス」は、店舗に来ない顧客を取り込んだ。
成長の背景には、顧客の声の吸い上げと、巨大配送センターの効率運営があった。(敬称略)

<日経情報ストラテジー 2009年2月号掲載>

プロジェクトの概要

 IT(情報技術)バブル崩壊直後の2002年末。「ネットとリアルの融合」を実現したDVDの宅配レンタルサービスが産声を上げた。ネットで予約し、DVDを自宅に配送する「DISCAS(ディスカス)」だ。レンタル店向けソフト貸し出しのレントラックジャパンで開発されたこのサービスは、その後同社がCD・DVDレンタル国内最大手TSUTAYAのグループ企業になったのに伴い、TSUTAYAのブランドを冠して知名度を上げていく。


 カスタマーサービスは顧客ニーズを吸い上げ、定額会費制への不満をヒントに、付加的な新サービスを次々と開発し増収につなげた。一方で、コスト競争に打ち勝つためオペレーションの改善を重ねる。250万アイテムを確保した巨大配送センターを整備し、顧客から返品された商品を受け取り、その日のうちに別の顧客に貸し出すことで商品の回転を高める。


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埼玉県の配送センターでは、会員から返送されたDVDやCDを160人のスタッフが検品する。返送確認が済むと出荷用倉庫に移され、午後には別の会員に発送して回転率を上げる (写真:吉田 明弘)


 「あっ、届いてる!」

 都内に住む小学3年生のA君は、学校から戻ると郵便受けを覗(のぞ)くのが日課だ。「TSUTAYA DISCAS(ツタヤ ディスカス)」からDVDが入った青い封筒が届いていないか確認するためだ。DISCASはツタヤオンラインが提供するインターネットを使ったDVDやCDの宅配レンタルサービスで、月額1974円のプランでは月に8枚までのDVDとCDを借りられる。A君の母親がネット上で借りたい順に作品の「予約リスト」を作ると、上位の2枚が自動的に配送される。見終わって郵便ポストに返却すれば、次の2枚が送られてくる仕組みだ。


 家の近所にレンタルDVD店はないが、最近はDISCASのおかげで週末の夜に家族で映画やTVドラマシリーズを見る機会が多くなった。見終わった時に返せばよく、延滞料金は発生しない。

 今日届いたのは人気テレビドラマの最終回。「早く宿題を終えなくちゃ」。青い封筒をつかみ、A君はマンションの階段を駆け上がった。

急拡大市場でシェアトップに立つ

 「TSUTAYA DISCAS」の2008年10月末の会員数は約55万人。1年で約20万人増加した。電子クーポンや物販などのネットサービスを利用するツタヤオンラインの会員数1460万人と比べるとまだ少ないものの、毎月定額の会費を払っている優良顧客だ。会員の年齢層は実店舗では20代前半が中心であるのに対し、DISCASは30代以上の顧客が7割を占める。仕事や育児で忙しく店舗に行けない顧客層の取り込みに貢献している。


 急成長の背景には、ネット宅配レンタル市場自体が拡大している事情もある。2002年にDISCASや、ライブドア(当時はオン・ザ・エッヂ)の子会社ぽすれんなどが創出した市場に、2007年に楽天が参入し、ヤフーもぽすれんと提携してサービスを開始した。2008年にはそのぽすれんをゲオが買収し、ネットレンタル事業に本腰を入れ始めた。


執行役員の根本浩史は「新作は店舗、ロングテール作品はDISCASなど、サービスの使い分けがしやすくなるようインフラを整えていく」と話す


市場は伸びるが競争も激化する環境下で、DISCASが最多会員数を維持している強みの1つは、独自の仕入れシステムにある。DVDを買い取って幅広いタイトルをそろえるには多大な投資が必要になるが、「DISCASを含むTSUTAYAグループは、買い取りではなく、メーカーから映像ソフトを借り受け、レンタル回数に応じて収益を分配するPPT(ペイ・パーEトランザクション)というビジネスモデルを採用しているので、仕入れのリスクを軽減し、幅広いタイトルをそろえられる」とツタヤオンライン執行役員TSUTAYA DISCAS事業部長の根本浩史は話す。


