11月15日。


僕は公認会計士試験に合格した。この日を、勉強を始めてから、どれだけ待ち望んでいただろう。事実、僕はパソコンの前で歓喜した。でも、それと同時に手放しで歓喜することはできなかった。


これからは勉強を理由に現実から目をそむけることができない。試験合格という切符をただの紙切れにするのか、それとも、未来への乗車券にするのかは、これからの僕次第だった。





はっきり言うと、一瞬でも、合格「してしまった」と思ってしまった自分がいた。とても怖かった。2年間の勉強が無駄になってしまうのではないか、今までの勉強を考えれば考える程怖くなった。なんのための勉強だったんだろうか。


試験に合格できた喜びと、それと同時に生まれた恐怖が僕の中でごちゃ混ぜになって、どんな表情をしていいのか本当にわからなかった。あんな思いは二度としたくない、と今でも当時の気持ちを思い出して泣きそうになる、というか泣く。





自分の番号を確認してから僕は用意していた中小監査法人向けの履歴書を郵送なり、メールで一斉に送付した。中小監査法人は合格発表後に採用を開始するところが多く、合格発表が近付くとHPに情報が上がり始める。僕はそれをチェックしながら合格発表を待った。というか待つ「しかなかった」。


中小監査法人の書類通過率は大手のそれより、中堅のそれより低い。9送って面接に行けたのは2。


赤○、よつ○、アー○、ア○ティア、明○、新○、○誠、あお○、ア○ア。結局、面接も見事に散った。中小の面接は何を見ているのか正直わからず、あっさり不採用という感じ。





合格してから年内は色々なところに応募をした。もうなりふり構わず。税理士法人×1、コンサル会社×2、会計事務所×5、ベンチャー×1。いや、もっと多かったかもしれない。正確な数はなんだか怖くて計算したくない。


大手、中堅監査法人を逃すと、途端に倍率が跳ね上がり、面接にさえいけないのがほとんどだった。





とうとう内定が出ないまま僕は年末を迎えた。


親に対する申し訳ない気持ち、自分の不甲斐無さへのいら立ち、過度の自己否定。とにかく先が見えなかった。


勉強は目標が明確だ。知識を入れてアウトプットを行い、答練で点数を取り、本番で点数を取れるように努力すればいい。目指すべき着地点が見えるし、それに向けて何をすればいいのかもはっきりしている。


でも、就活は違った。何を直せばいいのかわからなくなるし、何をすればいいのかわからなくなる。歩いた分だけ目的地に近づいているかどうかもわからない。濃霧の中にいるような感覚。本当に苦しく、歯がゆい。


家で泣いたし、ビール片手に深夜徘徊もしたし、暇さえあれば自己否定の繰り返し。本当に死にたくなった。





でもこの苦悩は無駄じゃなかったと思う。悩みに悩んで、今までの自分の何がダメで、何が足りないのか、そしてこれからどういう風に考えて、どう生けていけばいいのか。僕の人生で、こんなにも「自分」と向き合って、その現実から目を背けずに考え抜いたことはなかったように思う。





そして悩み苦しんでいた僕にヒントをくれた言葉がある。





「勉強で解決できなかった問題を勉強で解決しようとしないで下さい」





まさに僕の核心をついた一言だった。今まで、なまじ頭が良かったがために、ぬるま湯の中でぬくぬくと、なんとなく生きてきた自分を変える一言だった。


僕は2011年の定期採用を待つという選択肢を破り捨てて、誰の足でもない、自分の本当の足で一歩を踏み出した。





徐々に、本当に少しづつ、僕の意志と同調するように、霧が消え始めていた。