「木次線沿線の魅力大発表会」

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 本日(2月11日)JR木次駅前のチェリウァホールで「木次線沿線の魅力大発表会」が開催されました。木次線沿線で鉄道と地域を結びつける沢山の活動を知りました。鉄道とは人や物資を運ぶ事が使命であるとの概念を覆す実践発表に驚きました。鉄道利用のダイヤ(運転本数)設定など鉄道利用の不便さ!人口(利用者)の極端な減少!モータリゼーションの追い打ち!など三重苦を抱える木次線に取って、鉄チャン的な狭い視野では今の木次線の問題を解決出来ない事に気が付きました。鉄道を地域の中でどう一体化して行くかが地域活性化のカギとなろうかと思います。

 

 

 

 昨年、C56108保存会でフォトブック「想い出の木次線」を発行しましたが、予想以上に希望者が有り幾分増刷を致しました。販売目的はありませんでしたので製作実費にて希望者にはお配りいたしました。

 

 

 

 

 

 

 

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「想い出の木次線」フォトブック(2)

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『蒸気機関車が走っていた頃の木次線』
  昭和12年12月12日の木次線全通時には、C5689・90・104・105・106・107・108・109・110・111の新製されて間もない10輌が木次機関区に配属されていました。しかし、第二次世界大戦初期にビルマ(現ミャンマー)・タイ・ベトナムの太平洋戦線にC561~90の90輌が改軌(車輪幅の変更)され、映画「戦場にかける橋」やクアイ河マーチでお馴染みのタイの泰緬(たいめん)鉄道などの南方戦線に供出をされ、昭和17年にC5689・90と全通以後に配属されたC5658の3輌が木次機関区より供出され二度と帰国する事はありませんでした。

 

 

 

  以後、C56135・136・155の転入や一部の転出入(C5698・127・141)などがありましたが木次線は常時13輌体制で運行されていました。昭和31年には「ちどり」の運行による増備(ちどりは米子~備後落合間C56の通し運転)や木次~宍道(松江)間に牽引定数の多いC1173・261・317・238が仲間に加わり木次機関区には最多15輌の蒸気機関車が配置されていました。

 

 


 木次機関区の蒸気機関車は概ね4年に一度米子の後藤工場(現JR西日本後藤総合車両所)で整備を受けており、昭和30年代にはデフに「GT」と刻印されたデフマーク(写真C56105)が誇らしげに着けられていました。昭和31年に配備されたC11261は戦中に製作された車両でドームが戦中仕様の角形で異様を誇っていたが最後まで改装される事なく木次線を最後まて走り続けました。

 


 昭和34年頃より一部の無煙化の試みとして気動車(キハ07・キハ02)が入線して来ました。しかし、当時は気動車は動力の出力も弱く、総括制御(そうかつせいぎょ)の技術が確立されておらず2輌以上の編成の場合それぞれに運転手が必要である事や、2軸式(通称レールバス)の空転など十分な結果が得られず、昭和41年に総括制御が可能で1輌に2基のエンジン(180PS×2)を搭載した強力な新型の気動車(キハ52)の入線により短期間で姿を消しました。
 木次線の木次機関区は無煙化後は米子機関区の支所となったが、木次線は勾配区間が多く常に米子機関区の配置車両の中から新製された車両が配置され続けました。

 

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「想い出の木次線」フォトブック(1)

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 今年6月15日のC56108保存活動ブログでご案内をいたしておりました「想い出の木次線」フォトブックが多くの方々のご協力によりやっと完成し、10月25日(水)には完成したフォトブックを雲南市へ寄贈すると共に、市内の中学校や図書館に常備していただき木次線の歴史の継承と木次線活性化の一助になればと思いました。

 

 

 このフォトブックは今年12月12日をもって木次線(宍道~備後落合間81.9㎞)が全通して80周年を迎えるに当り、全通を期に木次線に新製配備され無煙化まで木次線を走り続け現在雲南市木次町に保存中のC56108を中心として、本年満開の桜の中C56108の見学にお越しになった同志社大学鉄道同好会クローバー会の方々や多くの方々より貴重な写真の提供をいただき、木次線の想い出を綴るA4横版全24頁全72枚の貴重な写真と資料による立派な写真集となりました。

 

 

 

 表紙を飾ったのは、無煙化が決定したのを期に木次機関区に最後までいたC56108
とC56107の備後落合発木次行きの重連貨物列車です。備後落合より中国山脈を越えて三段式のスイッチバックの途中にある出雲坂根駅で暫しの休憩を取っている当時としてはカラーで残る貴重な姿です。

 

 

 木次線内で撮影のお立ち台とも言える日登~下久野間の通称日の谷踏切を登って来る貨物列車です。このあたりより中国山脈を越える三井野原まではほぼ全面的な上り勾配が続き余力を残しながら全力行で登って来ます。
 順次フォトブックの内容を当ブログにて紹介したいと思います。

 

 

 

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三江線乗り鉄ツアー!