 しかし、それだけが強さの要因ではない。会員数10人の時代から、顧客の声を聞いてサービス拡充を重ねた。250万点の商品を全国に配送するため、物流センターで綿密なオペレーションを組み立て、銭単位のコスト削減を続けてきた。こうした積み重ねが、激しい競争環境で優位性につながる。

早々に価格戦争がぼっ発

 DISCASはPPTを開発したレンタル店向けソフト貸し出し業のレントラックジャパンの1事業としてスタートした。ITバブル最中の2000年、根本は同社で光ファイバーによる映像配信サービス事業を企画していたが、映画会社の協力が得られず配信コンテンツがなかなか集まらなかった。そのころ、米国でネット宅配レンタル事業を手がけるネットフリックス社の上場というニュースを知る。これに興味を示したのが、根本の上司で現在ツタヤオンラインの社長を務める山地浩だった。「映像配信に比べればDVDはコンテンツも豊富で、テレビで見られる。映像配信が本格化する前の過渡期のビジネスともいえるが、過渡期は意外に長く続くかもしれない」


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こうして始まったDISCAS事業のメンバーは、根本を含めわずか3人だった。スタート後2年は停滞期が続き、会員数は2万~3万人にとどまった。まだビデオが主流だったからである。DVDソフトが少ないうえ、ビデオデッキを利用する家庭も多かった。家庭の郵便受けに配るDISCASのビジネスモデルでは、かさばるビデオテープは扱えない。DVDの普及を待つしかなかった。


 2003年、根本が「最大の危機だった」と振り返る事態が起こる。価格競争だ。DISCASのサービス開始とほぼ同時期に、ぽすれんなど3社が宅配レンタルサービスを始めていたが、いずれも料金は月額約3000円程度だった。ところが1年そこそこで、1社が1000円の値下げを敢行したのだ。


 生き残るためには、追随して値下げするしかない。しかし赤字がさらに拡大すれば、事業の存続は危うい。月額2980円で借り放題というそれまでのサービス内容を見直し、会費を1000円下げる一方で、貸し出し枚数を月8枚までに制限することにした。「会員のレンタル枚数の平均は月6枚。8枚までという制限をかけても支障は少ないと判断し、ヘビーユーザー向けには高額のプランを用意した。とにかく事業を存続させたかった」と根本は振り返る。見直しが顧客に受け入れられるかは賭けだったが、判断は正しかった。撤退した企業もあるなか、DISCASは生き残った。

顧客の声から新サービスを開発

物流戦略チームリーダーの小野大作は、集配送を日本郵便に一本化するに当たり、DVDなどが破損しないオペレーションを工夫した

 3年目を迎えた2004年10月、レントラックがTSUTAYAグループの傘下となったのに伴い、サービス名は「TSUTAYA DISCAS」に変わった。TSUTAYAのブランド力やDVDの普及に加え、後述する顧客対応や物流のインフラが整ったことも寄与し、この年に単年度収支が黒字に転じた。テレビCMも展開し、顧客獲得のピッチを上げた。


 新規会員を獲得しても、既存会員が離れてしまっては元も子もない。顧客の声を積極的に集め、不満や要望に的確に対処する仕組みが不可欠だった。この要となるカスタマーサービスの拡充が、DISCASのもう1つの強みだ。メールなどで寄せられる会員の要望や苦情を、在庫やサービスの質などのカテゴリーに分類して、担当部門とのミーティングで検討する。退会する会員にはその理由を聞き取り、部内にフィードバックする。こうした仕組みを作り上げたのがカスタマーサービスのスーパーバイザーを務めた小野大作だ。


 2004年11月にカスタマーサービスに配属された時には派遣社員だった小野は「仕事が面白いので、頼み込んで正社員になった」と話す。「面白さ」は、会員の声を基に売り上げ増につながる新サービスを開発できる点にあった。典型例が、「スポットレンタル」「まとめてスポットレンタル」だ。


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予約リストに自分が見たい作品を抽出しておくと、上から順番に発送する。在庫状況の確認や、シリーズ作品の一括登録も可能。スポットレンタルも同じ画面からできる


