ウルトラミラクルラブストーリー | 人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

ネットの海を漂う吟遊詩人になって
見知らぬあなたに愛を吟じよう


人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

監督・脚本 横浜聡子

音楽 大友良英

撮影 近藤龍人

出演 松山ケンイチ、 麻生久美子 、ノゾエ征爾、原田芳雄、渡辺美佐子

2009年 日本


全編津軽弁の作品で、「あしぬがらなくなったらはたけのじゅんびだびよん
まんずせっかいばへればやさいすぐすぐおがるはんで…」と
亡き祖父が主人公のためにカセットテープに吹き込んだ野菜の
育て方の説明から何のことやら珍紛漢紛で、いきなり冒頭から
置いてけ堀にされます。
DVDでの鑑賞だったので、日本語字幕の特典を生かす事が出来て
幸いでしたが、劇場で観ていたら、台詞を聞き取るためのストレスで、
作品を理解するための集中力を、最後まで維持する事が
できなかったでしょう。

本作の主人公水木陽人は脳の障害(本人曰く、脳みその配線が、
他の人と違っている)で、やることなすこと幼稚園児並の青年。
青森の或る農村で、両親が他界して一人暮らしをしていますが、
近くに住む祖母に面倒を見てもらっています。
ここの村では、ヘリコプターを使って、畑の野菜に農薬を散布して
育てていますが、陽人が自家栽培しているキャベツは、
農薬を使っていないので、虫に食われて穴だらけ。
主人公は、それが気に入らずに、祖母や役所に出向いて農薬を
要求して拒否されると、癇癪を起して大暴れするのですが、
作者は、この規格外で厄介者ではあるが、
水と木と陽の人の名前どおりの、見た目は悪いが純粋で
汚れの知らない青年を、無農薬野菜に喩えて描いています。
もうひとりの主人公は、神泉町子。
幼稚園に産休の先生の変わりに東京から赴任してきたのですが、
青森に越してきた本当の理由は、彼氏を交通事故で亡くし、
東京にいるのがつらくなったからでした。
彼女は、すべての動物は恐怖を感じることで“進化”してきたのに、
人間は、自然を破壊して恐怖を取り除くことばかりに必死で、
何も感じなくなってしまったと嘆きますが、
占い師から、あなたが死んだ彼氏を理解できなかったように、
彼氏もあなたを理解できなかったはずだと、彼女自身も、
農薬を散布された野菜のように純粋培養されて育ち、
個性を失い空っぽになった人間のひとりであることを指摘されます。
陽人は、そんな町子に人目惚れしてしまい、
いきなり結婚してくれと迫りますが、町子にとって陽人は、
理解不能な“恐怖”以外の何者でもないので、適当にあしらって、
話をはぐらかします。
ある日陽人は、畑で子供と遊んでいて農薬をかけらると、
すっかり人が変わったように大人しくなり、町子に以前より今の陽人の方が
良いと言われたものだから、農薬を浴びる事が日課になり、
心臓が止まっても生きている超人に“進化”して、町子の死んだ彼氏とも
会話できるようになります。

非常に意味深で観念的な作品で、特にラストシーンの脳みその解釈で
賛否両論拮抗していますが、町子の笑顔の意味に対して、
監督自身も明確な答えを敢えて暈しており、
エコロジー、社会学、コギト命題、死生観、幸福論等、
様々な視点からアプローチできるように間口を広げて、
観客の心の感じるままに任せているところがあり、
何らかの衝撃を受けた人は、新しい自分に“進化”を遂げたと
言えるのではないでしょうか。

町子が、陽人によって心の空洞を埋めてもらい、
変化していく過程の描き方が浅いのが気になりましたが、
横浜聡子監督と松山ケンイチのセンスの良さに、
日本映画の新しい風を感じました。


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