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 今日(9月12日)保存会では毎年計画している研修会を実施しました。今年は、残念ながら来年3月末をもって廃止が決定している三江線に「最後の乗り鉄研修」を行う事になり、併せて三次市内に保存されている48650を見学する事になりました。

 

 

 

 

 

 雲南市から三次市までは松江道で僅か1時間余りです。48650は大正10年汽車製造大阪工場で製作され、昭和47年3月に廃車されるとともに、現在位置に保存されました。暫く整備が行き届いていませんでしたがボランティアの皆さんにより綺麗に整備され、特にロッドやキャブのコック類は磨き出しをされ今にも動きそうに綺麗に整備されていました。やはり、実感ある磨き出しをする為には保存用の屋根が必要であると実感しました。

 

 

 

 

 

 

 三次発10:02分の石見川本行きに間に合うように三次駅に向かいましたが、折り返しの列車が大雨の為に約2時間の遅れとの事でしたが、今日は三江線に乗る事が一番の目標ですので気長に待つ事にしました。結局、三次駅を1時間10分遅れで発車しました。途中高さ20mの所にある宇津井(うづい)駅では少し長めの停車をしてもらい記念写真を撮る事が出来ました。当初石見川本の道の駅で昼食予定でしたが、昼食が遅くなる為に道の駅の方の配慮で口羽までお弁当を運んで下さいました。思わぬ列車の中でのお弁当となりました。さすがに三江線内で一人お弁当を広げるのは気の引けるところですが、みんなで正々堂々とお弁当を広げて駅弁の気分を味わう事が出来ました。


 「最後の------!」と名を打ちましたが、これがもし木次線であれば悲しい事です。木次線は沿線住民に取っては欠く事の出来ない路線でもあり、木次線が廃止されるなんて考えたくもありませんし、末永く走り続ける事を念願するものです。

 

 

三江線乗り鉄ツアー!

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C56108保存会では毎年研修会を実施してきました。


平成26年度 若桜鉄道の乗車とC12167の見学
平成27年度 一畑電車「酔電(すいでん)」の貸し切り乗車
平成28年度 JR西日本後藤総合車両所見学


  さーて!今年はどんな企画で研修会をしようかと皆さんで思案しましたが、今年は間もなく廃止が決定している三江線に最後の乗車をしなければ!という事になりました。しかし、この「最後の」という言葉にはとても違和感を覚えます。最後だから乗るのではなく普段から乗る事が鉄道を守って行く原点のように思います。もし、これが木次線であったなら大変な事です。木次線沿線の住民としても木次線は永遠に住民の足として存続させる事も誓いながら、「最後の」三江線乗り鉄ツアーを計画いたしました。

 

 

 計画では、江津(ごうつ)又は三次(みよし)から三江線全線走破を考えましたが、どうしても列車ダイヤと予定で全線走破は断念せねばならず、三次から石見川本間の乗車になりました。また、三江線全線のダイヤを見ても一日でゆっくりと全線走破出来るようなダイヤでもありません。また、現在三江線に使用されているキハ120型(木次線と同形式)は三江線と大阪環状線を同一路線と間違えたようなロングシートでは三江線の車窓を楽しみながらの長時間の乗車や老人には過酷な乗車環境です。「さあ!皆さん乗って下さい!」というような気は全く起こりません。これでは乗らなくなるのもわかるような気がします。

 

 

 

 

 また、今回三江線の三次から乗車する事になりましたので、現在三次市内に保存されている48650を見学する事にしました。48650は大正時代の蒸気機関車で芸備線を走っていましたので、当然備後落合駅でC56108とは何度とはなく顔を合わせています。現在48650は熱心なボランティアの方々により整備保存をされており、ロッドや運転室内の要所は綺麗に磨き出しをされており今にも動きそうに整備されています。C56108も将来的に保存用の屋根が出来れば綺麗に磨き出しをしてやりたいと思っています。