マドモアゼル | 人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

ネットの海を漂う吟遊詩人になって
見知らぬあなたに愛を吟じよう


人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら


監督 トニー・リチャードソン

脚本 ジャン・ジュネ、マルグリッド・デュラス

撮影 デヴィッド・ワトキン

編集 ソフィー・クッサン、アントニー・ギブス

主演 ジャンヌ・モロー、エットレ・マンニ、キース・スキナー

1966年 イギリス/フランス


(ネタバレあり)


マドモアゼルと愛称で呼ばれ、村人たちの尊敬を集めているオールドミスの

清純な教師が、イタリアから出稼ぎに来た木こりの男マヌーに欲情を覚えるが、

遠くから見ているだけで、思いを伝える事が出来ない。そんな中、

同じように村の女たちを虜にしているマヌーの姿を見て嫉妬を覚えた彼女は、

隠されていたもう一つの邪悪な顔を現わして、農家に放火し、

水門を開けて家畜を溺れさせ、家畜の飲み水にヒ素を混入するなど

嫌がらせを繰り返して、村を恐怖のどん底に陥れる。

もてもてのマヌーに村人の男たちも嫉妬して、

証拠もないのに彼を犯人ではないかと決めつけようとしていた。

マドモアゼルの教え子であるマヌーの息子は、放火現場に落ちていた焼け残った紙切れから、

恋心を抱いていた教師が真犯人である事を知るが、沈黙を守る事を心に誓う。

やがて急接近したマヌーとマドモアゼルは自制心を抑えきれずに、森の中で

獣のように土に塗れてドロドロになりながら、夜の闇が解けるまで肉体を求めあう。

村の不穏な空気を読み取ったマヌーは、息子とともに村を離れるとマドモアゼルに

告げるのだが、怒りを覚えた彼女は、ずたずたになったままの衣服で村に戻ると、

マヌーに暴行されたと村人たちに嘘をつくのだった…


本作は、同性愛者で、ホームレスで、泥棒で、囚人で、詩人で、政治活動家で、

小説や戯曲を書き、黒人が好きで、非常識やインモラルを愛し、

母国フランスを憎んだ異端児ジャン・ジュネが映画用に書き下ろした作品で、

彼の生い立ちを知れば、ジュネの幼少期のトラウマや思想をドラマ化した

自叙伝的要素の濃い作品であることが分かるので、簡単な足跡を書き出してみると、

ジュネは、1910年1月、セーヌ川の大洪水でパリが水没した年に、

父親不明のまま、売春婦の母親カミによって、この世に生を受けます。

生後7ヶ月の時に養護施設に預けられますが、カミはそのまま姿を消してしまったので、

フランス中部の田舎に住む木こりの夫婦のもとで里子として育てられて、

少年時代を過ごします。しかし、頻繁に窃盗を繰り返したために、15歳で少年院に送られ、

3年後18歳で軍隊に入隊しますが、脱走してヨーロッパを放浪している間に、

またも犯罪に手を染めて、刑務所に投獄されてしまいます。

この間に潜在的にあった同性愛に目覚め、反西洋的なものに惹かれ、

プルーストに影響を受けて、自分のような棄民のために、初めての詩(『死刑囚』)と

小説(『花のノートルダム』)を獄中で書き上げます。

1948年に終身刑が確定されようとしたときに、サルトルやコクトーが大統領に

働きかけたことによって、恩赦を受けて釈放されます。

このように、ジュネの半生を見ると、マドモアゼルは実母を戯画化した存在である

と解釈できますが、もうひとつ、マドモアゼルがジュネ自身の抑圧されてきた

女性的部分を具現化した存在とも考えられ、フランスが破壊されてしまうことを望み、

信仰心の強かった育ての父親の道徳的な価値観に疑問を抱いていたジュネの思いが、

マドモアゼルによって災厄に合う村と、マヌーがリンチで殺されてしまうという悲惨な

クライマックスに形を変えて描かれたのではないでしょうか。


高校生の時に一度観たきりで、白黒であった事をすっかり忘れていました。

当時は、ジャン・ジュネの知識もなく、ジャンヌ・モローの無表情の中にある

表情も理解できていませんでした。

それでも、この作品が記憶から消え去らないでいたのは、

マドモアゼルが、凶行に及ぶ際に嵌める黒いレース手袋の背徳観や、

放火された農家を、マドモアゼルの瞳の中に映し出すことで、彼女の情念を

見せようとする等感情を言葉ではなく視覚で表現した、撮影監督デヴィッド・ワトキンの

計算されつくした映像美に魅せらていたからだと思います。

ミヒャエル・ハネケやラース・フォン・トリアーにも影響を与えたであろう

気の重くなる内容ですが、観終わった後に引きずる事がないのは、

ジュネの世界が詩的でファンタジー性を帯びているからではないでしょうか。



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