 カスタマーサービスに寄せられる意見で最も多いのは、1度に2枚ずつしか借りられないことへの不満だった。「2枚を返すと、次の2枚が来るまで見るものがない。1枚ずつ見られないか」という意見が多かったが、1枚ずつでは郵送コストがかさみ収益を圧迫する。一方で「休暇中にたくさんまとめて借りたい」というニーズも多かった。こうした根強い顧客の声を受け、追加料金で1枚ずつ貸し出す「スポットレンタル」や、最大16枚を貸し出す「まとめてスポットレンタル」の実現にこぎ着けた。特に2007年11月に開始した「まとめてスポット」は、海外テレビドラマブームを受けて予想を5割も上回る需要を確保し、事業の成長に貢献した。

返送されたDVDをその日に出荷

 一方で、コストを削減し、収益力を上げる取り組みも日々続けられた。郵送で行き来し、返却期限も定められていないDISCASでは、店舗に比べ在庫の回転率や稼働率は低い。こうしたハンディを減らし、在庫の回転を高めるための工夫が凝らされているのが東西2カ所の配送センターだ。


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大阪の物流センターでは、DVDを封入する作業を自動化し、作業効率を3割アップした (写真:吉田 明弘)


 午前9時。DISCASの物流業務を請け負う埼玉県三芳町の学研ロジスティクスのセンターに、各家庭から返送されたDVDが一斉に集まってくる。160人のスタッフが破損がないか確認した後に、バーコードを読み取って返却登録する。システム上で在庫として確定し、当日の出庫予定データと引き当てると、会員の住所や名前と、配送するDVDの番号を印刷した送付用のラベルが印刷される。


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 返却されたDVDは2階の倉庫に移され、次の出庫を待つ。返送されたその日のうちに、別の会員へ出荷されるDVDも多い。稼働率を高め、希望する会員になるべく早く届けるためだ。


2階の倉庫には一面にDVDラックが並び、実店舗の15倍に相当する150万本の在庫を収納する。大阪のセンターと合わせると250万本に上る。さながら巨大TSUTAYAだ。店舗と異なるのは、「邦画」「テレビドラマ」といったジャンルごとの区分が一切無く、DVDがランダムに並んでいることだ。返品されたDVDが出庫用ラックのどの位置に収納されているかをシステムで管理し、送付用ラベルにその情報も盛り込む。スタッフはラベルを手に倉庫内を駆け回り、ピッキング作業に当たる。ピッキングが済んだ商品は青い封筒に封入され、ラベルを張って発送する。こうして毎日数万枚のDVDを夕方6時に出庫し、郵便局のネットワークで全国に配送する。


 カスタマーサービスを担当していた小野は2007年秋から物流戦略チームのリーダーも兼務し、2008年10月には、日本郵便が配送と返却を一括して手掛ける体制を整えた。従来は宅配便会社が配送を、日本郵便が返却を請け負っていたのを、コスト削減のため統一したのだ。削減のポイントは「切手」にあった。従来は、返送用の切手を封筒に手張りしていたのを、日本郵便への全面委託によって料金後納に切り替えた。後納によって郵送コストが下がり、切手を張る手作業も省ける。「1枚当たり1円未満のコスト削減も、積み上げれば収益に大きく影響する」と小野は話す。


アウトソーサーである学研ロジスティクス営業部課長の吉池隆は、DISCASのサービス開始直後に新聞で記事を見て、物流業務の委託を持ちかけて以来の付き合いだ。「物流業者としてはITなどを活用してより効率化したい部分も多いが、小野さんたちは人手とシステムのどちらが安くできるかを徹底的に検証する」と話す。


 今後は店舗業務とのシナジー創出にも力を入れていく。TSUTAYAの店舗でDISCASを紹介したり、DISCASの画面から店舗での在庫状況を確認できたりなど、相互連携が始まっている。映像配信サービスも徐々に立ち上がり、「1つのIDで、店舗、DISCAS、映像配信サービスを目的に応じて使い分けられる環境を整備していく」と話す根本だが、一方で封筒を通じたコミュニケーションの価値も見直している。


「『仕事で疲れて帰宅した時、郵便受けにDISCASの封筒があるとほっとする』というメールをお客様からいただいた時、DISCASは封筒で生活に小さな幸せを届ける仕事なんだなと実感した」。封筒というアナログなツールの良さを引き出すサービスを考えていくつもりだ。